第33話 顕現!黒い悪魔
あとはアハトさんを連れ出すだけだ。
イメージする。
試合が始まったら念話でやり取りして、作戦を伝えたら僕はアイトーンに変身して、彼女を闘技場の外へ連れ出す。
それだけだ。
それだけなんだが。
胸の奥がザワつく。
嫌な予感しかしない。
ハイモスさんは先に帰らせた。
僕は最悪アハトさんを置いて行く他はない。
………………。
………………。
クソッ! イライラする!
シロの時は何だってするって決めていた。
アハトさんなら見捨てても良いのか?
いや、違うだろう?
僕は卑怯な人間だ。
この身体に流れる血が憎い。
この自分勝手な思考しか出来ない頭が憎い。
もっと僕にやれる事はないのか?
もっと上手く立ち回れないのか?
グルグル。
グルグル。
グルグルと。
何度も。
何度も。
何度も考えて。
考えて。
考えて。
そして考えた。
ーー答えなんて無い!ーー
そうだ。
やるしか無い。
成すべきことを成して、あとは成るようにしか成らないと言うもの。
思いはひとつ。
ーーアハトさんを助け出す!ーー
それだけだ。
【防衛戦】
アハト=アハト ✕ ナハト
ついにその時が来た!
闘技場はザワついていてガヤガヤと
空には暗雲が立ち込めて来て、パラパラと雨粒を落とし始めている。 例え大雨が降ろうと、稲光が落ちようとも試合は行われるらしい。
すぐに念話だ!
『アハトさん!!』
『えっ!? クロさん? 眼の前の女性が、クロさん?』
『ああ……君のお母さんの身体を借りたんだ。 詳しい説明はあとでするよ。 とにかく、君を迎えに来たよ!』
『嗚呼、クロさん! クロさん!』
『もう少しだ。 試合が始まったら同時に君を連れ出すから! そのつもりで居てください!』
『クロさん? それは出来ないわ……』
『ええっ!? それはどうして!?』
『それは、クロさんや他の皆さんにご迷惑をおかけしますし、何よりこの首輪は取れませんから』
『え? アスガルド皇国の首輪とは別物なのか!?』
『アスガルドの
『……首輪を上手く外す方法はないのですか?』
『あるのかも知れませんが、私は知りません』
『クソッ! 帝都教会め!』
グオオオオン!
グオワアアアアアアアア!!
銅鑼の音が響き渡ると同時に、闘技場が大爆音で揺れる。
『ヤバい! 闘わずに居たら怪しまれてしまう!』
『私を……殺してください!』
『何を!? アハトさん? 僕にはそれは出来ません!』
『お願いします! 殺してください!!』
『君も不死身じゃないのか? 首輪外して首だけになっても生きて行けるのでは?』
『私はお母さんと違って出来損ないなので、不死身ではありません。 首を斬ったくらいでは死にませんが、再生能力に限界があって、それを超えると死んでしまいます』
『そんな……クソッ! どうしたら……』
僕とアハトさんは適当に打ち合っているが、全然気が入っていない。
客席からのブーイングが矢の様に、この激しさを増す雨の様に降り注がれる。
「おいおい! やる気あんのか!?」
「茶番を観に来てるんじゃねえぞ!!」
「せめて着ているモノくらい破壊したらどうだ!?」
「そうだ、そうだ!!」
くそ、どうすれば良い?
どうすれば丸く収まる?
アハトさんの顔は、何故か嬉しそうだが、既に眼は死んでいる。 白く切り揃えられた髪は、雨に濡れて顔に貼り付いている。 小さな口元は力無く開いて、何も語らない。
もう、生きる気力もないのかも知れない。
心が、死んでしまっているのかも知れない。
僕に出来る事は何だ?
彼女の為に出来る事は……何だ!?
ーー違うだろ?ーー
そうだ。
違う!
成るようにしか成らない!!
そうだろう!?
ーー覚悟は決まってる!ーー
『アハトさん!!』
『は、はい!?』
『諦めてください!』
『え? 何をですか!?』
『全てをです!』
『それはいったい……』
『生きることも。
死ぬことも。
助かる事も。
助からない事も。
全てです!』
『………………』
『………………』
『……わかりました! 私の全てをあなたに委ねます!』
「ありがとう!」
さあ、もう猿芝居はこの辺で良いだろう!
