第41話 三兄弟

 僕はカメオが指す光を追っている。 その先にはグライアイの魔女が居る筈だ。 


 ギンヌンガガプの深淵を迂回して渡り、方角は眼の前に見え始めたニヴルヘル冥国の首都ナーストレンド?とやらの少し外れを指しているが……。


 ニヴルヘル冥国


 暗れぇ!!


 そして霧で視界も悪いし!


 何より寒い!!


 まあ、僕が道なき道を歩いているのが悪いのかも知れないが、ネモが防寒着を貸してくれなければ、凍え……死なない? 凍えるだけ?


ーーそんなの嫌だ!!ーー


 そんな馬鹿な事を考えながら馬鹿みたいにデカい地下空洞のあぜ道をトボトボと歩いていると。


 何やら後で気配がする。


 しかし振り返っても誰も居ない。


 まあ、こんな時の為に……と言う訳でもないが、僕には霊魂可視化と言うスキルがあるのだ!


 それ、発動!


 小さな子供大の光が三つ、川べりの岩陰に隠れているのがえる。


 ……物取り? 子供の?


 まあしかし、そんなご時世でもあるまいし……何だ?


 まあ、どうでも良いので無視だ! 先へ進もう!


 寒いけど仕方ない。 防寒着を脱いで、タンクトップになった。


 何がしたいかって、そりゃあ……


 バサア!


 アイトーンウィング!


 いや、ボッチなんで声には出しませんよ? 

 僕はアイトーンウィングをはためかせて宙に浮いた。



「ええええええ!?」


「そんなぁ!!」


「反則だああ!!」



 隠れていた子供たちが出て来て、一同に文句を言い始めた。



「誰だよ、馬鹿な人間がノコノコとたったひとりで歩いて来たとかデマ言ったのは!?」


「いや、言ってねえし! オマエの聴きそこ間違いを人のせいにすんなよな!?」


「喧嘩はやめろ!? 羽が生えてたんだから人間じゃなかったんだろ? コイツ黒いけど翼人族なのか? とっ捕まえたらヤバかったんじゃね? 俺たち」


「おい!」


「うわぁ!! オッサンが戻って来た!?」


「オッサン言うなし!」


「オッサンが怒ってるぞ!?」


「俺たちまだ何もしてねえだろ!?」



 子供だ。


 日本で言えば中学生くらいの年頃だろうか? そんな子供が人間を捕まえる? どう言う状況だ?

 良く見ればこの子たち、頭に角を生やしてる。 肌の色は少し浅黒いだろうか? 耳は少し先が尖っていて、瞳は……アレだ。



「おい!」


「「「はいいいいいっ!!」」」


「ここはニヴルヘル冥国で間違いないな?」


「はいっ!」


「君たちはナーストレンドの住人か?」


「そ、そうであります!!」


「そうか……ところで、君たちの種族は何だ?」


「お、俺たちは魔族でっす!」


「魔族……か。 初めて見るな、驚かせてすまない」


「い、いえ! こちらこそ、失礼しました!! ではっこれd」


「まてまてまてまて!」


「「「はいいいいいっ!!」」」


「少しだけ話を聞かせて欲しいのだが構わないか?」


「な、なんなりと!!」


「そうか、ありがとう。 では聞くが、ここで何をしていたんだ?」


「そ、それは……」


「そ、そのぉ……」


「そ、そうですねぇ……」


「早く言え!!」


「「「人間狩りでっす!!」」」


「そうか……人間狩ってどうすんだ?」


「決まってんだろ!! ボコボコにすんだよ!!」


「そうさ、バッキバキのギッタンギッタンにしてやんだよ!!」


「ケツから腕突っ込んで奥歯ガッタガタ云わしてやんよ!!」


「君たち……まあ、良いか。 そうか……何か知らんが人間を恨んでるんだな?」


「ああ、俺たち魔族は人間のせいで迫害対象だ。 他種族からも邪魔者扱いさ」


「ああ、人間が発明した【マジックキャンセラー】のせいでな!」


「マジックキャンセラー?」


「ああ、魔法を無力化するアーティファクトだよ」


「何その便利アイテム!?」


「何だよ、やっぱりアンタ人間よりなのか?」


「ん? まあ、人間だからな?」


「「「っ!?」」」


「てめー!! 騙しやがったな!?」


「くそっ! 殺っちまおう!!!!」


「でも、もうバレてるよ!?」


「見つかっちまったもんは仕方ねえじゃねえか! 囲め!!」



 子供は僕を囲んで手持ちのナイフを構えた。 魔法は無力だと思っているのか、ハナから使う気はなさそうだ。

 まあ、物理なら。


 ガキキン!


