第31話 半魔ネロ

 約束の日は今日。


 まだ声は聞こえない。


 あの声の人は来てくれているだろうか? お話することが出来るだろうか?


 もう、多くは望まない。


 たった一つで良い。


 あの声の人に会えたら、私の人生は最高だ。 もう、思い残す事はない。 それこそ死んだって構わない。


「神様、ひとつだけ、たったひとつで構いません! 私の我儘を聞き届けてください! お願いします!」



 暗い鉄格子の中、誰にも聞かれる事のない独り言を、アハトは呟いていた。


 もう、食事にも手を付けていない。 これを神様に捧げる事で、たった一つの願いを叶えて欲しい。 そのために。


 生きる気力も限界だ。


 この願いが叶わないなら、もはや生きる意味など無いのだ。



ーー覚悟ならとっくに出来ているーー


 しかし、自ら死を選ぶ事すら許されてはいない。


 残っている闘士は8人。


 その内、男性が七人、女性が一人。


 この七人の中にあの人は居るのだろうか? それとももう敗退したのだろうか……。 だとしたらもう……いいえ、約束した! 彼は必ず来てくれる!


 必ず!!


 

◆◆◆



「クロさん、次の相手はちょいと危険な香りがします」


「危険な香り?」


「はい。 なんでも半魔だそうですよ?」


「なんそれ?」


「半分魔族の血が流れているんですよ!」


「それで?」


「それでって……ああ、ナハトさんは知らなくても当たり前ですね。

 半魔、つまり魔族の血が半分流れていることで、魔力量と魔法適性が他の種族より優れているのです。」


「それって翼人族とどう違うんですか?」


「え? まあ、使える得意魔法の属性が聖魔に分かれるだけ?ですかね?」


「結局、どっちが強いわけ?」


「え? それは……分かりません。 ただ、常人だとは思わない方が良いと言いたいだけですが」


「そうですか……」


「はい」



 そんな会話をしながらも、ハイモスはデバイスをいじっている……。 こいつ……他の試合にも手出してやがるな?

 デバイスを見ながらニヤニヤとニタついている。 ルカさんに見せてやりたいぜ……。



 午後になり、試合も後半戦となる。


 残り二戦、勝ち進めばディフェンディングチャンピオン、つまりアハト=アハトへの挑戦権が得られるのだ。


 次の試合は半魔だと言うが、半分は人間なのだ。 穢れた血はどちらだろうか。


 僕は人間が嫌いだ。


 確かに例外はある。


 しかし、根本は変わらないと思っている。


 自分の中に流れる血を恨む事もある。


 新しい血を手に入れる度に自分がされている気がするくらいに。




 【三戦目】


ネロ ✕ ナハト


 おいおいおいおい!?


 眼の前に一人の少年が立っている。


 子どもガキじゃねーか!?


 いや待て? ここは異世界だ。 ドワーフ族とか子どもと外見が変わらん種族もいる。 そのたぐいなのか?

 いやいや、落ち着け。 確かオッサンは半魔だって言ってた。 半分魔族で半分人間? 見た目はほとんど人間の子どもだが……。 角とか隠れてるのか?



「やあ、お嬢さん。 ご機嫌よう!」


「………………」


「おやおや、無視とはつれないね? 僕には君の歪なアストラル体がえているんだ。

 なんて……君はなんて禍々しく、美しい。 そして妖艶で魅力的なんだ!?

 僕、君に一目惚れしてしまったじゃないか! いったいどうしてくれるんだ!?」


「………………」


「どうしても君が欲しい。 だから降参して、今すぐ僕のモノにならないか?」


「………………」


「まあ、断られたとしても力尽くでも手に入れるつもりだけどね!」



 正直なところ、イラつくし、やりにくい。

 そして【霊魂可視化】のスキルも持っているようだ。 翼人族や魔族の固有スキルか何かなのか? いや、フェルも持っているな……あいつは精霊だからアストラル体そのものなのかも?


 そんな事を考えているうちに時間が来たようだ。



 グオオオオン!