これからが本番だ!!
「メタモルフォーゼ!!
フォーム・ディアブルギガント!!」
僕の身体は巨人大に膨れ上がり、背中からは蝙蝠様の翼が生えた!
黒く犇めく筋肉が、キシキシと音を立てる。 膨大な魔力で一気に増殖させたので、身体が熱を帯びていて、ところどころから湯気が放たれている。
「何だアレは!?」
「悪魔!? 黒い悪魔だ!?」
「なんて
「衛兵隊!! 運営は何してる!?」
よし、完全にデカい悪魔だな! 以前のフォームより格段にパワーアップしているだろう?
対してアハトさんはどこからどう見ても天使だ。 シロと同じアルビノの血は身体の毛一本とっても真っ白なのである。
観客の目には会場に大きな黒い悪魔と小さな白い天使が対峙しているかの様に見えている。
ドゴオオオオォォォン!
地面を思いきり殴りつけて大きく陥没させる。
大きな振動とともに土煙が立ち込める。
もっとだ!
ゴオオオオオン!
ドオオオオオン!
バゴオオオオン!
会場は土煙が立ち込めて、あちこちで咳き込んでいる。
雨が煙を晴らすのは時間の問題だが、目眩ましだけなら十分だろう。
観客はなにが起こっているのがわからずに、慌てふためいている。
審判も恐怖のあまりに腰を抜かしている。
今がチャンスだな!
さあ、行こう!
「行くよ!?」
「へ? きゃあ!!」
僕はアハトさんを掴んで、一気に上空へ飛び上がった。
アハトさんは変な声をあげて、何が起こっているか判っていないみたいだが、関係ない。
闘技場なんか、それこそどうなっていようが関係ない。
闘技場に、突如として現れた巨大な黒い悪魔は、血染めの真っ白な天使を鷲掴みにすると、どこか遠くへ飛び去ったのだ。
警備隊が闘技場に大量に雪崩込んで来た時には、既に遅すぎて、騒ぎ立てて暴れ出す観客の鎮圧に手を取られる事になった。
僕はそのままコロッセオから距離を取るために、近くの山を目指した。 追手を寄越すにしても、多少の時間稼ぎにはなるだろう。
マキナさんの研究所に戻る訳には行かないからな……。
ミドガルズエンドはミッドガルド帝国の東の最果てだ。
その先は、大きな壁を隔ててヨトゥン王国と隣接している。
僕はその手前の山の中腹にある、大きな横穴を見つけて降り立った。
周囲は木々が生い茂り、天露に濡れる草木の青臭い匂いが、とても爽やかにミドガルズエンドの匂いをかき消してくれる。
僕は横穴に何も居ない事を確認すると、アハトさんを地面に下ろした。
アハトさんはキョトンとした顔をしているが、何故かさっきよりは顔色が良い気がする。
しばらくすると、アハトさんをは身体をクネクネモジモジし始めた。 何だ? トイレか何か?
