第40話 ギンヌンガガプの深淵

「ねえ、まだ?」


〘まだじゃ〙


 五分経過。


「ねえ、まだ?」


〘まだじゃ〙


 五分経過。


「ねえ、m」


〘まだじゃ〙


「シロちゃん、落ち着かないのは解るけど、おGちゃんを急かしても早くは着かないと思うわ?」


「そうだぞ、シロ。 Gちゃんは今出せる最高速度で飛行しているのだ。 これ以上はふねの負荷になってしまうのだ。 我慢しておくれ?」


「う、うん……」


〘まあ、実際はもう少し出せるのだが危険過ぎて抑えておるのじゃ。 しかしもう少しで着くから退艦準備でもしておれば良いぞ?〙


「わかった!」


「シロの嬢ちゃんは健気やなあ。 それに比べてクロの旦那はどこで何をしとるんやら……」


『あいつ、次はに会ったらいっぺんどついたる!』


「フェル! ダメだよ? クロを責めちゃダメ! きっとクロだって色々とあるんだよ!」


「本当に、わたくしも何か言ってやらないと、気が収まりませんわ!」


「ラケシスさんも、ダメ!!」


「ほな、俺が!」


「スミスさん!?」


「わはははははは! まあ、シロの嬢ちゃんがあんまり可愛いから、皆からかっただけやで!?」


「私は真剣だよ!?」


「ああ、せや。 真剣やから可愛いねん!」


「う〜ん、……よくわかんない!」


「まあまあ、シロちゃんは分からなくていいのよ♪」


「さあ、待たせたな! そろそろ本当に準備をするんだぞ!! ギンヌンガガプまであと五分だ! 深淵付近は天候がけっこう荒れているから、このふねも多少揺れると思う。 総員、気をつけるように!」


「「「了解!」」」



 ソロモンの主翼は風魔法で気流の影響を制御出来る仕様になっていて、機体が煽られて傾くと言う事はないが、平行に保とうと制御する際に少し揺れるのだ。

 ギンヌンガガプは北からの冷気と南からの暖気で気候が荒く雨風がとても強い。

 また、深淵から吹き上げる上昇気流は大抵の飛竜艦ドラグーンが迂回して通る程だ。



「お? これは……Gちゃん?」


〘うむ、他のドラグーンがおるみたいじゃの?〙


「う〜ん……まあ、この大きさはワイバーン級だな。 帝国のモノではあるまいて」


 フォログラムマップに表示されているドラグーンの大きさは、マッキーナが見てワイバーン級と判るほどに精巧に再現されている。 ソロモンより主翼は大きく長い。 機体は全身真っ赤な飛竜艦ドラグーン、それはまるで赤竜レッドドラゴンだ。

 地形の起伏もくっきりと出ているので、離着陸しやすい場所も自動で計算されるが、まさにそこに先着が居たと言うわけだ。



「……一応コンタクトをとってみるか?」


「せやな……ネモのドラグーン、【ライトニング】やったらビンゴやし! 下手に近付くより、無線でコンタクトを先に取る方がリスク少ないわなぁ」


「仮にそのドラグーンがライトニングだったとして、ネモがどんな人なのかはスミスさんはご存知なのかしら?」


「人柄は粗野で乱暴とかで、あまり良くないらしいんや。 社交的でもなくて、一匹狼的なところが強いって聞いとる。 せやけど、そんなん言うてられやんやろ? クロの旦那と一緒におるかも知れんねやし?」


「まあ、そうね。 貴方に任せるわ、スミス?」


「シロはどうしたら良い?」


「……うん、シロはんは大人しくしとこうか?」


「イエッサー!」


「では、とりあえず無線で打診してみるぞ?」


「ああ、宜しくお願いしまっさ!」


「ほいきた!」



 マキナは無線でライトニングと思われるドラグーンへのコンタクトを試みる。


 ピッ


[こちらはソロモン こちらはソロモン 無線は取れるか どうぞ]


[………………]



「ダメ……か?」


「もう一度やってみる!」



 ピッ


[こちらはソロモン こちらはソロモン 無線は取れるか どうぞ]


[こちらはライトニング どこのどいつでいったい何の用だ? どうぞぉ]


[クロと言う男を探している 私はクロの姉だ どうぞ]


[あん? クロの何だってぇ? どうぞぉ]


[クロの姉のマキナだ 訳あってクロの行方を追っている 知っていたら教えて欲しい どうぞ]


[どうにも信用なんねぇな どうぞぉ]


[どうすれば信用してもらえるのだ どうぞ]


[……チッ 面倒くさいんですが? どうぞぉ]


[教えてくれなければ…… あっ!]


[教えてくれなければなんだってんだ! ああん?]


[こちらはシロです! お願いします! クロの居場所を教えてください! お願いします!]


[なっ……シロ……あんたがシロだって? 証拠はあんのか?]


[ない! ないけどシロはシロ! クロに会いたいの! お願いします!]


[……クロからアンタの話は聞いている アンタがシロだってんならシロだろうよ けどひと足遅かったみたいだな?]


[それってどう言うこと?]


[クロはもう行っちまったよ]


[え? やっぱりクロはここに居たの?]


[ああ、つい先日まではな]


[どこ? どこに行ったの?]


[さあな……場所はわからんが グライアイがどうのって言ってたぜ?]


[ぐらいあい?]