 試合開始の銅鑼が鳴る。


 クソッ! 奴のアストラル体はヤバい。 黒い何かが奴の中からのあふれ出してうごめいている。

 エーテル体も濃くて、える量も桁外れだ。


(注釈:アストラル体は霊魂の光、エーテル体は魔力の光とお考えください)


 腹立つくらいに不気味だ。 何と言っても得体が知れない。 そして危険な信号みたいなのをビンビン感じている。


 闘いたくないなぁ……。


 こちらの手の内が知れてないうちにたたくか? とは言えどうする? 後を考えると色々と差し支えるなぁ……。


 なんて考えている場合ではなかった!



 ヒュヒュン!ーースココン!


 咄嗟にかわしたが、何かが凄い速さで飛んで来て、僕のローブを貫いて後方遠くの壁に突き刺さった。


 何だ?


 何が飛んで来た?


 そう言えば奴は何も武器を持っていないし、防具らしい防具も付けていない。



「あれ〜〜? 今のかわしちゃうの? ウソでしょ?」


「………………」



 やべぇ、やべぇ、やべえ!


 奴は何かを投げる動作はしていなかった。 アストラル体の何かが千切れて飛んで来た感じがするが……。


 奴のアストラル体が大きく変化する……何だコイツ!?



「くくく。 やはりえているのか。 怖いんだろう? もう降参して良いんだよ?」


「………………」



 何言ってんだ? コイツ?



「少し痛くしないと分かってもらえないようだねっ!!」



 ガガガガガガ!!


 奴の背中から伸びていた触手の様な腕?が昆虫の脚の様な形体に変化して、僕の足元を突き刺して穿うがって行く。


 え? え? 何アレ?



「え~~!? これも避けらちゃうの? なら、あまり見せたかなかったけど、仕方ないかな?」


「………………」


「デモニウムアーマード!」



 これはっ!?

 ……アストラル体がシュルシュルとネロの身体にまとわりついて行く。 何かしらの形を形成しつつ、形成された箇所から黒く硬質化して行く。


 え? 何これ? ネロの身体を母体に一回り大きくなり、肢体は長く本数も多い。 大きな角も生えている。 眼は赤く染まり瞳孔が縦に裂けていく。 さながら以前遭遇したアスラを思わせる異形と化した。



「ば! ばばば、化け物だ!!」


「いや、半魔だし、悪魔だろ!? やべぇ!!」


「俺たちに危害はねえんだろうな? 主催者?」


「おい、審判!! どうなんだ!?」


「皆さん、驚かせて申し訳ありません! これは鎧だと思ってください! 客席の皆さんに危害を加えるモノではありません!」



 ネロが朗々と観客をなだめる。


 観客は落ち着いたのか、物凄い勢いで啖呵を切ってくる。



「いいぞ! さあ殺れ!」


「そうだ! 殺れ! ヤれ!」


「とっととヤッちまえ!!」


「では、皆さんの期待にお応え出来るよう、頑張りますかっ!!」



 次の瞬間、僕は地面に減り込んでいた。


 自分自身どうなってこうなったのか理解が追いつかない。

 確かに蹴り上げられて……気付いたらこの状態なので、叩き落されたのだろう。


 なんてスピードとパワーだ!?


 まあ、痛くはないが、わりと丈夫に作ってもらったローブがズタボロだ。 僕はガラガラと瓦礫を落としながら立ち上がる。



「おいおいおいおい、ウソでしょ? 君こそ化け物なのでは?」


「………………」


「でも、ますます欲しくなったよ、君の事!!」



 言うが早いか、ネロの猛ラッシュが始まる。


 顔。ゴッ!


 腹。ドス!


 脚。ボグ!


 脇腹。ドグシャ!


 鳩尾。ドン!


 そしてまた顔。バーン!



 僕は立ったまま、どうすれば勝てるのか考えていた。 つまり、彼の攻撃は立ったまま全て受けていた。

 フードもローブももうただの布切れだ。 下に着ていたチューブトップとアラビアンパンツは強化繊維で出来ているが、このまま受け続けるとその役割を果たせるか不安である。


 予想外の強さだな……巨人族よりたちが悪い。 闘った事はないが、生身の身体だと言うだけで歯が立つと言うもの。 まあ、人の事は言えないのだが。


 無尽蔵魔力、霊魂可視化、硬質化、変形。 相手のスキル的なモノはそれくらいか? 再生もあると考えるべきか? あの魔力量だからな? 


