第3章 それぞれの道程

第35話 ミノタウロス

 どれくらい歩いただろうか。


 僕は独り、道なき道を歩いていた。


 マキナさんの研究所に戻るとまた今回みたいに、いつ皆に呪いが降り掛かるか知れない。


 そう思うと、もう研究所には戻れずに、ただ宛もなく歩いていた。


 シロとの約束も守れない。


 神子さんの啓示も果たせない。


 ハイモスさんやルカさんも放ったらかしだ。


 僕は無責任だ。


 しかし、やはり戻れない。


 せめて、強くなりたい。


 力が欲しい。


 どうすれば強くなれるのかなんて分からないし、どうすれば力が手に入るのかも分からない。


 だけど、戻る訳にはいかない。


ーーもう誰も失いたくない!ーー



◆◆◆



「クロはまだ? まだ帰って来ない?」


「シロ、気持ちはわかるが、落ち着け!」


「どうして? どうして皆落ち着いていられるの? もう一週間も帰って来ないんだよ?」


「馬鹿者! 慌ててもクロは見つからんじゃろう!? 懸命に捜索はしておる! それでも見つからんのだ!!」


「皆、心配なのは同じよ? シロちゃんが一番思い入れがあるのはわかっているけど、今は動く時じゃないわ?」


「でも! クロは今、一人かも知れないんだよ? さみしいって言ってるかも知れないんだよ?」


「それでも! 今は我慢してくれないか? ボク達はクロの為にもキミを守らなくてはならないのだ!」


「クロぉ……」



 シロは涙が止まらない。


 クロが居ないから。


 シロは心配で仕方ない。


 クロが居ないから。


 シロの心は


 燃え上がるように熱くなっていた。


 クロが居ないから。


 シロの心は


 締め付けられるように苦しんでいた。


 クロが居ないから。


 不安で


 不安で


 いくつもの夜を


 眠れないで


 泣いた。


 クロが


 居ないから……



◆◆◆



 バベルの麓。


 天候は荒れ狂い、視界は悪く、不毛な大地。

 どこからともなく魔物が集まり、塔を崩そうと攻撃し続けている。

 魔物は塔を攻撃する為に魔力を消費して、それを補充する為に共食いをする。 次第に強力な魔物ばかりが居着き、弱い魔物はただの餌に成り下がった。


 そんな有象無象うぞうむぞうの魔物が跋扈ばっこする、そこに僕は居た。 

 宛もなく歩いていたつもりだったが、無意識に魔物を求めていたのかも知れない。


 僕はこの胸につかえるわだかまりを吐き出したかったのだ。 頭の中のグチャグチャとした思考を祓いたかったのだ。


 強くなる為に何をすれば良いのかわからずに、ただ強さを求めてこのバベルを訪れた。


 エーテルをても、魔力値はかなり高いと言える魔物ばかりだ。

 誰かと一緒なら近寄りもしなかっただろう。 実際にコレを回避するためにヨルムンガンド鉄道とビフレストを使ってアスガルド皇国へ行ったのだ。

 本来ならば回避すべき対象に挑みに来た!



 ガイィィィン!


 ザシュッ!!


 ギャリギャリギャリ!


 ドン!



「おい! そこの奴、邪魔だからすっ込んでろ!!」


「え!? す、すみません……え!?」



 ドガッ!!


 バキバキバキバキバキバキ!


 バスッ!!


 凄い! なんて……



ーーなんてワイルド!?ーー



 眼の前で魔物の大群と戦う一人の男が居た。


 基本無手だが、魔法や相手の武器、身体をもぎ取って武器にしたりと様々な方法で戰っているのに、美しいと言えるほどに無駄がない。


 どう見ても普通ではない。 コイツはヤバい奴だ。 戦いながら笑ってやがる!


 これが狂戦士バーサーカーとか言うやつか?



「あのお……」


「あん? なんだ? 見て分からんか? 今、取り込み中なんだが?」


「……すみません」


「なんだ、訳ありか?」


「いえ、そんな訳じゃ……」


「なら、後回しだ!」


「はい」



 バリバリバリバリバリバリ!!


 ドッゴーーーーーーーン!!


 ザン! ザザン!!



 凄まじいな。 僕もあれくらい強くなれるだろうか? なれたら、皆を守れるだろうか?


ーーなりたい!ーー


 あの領域に!