 ギン! 


 ガスガス!!



「何だコイツ! 全然刃が立たねえ!!」


「カッチカチやぞ!?」


「クソッ!! どうなってやがる!?」



「まあ、落ち着け。 僕は君たちをどうこうするつもりはないよ」


「人間の言う事なんか信用できるか!」



うん、信用なんかしちゃいけないな、人間は。 深く同意。



「そうだ! オマエらのせいで俺たちの父ちゃんは!!」


「ん!? 君たちのお父さんがどうかしたか?」


「俺たちの父ちゃん……人間に殺されたんだ! 婆ちゃんらの護衛してただけだぞ!? そんなのオカシイだろ!?」


「人殺しは犯罪じゃないのかよ!? 魔族は人じゃないって言うのか!?」


「まてまて、そのお婆ちゃんて言うのは?」


「何だ!? オマエも婆ちゃんから何か奪いに来たのか!?」


「おい!!」


「「「はいいいいいっ!!」」」


「落ち着け!」


「「「……はい」」」


「君たちが人間を憎んでいるのはわかった。 僕に敵意を向けても仕方のない事情もわかった。 そして僕は君たちに危害は加えないし、お婆ちゃんから何かを奪うつもりもない。 ここまでは良いか? わかったか?」


「「「……はい」」」


「よし。 先ずは自己紹介だ。 僕はクロ。 君たちの名前を教えてもらってもかまわないか? 本名が嫌ならあだ名でもかまわない」


「……トンテキ」


「……カラアゲ」


「……ポテト」


「それは君たちの好物だろ? まあ良い、丸っこいのがブタ。 ヒョロっこいのがトリ。 ちっこいのがイモな?」


「「「……それで良いです」」」


「よし。 じゃあ聞く。 グライアイと言う魔女は知っているか?」


「「「っ!?」」」


「オマエ! やっぱり婆ちゃんを!?」


「ん? 魔女はオマエたちの言ってるお婆ちゃんなのか?」


「いっ……ち、ちがう!」


「そんな名前はシラナイ!」


「グライアイの婆ちゃんはグライアイの魔女なんかじゃない!」


「「おい!?」」


「そうか。 さっきも言った通り、僕は君たちやお婆ちゃんに危害を加えるつもりはない。 大人に連絡してくれてもかまわないが……捕まえられるとか、問題にはなりたくない。 何か穏便に済ませる方法はないか?」


「ほ、本当に何もしないのか?」


「さっきから僕は君たちの攻撃を受けて何か仕返ししたか?」


「してない……」


「そうだろう?」


「でも人間だからな!」


「そうだな……それは僕も非常に残念だ。 出来れば捨てたかった」



 そうだ、人間なんて碌なもんじゃない。 信用するに値しない。 この子供たちの対応は非常に危ういが、間違ってはいない。



「変な奴だな?」


「おい、あんちゃんに相談しよう!?」


「うん、そうだな?」


「お兄ちゃんか?」


「オマエには関係ない! ここで何もせずに待てるか?」


「……まあ、待ってるよ」


「そうか、二人はここでコイツを見てろ! 俺はあんちゃんに相談して来る!」


「「おう!」」



 ブタがトリとイモにそう言い聞かせて何処かへ行った。 トリとイモはバツが悪そうに僕を見ている。



「わっ!!」


「「どわああああ!!」」


「ハハハハハハハハ!」


「驚かすなよ!?」


「今度やったら、このアラーム使うからな!」



 トリがズボンのポケットから小さな魔石?を取り出して見せる。 おそらくは防犯ブザー的なモノだろうか? こんな辺鄙な所で鳴らして誰か来てくれるのか怪しいが、もしかしたらもの凄い性能かも知れない?

 イモはブタが居なくなって少し不安気に?ソワソワしているようだ。


 ニヴルヘルの地下空洞は、日が当たらない為に薄暗く、風が吹き荒び、とかく寒いのだ。


 陽の光の代わりに日照石と呼ばれる魔石がところかしこに施されていて、立ち込める霧に乱反射して幻想的な淡い光を作り出している。

 また街の照明は煌々として明るく、街全体がボワっと発光しているように空洞内を彩っているのだ。

 冥国と言う名前から、どんなにかおどろおどろしい場所をイメージして来たが、存外美しいとすら思っている。



「なあ、少し離れても良いか? が、我慢出来ねぇ……」


「な!? オマエ……小便か!?」


「う、うん!」


「もう少し我慢出来ないのか!?」


「ムリ〜〜!!」


「ど、どうしよう……」


「漏らしたらこの寒さだ、冷たいぞ?」


「オマエッ!? オマエのせいじゃないか!?」


「さっきから言ってるだろう? 