[ああ アンタを助ける為に行かなきゃなんねぇとかって言って出て行きやがったのさ 送るっつっても聞かなくてさ? しかしアンタ クロに愛されてんだな?]


[ううん! シロがクロを愛してるの!]


[へえ そらお熱いこって! まあ そんな理由わけだから クロはもうここには居ねえよ?]


[そっか! わかった! お兄さんありがとう!]


[おうよ! 役に立てなくて悪いが アンタとクロを応援しているぜ? クロに会ったら宜しく言っておいてくれ]


[うん! わかった!]


[じゃあな!]


[うん、ばいばい!]



 ツー・ツー・ツー…



「遅かったみたいだな……」


「それにしてもシロはんは凄いわ! あのネモと普通に話すやなんて、めっちゃハラハラしたわ!」


「ネモさん優しそうな人だったよ?」


「そうか? 俺は怖くてよう喋らんわ」


「ボクは喧嘩売りそうになったがな! わっはっはっは!」


「それにしてもグライアイですか……こんな辺鄙な場所から歩いて行くだなんて……」


「しかし、歩きだとそんなに遠くへは行っておるまい?」


「何を言っとるんや? クロの旦那は飛べるんやで?」


「「あっ……」」


「Gちゃん! 急ごう!」


〘神子のラケシスさん〙


「グライアイの居る場所かしら?」


〘いえ、ブラを見せてくれませんか?〙


「着けてないから見せてあげられないわ?」


〘では、その……ちk〙


「さっさと行かんか! エロジジイ!! ラケシスはんも徴発せんといてくれまへんか!?」


〘若いモンはセッカチでいかんのぉ〙


「本当に」


「うっせ! ラケシスはん、はよ場所教えてぇな!」


「場所は……このギンヌンガガプの深淵を北側に位置するニヴルヘル冥国の首都ナーストレンドの外れにある【死者の岸】に隠れ住んでいるらしいわ」


「……思ったより近そうだが……しかし物騒な名前であるな!」


「とりあえずナーストレンドで情報集めるか? ラケシスはんも隠れ家までは知らんねやろ?」


「そうね、カメオが無いと詳細までは分からないわね」


「そうか、クロの旦那はカメオ持っとるさかいに真っ直ぐ向かうのか……またすれ違いかもやなぁ」


「スミスさん! 急ごう!」


「シロの嬢ちゃん……せやな! デウスはん、ニヴルヘル冥国の空港へ向かうのか?」


〘残念ながらこのふねは機体登録されてないのじゃ。 正体不明機は着陸が許されんじゃろう〙


「そしたらどないするんや?」


〘ふん、この機体に空港なんて言う滑走路なんて必要ないのじゃがの? まあ、なんなら平地じゃなくとも、何処でも着陸出来るぞ?〙


「でも、ニヴルヘル冥国は地底にありますわよね? そもそも空港があるのも不思議なのですわ?」


「ラケシスはんはアスガルド皇国に住んでたから知らんのも無理ないかもやなぁ。 ニヴルヘル冥国はアスガルド山脈の真下に位置する国で、入口はこのギンヌンガガプまで南下した所にあるんや。 飛行機やドラグーンが通れる空路がちゃんとあるんやで?」


「何だか地底にあるのに不思議な感じですわねぇ?」


〘まあ、行けば判るじゃろう〙


「マキナのGちゃん、急ごう!」


「あ、Gちゃん? 機体認証登録はした? ライトニングの」


〘うむ、抜かり無い。 ネモの機体はいつでも追えるぞ。 仮にさっきの情報がで、まだクロが乗っていたとしてもな!〙


「怖い怖い……この人ら……ホンマ怖いわぁ」


〘よお言いよるわい。 ネモの音声拾っとったクセに。 さあ、シロちゃんお待たせ! 行こうかのお!〙


「うん! 行こう!」



 ホバリング飛行を辞めて主翼を広げる。 少し光って風魔法を操り空気を後ろへ流す。 機体は少し旋回して進行方向をニヴルヘルの入口へ向けた。


 渓谷風が織りなすエアカーテンならぬエアウォールを、巨大な空気砲でぶち抜いて突っ込む。 そう、ソロモンは他の機体が迂回して進まなければならないギンヌンガガプの深淵を素通りするように飛行出来るのだ。



「おいおい、何だあのドラグーン!? 出鱈目にもほどがあるな!? レディ、今の空気の乱れに便乗出来るか?」


「え?ニヴルヘルに向うんですか?」


「ああ、便乗出来なけりゃ諦めるが?」


「誰にモノを言っているのです? 他ならぬ貴方の相棒ですよ?」


「ふふん。 愛してるぜベイビー!」


「私もですわ! マイロード!」



 ライトニングこと赤竜レッドドラゴンはソロモンとは真逆で大きな主翼を折り畳み、地面を激しく! 空気抵抗を可能な限り少なくして、火の輪潜りの要領でソロモンの開けた空気穴を抜ける。

 傍から見ればどちらも非常識なドラグーンであろう。



「うっひょおおおおお!! クロあいつら本当に面白れええ!!」


「マイロード、貴方も相当だと思われますが?」


「そんな俺に惚れてんのは誰だ?」


「もう! マイロード、意地悪言わないでくd……ん!」



 赤竜はその後自動操縦オートマチックモードになったのは言うまでもない。

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