第30話 一戦目・二戦目
おそらくシロのクローンである
不死身VS不死身……こんな不毛な闘いはしたくないし、そもそも論として、彼女とは闘いたくはないのだ。
なんとか救出してあげることが出来れば良いが、仮に失敗して騒動になれば、こちらとしてもかなり危険な状況にある。
僕だけならまだ何とでもなりそうだが、ハイモスさんは大きくて目立つ上に、お尋ね者である。 それを取り押さえられようものなら、今度こそ救出不可能だろう。
一週間。
僕は考えられるだけのプランは考えたが、やれる事は少ない。 その中でやれる限りのことを尽くさなければならない。
ーーそして今日がその日だーー
僕はシロの姿で、以前カフェレストラン・カノンのベンさんがシロに使ったヘアカラーを、マキナさんに通販で取り寄せてもらった。 しかし、今回はピンクではなく、ベンタブラックだ。 身体もアダマンタイト化しているので、全身真っ黒になっている。
服装は表向き、深くフードを被った黒いローブ姿だ。 念のためマスクもしている。 ローブの下はチューブトップとハイウエストのアラビアンパンツを履いている。 巨人化した時に履くパンツのウエストと裾を、糸で絞ってアラビアンパンツ風に仕立ててある。 巨人化した際は、糸が切れて下半身だけでも守れる様に。
……これも無用で済んで欲しいものだが。
今回もハイモスさんと同行だが、僕はハイモスさんに仕える奴隷の
その為、大会受付はハイモスさんが行い、僕は【ナハト】の名前で選手登録した。 選手控室はハイモスさんに充てがわれ、その奴隷部屋が実際の選手控室と言えよう。
試しに念話を使ってみたが、応答はない。 彼女は優勝してチャンピオンになったために、部屋が移されたのだと考えられる。
やはり闘技場でしか対話出来ないのか……。
とにかく、勝ち進む他ない。
【一戦目】
バルザック ✕ ナハト
相手は左腕に盾、右手に剣のオーソドックスな剣闘士の男だ。
臭い。
離れていても臭う悪臭。 どんな環境で生活させられているかが窺い知れる。
しかし闘志は剥き出しで、息が荒い。 目は血走っていて、口からヨダレが溢れてボタボタと落ちている。
これは普通じゃないな……何か薬を使っているのか……。
まあ、おそらくはドーピングの類いだろう。 彼の肉体は使い捨てで、どんな状態になろうと試合にさえ勝てば良いと言う、イカれた飼い主が背景に見える。
対して、僕は黒尽くめのローブの少女だ。
会場は
「おい、またガキだぜ? しかもまた女?」
「名前はナハト? 飼い主はマルクスか? しかしチャンピオン・アハトの飼い主もマルクスだろう?」
「まあ、翼もねえし、別の飼い主だと考えるのが妥当か」
「見てりゃ分かるさ。 さあ、始まるぞ!」
グオオオオン!
大きな銅鑼の音で試合が始まる。
僕は初戦なので、少し様子を見てみる事にした。
「ああ゙あ゙ァ゙ぁ゙ア゙あ゙あ゙ぁァア!」
相手は、狂った様な奇声を上げて、無駄に大きくて振りかざした剣で斬りかかって来る。
剣が地面に突き刺さる。
蹴りを入れる。
相手が体制を崩して転げる。
すぐに体制をもどして剣も拾わずに盾で殴りかかって来る。
蹴りを入れる。
勢いよく転げる。
……弱いな。 降参してくれないだろうか?
「グアアああ゙ア゙ァ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙!」
普通に狂ってるな。 もう廃人だろう。 楽にしてやるか……嫌だなぁ。
僕はバルザックの攻撃を難なく
「チェンジアーム!
馬鹿みたいにバルザックは突っ込んで来る。
僕は一気に距離を縮めて。
クロススラッシュ!!
バルザックは盾と甲冑をモノともせずに4つの肉片と化す。
……当然、もう起き上がる事はない……な。 これで奴隷生活から開放されただろうか、安らかに
「勝者、ナハト!!」
ゴワアアアアアアアアアア!!
いつもの様に、歓声と怒号が混じった大爆音がコロッセオを震わせる。
やはり、人殺しなんて気分の良いもんじゃないな。 僕は血が付いた羽根を振って血糊を払うと、腕を元に戻した。
ちなみにハイモスさんは自分の貯金をおろして、僕に賭けている。 大丈夫なのか?
控室に戻るとホクホクした顔で迎えられた。 いや、良いけど、本当に大丈夫なのか? この人。
「クロさん……、もとい、ナハトさん、お疲れ様っす! お陰様で稼がせて貰ってます!」
「あ、ああ……」
「次も俺、ナハトさんに全ベットっす!」
「あ、ああ……」
……ハイモスさんて……もしかして? ま、いいけど。
このまま防衛戦まで勝ち進むとなると……何人倒さなきゃなんないんだ? いったい何人殺せばアハトさんに……一人を助ける為にいったい何人を?
自分で自分が何をやっているのか分からなくなりそうだ……。 きっと、とても不条理な殺生をしているのだろう。 これが啓示だと言うのならば……
やはり
それとも、もっと上手く立ち回れると
遣り切れない思いに押し潰されそうになるのを、ぐっと我慢した。
【二戦目】
カミラ ✕ ナハト
一体全体どういうことだ?