「そ、そうだけど……」


「あはは、僕は逃げないから、そこの草むらで用を足したらだうだ?」


「本当に本当に本当だな!?」


「に、逃げんなよ!!?」


「ああ、だって僕は君たちの婆ちゃんに会いに来たんだからな」


「じゃ、じゃあ、俺も行くけど、本当に逃げんじゃねえぞ!?」


「ああ、早く行ってこい……」



 僕はヒラヒラと手を振って彼らの小便を促した。 まあ、立ちションは良くないが、切羽詰まっているみたいなので仕方ないだろう……と言うことにした。


 ……それにしてもかれこれ一時間くらい経つが、遅いな……いや、ブタの方だが? あんちゃんとやらがどう言う反応するか……まあ、良い印象は無いだろうな。 最悪強襲される事も考えておくべきか?



「お前ら寒くないのか?」


「「さぶいわっ!!」」


「そうか、少し歩くか?」


「いや、ここは動かない!」


「ところで、お前たちのお父さんは強かったのか?」


「あったりまえだろ!!」


「めちゃくちゃ強かったんだぞ!!」


「てことは、帝国はもっと強いのか?」


「強いもんか! マジックキャンセラーが無けりゃ父ちゃんが圧勝だったんだ!」


「そのマジックキャンセラーってのは、帝国軍全員持ってるのか?」


「さあな? 相手が手をかざしたら魔法が使えなくなったらしいから、持ってるんじゃねえのか?」


「そうか、厄介だな……まあ、物理なら行けるか?」


「何だ、帝国に恨みでもあんのか?」


「ああ、僕は人間が嫌いだ。 帝国も帝国軍も帝都教会も気に食わねえ。 チャンスがあればぶっ潰してやる!」


「……オマエ、変な奴だな?」


「変態ではない」


「……変態とか言ってねぇし!」


「お前がクロとか言う人間か?」


「ーーっ!?」



 声のする方に目をやると、明らかに一般人ではない感じの格好をした男が、ブタと一緒に立っていた。

 どう言う風に一般人ではないかと言うと、肌の露出が多いレザー製の衣服……いや衣装と言うべき?にチェーンやら鋲やらチャックやらを施したモノを身に着けている。 他にもタトゥーやらピアスやら全体的にパンキッシュに纏まっている。



「うちの弟分たちが変な人間が居ると言うので確かめに来たんだが……確かに変だな?」



 いや、お前がな!? どっちが変かって言ったら圧倒的にそっちだろう? しかしまあ、事を荒立てるつもりはない。



「…………どう、変なんだ?」


「どうして、人間なのに翼が生えているんだ?」


「まあ、成り行きと言いますか……そんな感じですが? 無い方が良いなら仕舞います」



 僕は翼を仕舞って防寒着を着た。 あ、そうか、どうりで寒かったわけだ!! それで変だとか言われたのか?



「なん……だと……仕舞えるのか? ますます変な奴だな? あきらか怪しいが、話は聞こう。 グライアイの婆さんたちに会いたいらしいが、一体何の用があるんだ?」


「まあ、話せば長くなりますが、構いませんか?」


「……長い話は嫌いだ。 簡潔に話せないのか?」


「では、端折るが……このグライアイの瞳を届けに来たんだ。 そして、ゴルゴンの場所とやらを聞きに来たんだ」


「それは!? いや、まさか……少し見せていただいても構わないか?」


「ああ、手にとって見てくれ」


「すまん……」



 男は見た目と違って、対応が丁寧で、正直なところ面食らってしまいそうだ。 

 むしろ、どうしてこんな格好をしているのか不思議にさえ思えて来るが……何でなんだ?



「ありがとう、返すよ。 確かにこれは婆ちゃんのモノだ。 何故オマエが持っているかは知らないが、何か事情があるみたいだな?」


「あ、はい。 僕はある女性を助けたくて神からの啓示に従って動いているのです」


「神? 天帝ではないのか?」


「モイラ三姉妹から神の啓示を受けました。 これがその証拠のカメオです」


「モイラ三姉妹……では本当に貴方は人間側の人間と言う訳では無いのか?」


「さっきからそう言ってる」


「失礼しました。 我々魔族は今までに何度も人間に煮え湯を飲まされて来たものですから、疑い深くなっておりました。 どうぞ、お許し下さい」



 男は深く頭を下げて謝罪の意を表した。  ピッチピチの革のスキニーパンツが物凄い違和感を醸し出してテカっているが、実に紳士的だ。

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