第29話 謎光

 上手く行けば、選手控室でコンタクトがとれるかも知れない。 それが出来なければ、直接対峙する必要がありそうだ。


 ……。


 考えるべきはそうじゃないだろう?


 グライアイの瞳? そんなモノより大事なモノが、目の前にあるだろう?


ーーどうすれば彼女を救えるのかーー


 僕は考えを巡らせる。


 彼女を縛り付けているモノは何か。


 どうせ人間だろう。


 ……また人間か。


 シロも!


 あの子も!


 いったい何をしたって言うんだ!?


 モイラ三姉妹も


 ハイモスさんも


 いったい何をしたって言うんだ!?

 

 全て人間のエゴイズムによる傲慢の犠牲に他ならないだろう?


 いったい何様のつもりだ?


 帝都教会?


 帝国軍?


 天帝がなんぼのもんじゃい!



ーー全部ぶっ飛ばしてやる!!ーー



 マキナさんが入手した情報では、先日の闘技大会の優勝者は彼女、アハトさんであることが分かった。

 三年間も防衛してきた無敗の王者【マキシマム】と呼ばれる、6メートルもある巨人族に勝ったのだと言う。


 しかし、試合はかなりの接戦だったらしい。 圧倒的な、質量の差が彼女を苦戦させたらしい。

 途中、翼をもがれたり、腕を千切られたりしながらも、再生を繰り返し、疲弊したマキシマムのアキレス腱を断って、とどめを刺したのだとか。


 会場は相変わらず歓声と怒号で大荒れだったらしいが、新しい王者の誕生で最終的にはお祭り騒ぎになったらしい。


 彼女の心境はうかがい知れないが、主人である人間はさぞかし機嫌が良い事だろう。



◆◆◆



「フェッフェッフェッ! よしよし、予定通り大金が舞い込んで来たではないか。 これから防衛戦でもう少し稼いでもらうぞ?」


「はい、マスター」


「相手のマキシマムの飼い主の顏ったらなかったわ! フェッフェッフェッ!」


「………………」


「相変わらず可愛げがない鳥であるなぁ、ふぬん!」


 パン!


「申し訳ございません、マスター」


「ま〜た手が穢れたではないか! このクソ鳥が! ベッ!」



 ベチャ!


 マルクスがアハトの顔に唾棄する。

   


「申し分ございません、マスター」


「ふん、気分を害したわ! 貴様はさっさと鳥小屋にもどれ!」


「はい、マスター」



 アハトはペコリとお辞儀をしてすぐ後ろの格子部屋へ入って行く。



「あ〜、臭い臭い! 反吐が出そうだ! うえ!」



 マルクスは嘔吐えずきながら部屋を出て行った。

 アハトは光のない、遠い目をしてそれを見送って呟いた。



「約束の日になれば。 約束の日になれば……」



◆◆◆



「ハイモスさん?」


「はい、なんでしょう?」


「あなたの身体を貰っても良いですか?」


「はい?」


『クロ! やっぱりテメェ、ド変態だな!?』


「あらあらあらあら、まあまあまあまあ。 まさかとは思いましたが、そちらのご趣味がございましたのね?」


「クロ! ボクを超えて行くとはキミは何と言う……変態なんだ!? 姉さんは哀しいやら、嬉しいやら……」


「ハイモスさん、私、諦めますね!?」


「クロ……」


「し、シロまで……ち、違う! だから!」


「え? も?」


『クロ、さすがのオレサマもドン引きだぜ?』


「クロさん……俺……そんな趣味は無かったんですが……クロさんがこう仰るので、ルカさん?あきらめ…」


「おい!! 人の話を聴け!! 僕は巨人族の身体が欲しいだけだ!!」


『ついに明言しやがったな!』


「う……ハイモスさん、私たちもう……」


「だから違うんだって!! 血!! 血をくれたらそれで良いから!! 身体は失言でした!! 失言でしたーーーー!!」


「……血? ですか?」


「はい、です!!」


「構いませんが、いったい……?」


「手札を増やしたいんですよ。 先日の闘技大会の決勝戦は、接戦だったと聞きました。 相手は巨人族だったと聞いています。 つまり、巨人族はアハトさんと渡り合えるポテンシャルを持っていると言う事です」


「それと、俺の血がどう言った関係があるんですか?」


「それは……あまり大っぴらには言えないのですが、あなたの遺伝子を私に組み込むのです」


「……まさかの…………ですのね?」


「クロさん……俺……」


「クロ……」


「おいっ!! 違うから!! また、俺の言い方が悪かった!! マキナさん、バトンタッチ!」


「おうよ! つまり、クロはこう言っておる! と!!」


「「「「「「『っ!?』」」」」」」


「違う違うちがーーーーう!!」



 僕は膝から崩れ落ちて、地べたに手をつき、大粒の涙で床に水たまりを作った。



「あ、クロが泣いた……」


「まあ、からかうのはこのへんにしておこうかの?」


「はい、そうですね♪」


「まあ、簡単に説明するとだな? クロはスライムの特性を持っておるのだ。 つまり、物質から人の遺伝子に至るまで、取り込んだモノを解析して自分自身に還元出来るのだ!」


「まさにまことの変態でございますわね!?」


「そうだ、変態だ!」


『完全なる変態だな!』


「クロさんて、やっぱり変態なんですね?」


「うん、クロはいつだって変態だよ」


「あ、撃沈した……トドメはシロだな……」



 クロは床に液状化してもはや原型を留めていない。

 シロが黒い棒状のモノで、ツンツンつついている。



「クロさん、帰って来てくださいよ〜」


「もう誰もからかいませんから〜」


「どうせ、僕なんかミジンコでも変態でもスライムでも……もう何だっていいんです……」



 クロがイジケ汁を垂れ流している。

 シロはデロンデロンになったクロを拾い上げてビンの容器に移した。

 そして、ビンの中でグニョグニョ動くクロを眺めながら言う。



「シロは、どんなクロでも好きだよ?」



 バキュン!!