 しかし、バベルも凄まじいよな。 この人が出鱈目に強いのは判るが、相手をする魔物だって弱い訳ではないだろう。

 そんな魔物を相手にしてびくともしないのだ。 どんな技術かは知らないが、神の手をもわずらわせているのだから、難攻不落の要塞だと言えよう。


 過去に魔物は人間にある程度淘汰されて、一つの大陸に追いやられたと聞いた事がある。 魔物も自然の生態系を保っている為に、強力な個体だけ大陸に追いやられたが、それ以外は適度に間引かれているだけだ。

 魔王復活を期に魔物が追いやられた大陸は魔物の国となり、今や【魔大陸】と呼ばれている。

 しかし、ここバベルは帝国領だ。 そんな強力な魔物とは縁遠いと思われ勝ちだが、ここバベルだけは事情が違った。


 人間が天界に侵攻する足掛かりのお膝元なのだ。 この要塞とも呼べる拠点を、神も魔王も目の敵にしているのだ。


 

 ……まあ、僕も戦う分には構わないよね? 彼の邪魔をする訳でもなし?

 僕の認識ではこの身体で普通には死ぬ事はないが、魔石を壊されるとそうとも限らないと考えている。 また、アハトさんのように再生を阻害されると、死なないにしても弊害があるかも知れない。

 気をつけなくてはならないな。


 さて……。


 ……何だあれ?

 僕の視線の先に馬鹿みたいにデカい牛が居る。

 牛が武装してこれまた馬鹿みたいにデカい斧を持ってバベルに斬り掛かっているのだ。



 ゴッゴッ! ゴス!



 凄い勢いで斬り掛かっているが、どういう訳か露ほどのダメージも与えられていない。


 やるか……。 魔石は胸だな。 魔石を傷つけない様にして倒す! コレを一つのルールとして戦う事にした。 だって、魔石を壊すだけなんて、何の経験値にもならないだろう?

 いや、魔石を壊すだけでも大変だとは思うけど、ゾンビ作戦なら何とでもなりそうだからな。 魔石を壊さずに、なるべく自分もダメージを受けないように立ち回れないと。



 ザン!



 ダメだ。

 全然ダメダメだ!


 一瞬で僕は真っ二つになった。 アダマンタイト化していても関係ないみたいだ。 向こうが硬いのか、何かしらのスキルなのか知らないが、とても刃が立たない。

 すぐに体制を整えて斬りかかる!



 ズン!



 嘘だろう? 斧で押し潰された!

 速さもパワーも桁違いだ! 相手の動きも見えないし、読めない。 力にも抗えない。

 こんな化け物たちをあの人はいとも簡単に倒しているのだ。

 化け物を超えた化け物だ!



ーークソッ!ーー



 強くなった気でいた。 何度か苦境に立って、乗り越えて、強くなった気でいたんだ。



ーー僕は弱い!ーー



 行く!


 始めはゾンビ作戦でも仕方ない!


 とにかく強くなりたいから!


 僕は何度もやられながらデカい牛に立ち向かった。

 

 何度も


 何度も


 何度も


 ……………。


 ……かれこれ、もう二百回はやられているだろうか。 デカい牛は僕をあまり気にしてもいない。 五月蝿うるさい虫でも追いやっているかの様だ。


 悔しい……。


「おい! こっち見ろ!!」


 ……チラリとだけ見やがった。


「ぶっ殺してやる!!」


 今度は見向きもしない。


「くっそおおおおお!!」


 完全に無視している。


 さっきまでと同じでは結果も同じだろう。 僕は先日戦ったネロとの戦いを思い出していた。

 ネロにあっては、あの毒で倒せなかったら、確実に僕が負けていただろう。

 奴はアストラル体を纏って武装していた。 その着想を得て、ボクはアストラル体を意識する。 

 奴はエーテル体も濃かった。 きっと身体強化だろう。 ボクはエーテル体も意識して魔力を練り上げた。



 イメージしろ!


 身体の硬さ。


 身体能力の速さ。


 思考能力の速さ。


 アストラル体は魂の一部だと考えている。 魂の形に囚われなければ、変幻自在の筈だ。

 魔力は無尽蔵にある。 練り上げれば練り上げるほどにエーテル体は濃くなっていく。

 アストラル体にエーテル体を融合させる事で具現化に至ると考えたが、間違ってはいなかったようだ。


 僕の身体に黒い装甲が作り上げられて行く。 エーテルは濃く練り上げて、練り上げて、練り上げて、練り上げて行く。

 身体強化と思考加速をイメージするが、身体強化はスキルがあるお陰か上手く出来ているが、思考加速は思う程の効果はなさそうだ。


 とりあえず出来る限りのバフを付与出来た筈だ。


 身体が以前感じた時より更に軽い。 力も今なら斬鉄剣無しでも金属が斬れそうだ。



「おい!」



 っ!?