 よし、決まった!



「ぶっ飛ばす!!」


「やや!? ようやく口を開いてくれたと思ったら、えらく物騒な事を言うじゃないか!? 怖い怖い」


「………………」



 ネロは僕より大きく質量も高いだろう。 こいつをぶっ飛ばすなら、圧倒的な瞬発力とパワーと方角が大事だが……出来ればまだ巨人化は使いたくない。

 とりあえず、一度やってみるか。



身体強化フィジカルブースト!」


「お!? 何かやる気だね!? いいね〜♪ 僕も何だって受けてあげるから、かかっておいでよ♪」


「せっ!」


「グフ!」



 ガガガガッ! ガリガリガガガガアァァガリリッ!


 僕はネロの下に潜り込んで思いきり突き上げるように、強烈なアッパーカットを奴の土手っ腹に繰り出したが、ネロは咄嗟に肢体で地面を穿ち、衝撃の反動の方向を変えて後ろに吹き飛んだが、場外に吹き飛ぶ事はなかった。


 体幹が強いのもあるだろうが、恐ろしく勘が良いみたいだ。


 やっぱりダメか……。



「危ない危ない、女の子とは思えないアタックだね!? 僕は感激だなぁ。 もっとちょうだい?」


「………………」



 少し方向性を変えようか。


 僕は大きく手を広げ構えをとった。


 組み手に持って行くつもりだが、相手が乗ってくれるか?


 っ!?


 ガシッ!!


 無駄に長い腕を伸ばして組んで来やがった! 本当にかかって来いって感じだな!


 いや、これやべぇ!


 ネロの後ろの腕が僕の脚を、身体を押さえ付けて来た!


 地面に貼り付けにされた様な形でネロは顔を近付けて来る。



「美しい……すぐに楽にしてあげるね? だけど、もう少し楽しませておくれよ!」


「くっ!」



 胴体を抑えていた腕で顔を掴んで来やがった!

 首を締め付けられても締められる事はほぼないだろうが、口元を塞がれると息はできない。

 限界か?



「さあさあ、ようやく君の苦しむ顔を拝む事が出来そうだねぇ? ええ?」


「んんん〜〜! んんん、んんん!」


「ふふふ、何を言っているのか分からないけど、愉快だねぇ……っ!? ぅぐっ! ぐはあ!!」


「………………」


「な、何を……した? うぇるぉおお!」



 見る見るネロの顔が青褪あおざめて行き、血反吐を吐く。



「何だコレ……尻尾……だと? そんな……」



 ネロの腹部には深く黒くて長いモノが突き刺さっている。


 僕の毒尻尾ベノムテイルだ。 僕は彼の硬質化を解いて、ベノムテイルを突き刺したのだ。



「悔しいが……君の勝ちのようだ……おめで……」



 次第にネロは僕に覆い被さる様に倒れて来た。


 ドサァッ!


 僕はネロの身体を横に退けて起き上がった。


 心配なのでグサグサといっぱい刺しておく。


 蹴飛ばしても反応はない。


 ……死んだ……のか? 首をねた方が良いか?


 審判がネロのもとに駆け寄って審査している。 そして審判が下る。



「勝者、ナハト!」



 ドワアアアアアアアアアア!!


 いつもの爆音がコロッセオを振動させる。 本当に何人いるんだ?

 客席からこぼれるように試合会場に入って来るが、次々に捕まってどこかへ運ばれて行く……。 何か凄いな……。



 奴が本当に死んだのか気になるところだが、勝ちは勝ちだ。




 ……。


「お前、帰るか?」


「なっ!? あ! お疲れ様っす、ナハトさん!? さっきの試合、もしかしたら負けるかと思って相手側に少し賭けてしまいましたが、まだ残高残っているのでセーフっす!」


「お前は完全にアウトだけどな」


「ひどい!?」



 ……ひどく疲れた。 次は普通の相手である事を願うばかりだ。 

 まあ、次で最後だ。


ーー覚悟を決めていこうーー

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