僕は聞いてないぞ?
闘技大会ってこんなに女性が出場するなんて。
まあ、見た目はゴリマッチョだけれど!! いや、もはやコング? と、思えるのは、彼女が巨人族だからだろう。
筋肉質でムキムキだが、胸を強調するかのようなビキニアーマー。 手には特大のハンマーを持っていて、通り名まである。
クラッシャー。
そのままかよ!?
などと内心ツッコミを入れていたが、ちょっと怖い。 アダマンタイト合金の硬さがあったって、アレで殴られたら痛そうじゃない?
前の試合の相手はミンチ肉にされたらしい。 クラッシャーと言うより
グオオオオン!
銅鑼の音だ。
「おやおやおやおや? どんな相手かと思ったら、まだお子ちゃまのお嬢ちゃんじゃない?
こんなところに迷い込んだら危ないわよぉ? 挽き肉になっちゃうんだからぁ。」
「………………」
「あらあらあらあら、無口ねい!」
ドッゴオオオオン!!
「的がちっこいから当たり難いわねい!」
ドォォン!
ガゴン!
ボガ!
「まあ、憎たらしいくらいにすばしっこいわね? 地面が穴だらけになっちゃったじゃないの」
「………………」
彼女の攻撃は僕には当たらない。 しかしこのままでは、戦意がないと
あー闘いたくない。
さっきの男は既に廃人だったから、このまま生きていても良い事無いだろうと思えた。
しかし、眼の前の彼女は違う。 目はイキイキとして、筋肉も隆々なところを見る限り、食事も摂れている。 なにより笑っているではないか。
どうしても
その間にも彼女の攻撃は止むこと無く続いたが、僕には彼女を攻撃する理由を見出だせなかった。
「警告! ナハト!」
ヤバい。 後一度警告を貰うと負けが確定してしまう。
どうする?
とりあえず、攻撃しなきゃ負けてしまう!
僕は意を決してアレを使う。
「チェンジアーム! アイトーンプライマリー!」
「ジャキン!」
いや、そんな音は出ていないがそんな雰囲気の効果音を口で付けてみた。
さて、申し訳ないが、卑怯な手を使わせてもらおう。
ハイモスさんの血から得た新しいスキル【身体強化】。
これは身体の硬質化が目的ではなく、機動性を高める為だ。
そのままでも彼女よりは早く動けるが、一瞬で終わらせたい。
「
身体が軽い、これならいけるか!?
僕は素早く彼女の背後に回り込み武具切断!
透かさず側面に移動して武具切断!
反対側の側面に回り込んで武具切断!
彼女は僕を目で追うのに必至で、いったいなにが起こっているのか理解が追いついていない。 僕は一通りの武具の留め金を破壊して行ったのだ。 次に彼女が動けば……。
「ちょこまかと逃げ回って鬱陶しいわね!!」
ドン! ガシャラ! ジャン! バラバララ!!
彼女が大槌を振るおうと身体を大きく動かすと、身体中の武具が外れて散らばった。
呆気にとられている彼女を横目に次の行動に移る。 彼女の着ている布地と肌の隙間に初列風切羽を差し込み斬り裂く。
斬り裂く。
斬り裂く。
斬り裂く。
あられもない姿になった彼女を観衆の視線が直撃する。
「おおおおおおおお!?」
堪らずカミラは前を隠して屈み込んだ。
「ひ! ひひひ、卑怯だぞ!! キサマ!!」
「ここは死闘の場。 卑怯も何もありません。 どうぞ、貴方もやってみると良い」
「くっ……」
「おい! デカ女! 闘え!」
「そうだ! 動け!」
「ぐふふ、もっと見せろ!!」
「ぐぬぬ……」
彼女は動かない。
審判が彼女に歩み寄りコソコソ話している。
決着はついたか。
「カミラ戦意喪失につき、勝者ナハト!」
ブウウウウウウウウウウーー!!
観客席から特大のブーイングだ。 彼女が闘わなかったからなのか、僕が卑怯な手を使ったからなのか、観てる側としては不完全燃焼だったのだろう。
彼女が選手控室に戻ってどうなるかは分からないが、僕は手を下さずに済んだ。 可能な限り、手を汚したくはない。
人を殺したくはない。
人は嫌いだ。
殺したいくらい嫌いだが、一所懸命に生きている命を、わざわざ散らそうとは思わない。
カミラは悔しそうな目付きでこちらを睨みつけているが、戦意喪失した自分が悪いのだ。 開き直られたら、僕の方が分が悪かったのだから。
きっと次は戦闘不可避になるだろう。 そんな事を考えつつ選手控室へ戻る。
「うはははははは! お疲れ様っすー!」
……こいつ……。
ハイモスがキャラが変わったかのようにご機嫌だ。 またガッポリ儲けたのだろうが。 ルカさんは少し考え直した方が良さそうな気がしてきた……。
「それにしても、何て卑劣な勝ち方するんですか!? 戦士としては恥ずかしい戦法と言わざるを得ませんね。 悪手です!」
「殺生せずに勝てたんだ。 悪手とかどうでも良い」
「クロさん……あ、もとい、ナハトさんらしいっすね!」
「………………」
疲れるな。 アハトさんはどんな気持ちで闘っているんだろうか……。
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