 突然、例の男が話しかけて来た。



「お前の身体、いったいそりゃどうなってんだ?」


「どうもこうも……こんなですけど、何か?」


「めちゃくちゃ面白ぇじゃねぇか!!」


「……………はあ、どうも」


「それ、教えろよ? そしたら弟子にしてやっても良いぜ?」


「遠慮しておきます」


「………………」



 僕は馬鹿か? 強くなりたいなら、素直に弟子になっておくべきだろう?


 せっかくのチャンスが台無しだ!!



「お前……」


「何かすみません!」


「いや、構わねえが、本当に面白ぇのな?」


「へ? それはどう言う…」


「いやな、みんなこぞって俺の弟子になりたがるのに、それをいとも簡単に断るなんてな! だはははははははは! かえって、俺が恥ずかしかったぜ! だはははははははは!」


「あの、何か生意気言ってすみません」


「いや、良いってことよ! 気に入った! お前、暇か?」


「今、取り込み中ですが」


「ああ、ミノタウロスな」


「ミノタウロスですか、これが……言われてみれば、そうですね?」


「そんなのチャチャッとやっちまえよ?」


「それが簡単には行かなくてですねぇ、これからなんですよ」


「そうか、待っててやるから早くしろよな?」


「まあ、なるべく早く終わるように頑張ってみます」



 集中が切れたが、ヤル気は十分だ!

 よし、やるぞ!


 僕はミノタウロスに対峙しようと振り返った。


 あれ?……なんか様子が……こっち見てる?


 バベルに向かっていた筈のミノタウロスが何故かこっちを見ている。 それも瞬きひとつせずに、こちらを凝視しているのだ。


 警戒しているのか?


 僕、いや違うな、後ろの彼を見ているのだ!


 僕の事なんか見向きもしなかったのに!!


 クソッ!!


 こっちを見やがれ!


 僕はさっきよりイメージを強くする。


 アダマンタイト合金より硬い装甲。


 斬鐵剣より斬れる剣。


 あの男性の様に速くしなやかに動く身体能力。


 マキナさんのサウザンドコアプロセッサの演算能力を上回る思考加速。


 さっきより大きく禍々しいくらいに黒いアストラル体が、ムクムクと膨れ上がってクロの身体を覆い尽くして行く。

 両手には二本の真っ黒の直刃の黒刀が形成されていく。

 眩しいくらいに白く光り輝いていたエーテル体は、次第に色濃くなって黃、緑、青、紫、赤、茶、黒へと変化を重ね、全ての色を織り交ぜてクロの身体へと吸収されていった。


 相当量の魔力が消費されて練り上げられたお陰で、クロの身体からユラユラと湯気の様なものが立っている。


 見た目はさながら厳つい甲冑を纏った双剣の黒騎士だ。


 さっきとは全然違う。

 それがハッキリとわかる。

 しかし、思考加速だけは実感がない。


 僕は顔を上げてミノタウロスを睨みつけた。



「おいおいおいおい! お前それ、ちょっと待て!」


「………………」



 僕は集中していて彼の声が聞こえなかった。



 一歩。


 ザン!


 踏み込むと同時にミノタウロスが眼前に飛び込んで来て、慌てて剣で斬りつけた!


 

 デュクシ!!



 僕は確かな手応えを感じて、少し後ろに下がった。

 ミノタウロスの身体はいくつもの肉塊に変わって崩れ落ちた。 身に着けていた防具も斧も全て紙切れのように斬り刻まれていた。

 ミノタウロスが背にしていたバベルの壁には格子状に深く傷が入っていた。 何か薄っすらと光り始めている。



「あ~あ、やっちまったな~」


「え? えっ!? 何か不味かったですか?」


「まあ良い! 逃げるぞ!」


「え、それはどう言う……」


「後で教えてやるから、今は急げ!」


「は、はい!」



 彼はミノタウロスの残骸から何かを拾い上げると、それを袋に詰めて走り出した。



「ついて来い!」


「はい!」



 僕は彼の後を必死で追いかけた。 凄まじいスピードだ。 地面を駆けていると言うより、滑空しているかのような錯覚さえ覚えるほどだが、身体強化されているせいかソレについて行ける自分がいた。


ーー少しでも彼に追いつきたいーー

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