「あのぉ、いきなり連れ出してすみません」
「いえ、こちらこそ……あのぉ、私……臭くないですか?」
「はい?」
「いえ、その……私、奴隷で、その、不潔ですから……体臭が臭ってないかと……」
「あはははははははは!」
「あ! わ、笑わないでください! 臭いなら臭いって、言ってくれれば良いじゃないですか!」
「いや、ごめんなさい。 そうじゃないんだ。 こんな状況で、体臭の事を気にするんだって思ってね。 ちょっと可笑しくって」
「だってぇ!」
「そんなに気になるなら、少し雨にあたろうか!」
「は、はい!」
僕は身体が大きくて目立ちそうなので元のシロに戻った。
そう、本来の真っ白なシロに。
「お……お母さん?」
「あ、いや、そうだけど、そうじゃないんだ!」
「え? どう言う事ですか?」
「話すと複雑で長くなるんだけどね……」
「うん?」
僕たちは雨に打たれながら、彼女の髪の毛を洗い、これまでの話をした。 お互いに事情を察したところ、やはり彼女は皆と会う事は出来ないと言う。
「そうですか、コレがお母さん……本当に私にそっくりなんですね?」
「ああ、君にそっくりで綺麗だろう?」
「え? いや、そのっ! お母さんは綺麗ですけど! わ、私なんかっ!」
「同じなんですから、綺麗ですよ?」
「はわわわ……ふにゅぅ……」
白い肌が紅潮して薄桃色に色付く。
ああ、シロに似て、本当に可愛らしい。
「私、もう思い残す事はないんです……クロさんにこんなに良くしてもらって、ほんの少しでも、こんなに安らかな気分になれたのだから」
「もっと欲張ったって良いじゃないですか! 人生は一度きりなんですよ!?」
「じゃあ、ひとつだけ? 良いでしょうか?」
「ああ! 何でも言ってください!」
「私、本当のクロさんが見てみたいです……」
「いっ!?」
「ダメ……ですか?」
「逆に、見せなきゃダメ……ですか?」
「何でもって言ってくださったから……私、ワガママ……でしたよね? ごめんなさい」
アハトさんが深く頭を下げる。
………………。
「メタモルフォーゼ!」
「……え?」
「少し……だけですよ?」
「はい♪」
僕は元のクロの身体になった。
恥ずかしいので、顔は
ーーどこか深い穴があったら入って蓋をしたいーー
アハトさんが僕の頬を両手で包みこんで、顔を持ち上げた。
「よく……見せてください……」
「嫌でふ……」
「ふふふ♪」
「嫌でふっへ言っへる」
「私も、嫌でふ」
よくわからない時間が過ぎてゆく。
何だこの時間。
心臓がうるさいくらいに音がする。
近い。
アハトさんの顔が!
近いから!
「もうダメです! 勘弁してください!」
僕は恥ずかしくってしゃがみ込んでしまった。
「うふふ♪」
アハトさんは無邪気に笑うが、僕は恥ずかしくって耐えられない。
「ありがとうございます! とても良いモノを見ることが出来ました♪ お礼に本当の私も見てください!」
「え? は? はいぃ??」
バサッ!
彼女は右眼の眼帯を外して捨てた。
左目の深紅に対して、右眼の義眼はエメラルドグリーンと、実に対照的で神秘的な雰囲気だ。
美しい。
「私の片目は生まれたときから魔力過多症の影響で見えていません。 なのでこれは義眼なのですが、なにやら高価なモノだそうです」
「……グライアイの瞳……」
「何ですかそれ?」
「その義眼がグライアイの瞳と言うモノらしいのです」
「グライアイの瞳? 良く分かりませんが、私が死んだら取り出すのだと言っておりました。 お話した通り、高価なモノだそうなので」
「そうなんですか……」
「はい。 私、この目のおかげでクロさんにお会い出来たのではないかと思っているのですよ?」
「それはどうしてですか?」
「先日、この瞳にとても強くて暖かな光を感じたのです」
「光……ですか?」
まあ、身に覚えはあります、はい。
「はい。 その光を感じた時に、私、何かの運命を感じた気がしたのですが、その直後です!」
「はい」
「クロさんの声がどこからともなく聴こえたんですよ!」
「それは……きっと運命でしょうね?」
「クロさんもやっぱりそう思いますよね!?」
「……はい、思います」
ーー嘘だったーー
僕は狡猾で浅ましい人間だ。
彼女の気持ちを裏切りたくなくて、ほんの少し嘘をついた。
僕は卑怯な人間だ。
彼女を傷付けたくない。
それは言い訳だ。
しかしそれは、世間を知らない少女の心を燃やすには、十分過ぎる種火だった。
彼女は身体の重さを僕に押し付けて来る。
彼女の重みは
とても柔らかで
温かい
雨は冷たく降り注ぐが
腕に絡まる温もりが
胸に寄りかかる重みが
僕と彼女の距離を
縮める
その距離は
やがて呪いとなって
二人を分かつ事に
なったとしても
この一時は
この瞬間は
ーーとても永く感じたーー
『ありがとう。 私、この瞬間を死んでも忘れません!』
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