 クリティカルヒットが入った!

 クロは再起不能だ。


 まあ、現状スライムなのだが、モチベーションはフルに回復した。



「機嫌直して、元に戻って? クロ?」


「う、……うん」


「じゃあ、ビンから出すね?」


「う、……うん」



 シロがデロリンとビンの中身をマットの上に広げる。



「ショーカンジュツ! わがナはシロ! メーヤクにしたがいわがチとわがマリョクをササげる! ケンゲンせよ! クロのマオウ!!」



 マットの上に無造作に広げられたドロドロの黒い液体が、禍々しく黒い光を放つ。

 

 黒い液体は球状にまとまり、やがてムクムクと大きくなる。

 それは、蝙蝠様の翼を持つ人をかたどった黒い影と成し、身体の一部に何処からともなく謎光が射し込む。



「我が名は黒の魔王! シロの名の元に顕現せし者なり!!」



〜〜っ!?〜〜


「「「最低、ですわね?」」」


「サイテーであるな!?」


「最低と言わざるを得ませんね?」


「そう……ですね」


『まあ、オレサマは初めからクロはサイテーだと分かっていたぜ?』


「ねえ、クロ? ここについてるモノは何?」


「……えっ!?」



 時は既に遅し。 クロはマットの上にかがみ込んでうずくまった。 

 超回復からの再起不能だった。



「ぼ、ぼぼぼ、僕はもうお嫁に行けない……」


「何言ってんの? クロは私がお嫁さんに貰うんだからね?」



 バキュン!!



シロの こうげき!

つうこんの いちげき!

黒の魔王は 4600の ダメージを うけた!!



黒の魔王は しんでしまった!



「シロ」


「なに?」


「ごめん。 僕の服をとってくれる?」


「いいよ〜」


「ありがと」


「は〜い♪」



 ………………。

 服を着たのに僕のダメージは癒えない。 色んな意味で恥ずかしくて、こそばゆい気分だ。

 そして僕はもう一度、切り出さなくてはならない。



「ハイモスさん、血を少しだけ貰えますか?」


「初めからそう言ってくれれば良かったんですよ」


「なんか、色々とすみません」


「いいえ、俺の方こそ分かってあげられなくて、すみません」



 僕はスライムに何度かなった事で、新しく【捕食】の方法を手に入れていたのだ。



「この手の上に数滴垂らしてもらえますか?」


「分かりました!」



 ハイモスさんはナイフで指先を突き刺して、プックリと血を溜めた後、僕の手のひらの上に落とした。

 僕は手のひらをスライム化させてハイモスさんの血液を捕食する。



「ありがとうございます!」


「いいえ、お安い御用でっさ! むしろ、お役に立てて俺も嬉しいんでさぁ!」


「では、少しやってみようか」


「まてまてまてまてまてーーーーい!! 

 弟よ!?

 キミがそんなに阿呆だとは思わなんだぞ!?」


「本当に学習能力がございませんことね? 特大の謎光が必要になるところですわよ? まあ、興味がないとは言いませんけれど? ふふふ♪」


「クロどの、さすがに俺を巻き込むのはやめて欲しいでさぁ」


「私は……」


「ルカどの? めちゃくちゃ顔が赤いですけど、具合でも悪いんですか?」


「い、いや、その……何でもありません!!」



 ルカさん……見たかったんだ……。 本当にハイモスさんが好きなんだなぁ……。

 しかし……、不謹慎だが、物理的に巨人族と人族は結ばれる事が可能なのか?

 ……いや、考えるのはよそう。 少し怖くなってきた。


 しかし、メタモルフォーゼするにあたって問題が出来たな……。



「ねえ、姉さん?」


「あらたまって何だ? 変態よ?」


「……もう勘弁してくださいよ!?」


「話が進まん! さっさと申せ! 変態!」


「姉さんに変態と云われて罵られると、癪に障りますね……ダメージが大きいです……」


「全て身から出た錆であろう?」


「返す言葉もない……まあ、そんな話は置いておいて、姉さん! この世界の被服業界にはストレッチ生地と言うモノは存在しますか? つまり、伸縮する生地の事ですが……?」


「ゴムの事か?」


「いえ、違います。 生地です。」


「まあ、無いことはないが……人族と巨人族の差をカバー出来るほどの伸縮素材となると……無いのではないか?」


「そう……ですか。 では、少し加工しますかね……」


「シロ?」


「な~に? クロ?」


「僕はこの闘技大会、シロの姿を借りるつもりだが、構わないか? もちろんハイモスさんの姿も借りる予定だが」


「クロがシロに?」


「うん。 アハトさんにお母さんを見せてあげたいんだが……」


「シロがお母さん?」


「ああ、アハトさんはシロの事をお母さんだと言っていた。 だから君の姿を借りたいんだ」


「それはシロじゃダメ? シロもアハトちゃんに会いたい」


「それも考えたけど、やはり今回は危険過ぎて君を連れて行きたくないんだ。 もし、彼女を救い出すことにして成功したら、君も会う事が出来る筈だから」


「そっか……わかった! シロの代わりにお母さんして来て!」


「解ってくれて、ありがとう!

 ハイモスさんのは、さっきも話した通り、単純に戦闘力なので利用させていただきますね!」


「ああ、構わねえ!」



 こうして、アハトさん救出の為の計画は進んで行ったが、僕の心はずっとモヤモヤとくすぶっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る