第28話 コロッセオ

 東街に面した中街の巨大円形闘技場【グラン・コロッセオ】には大勢の人が集まっている。


 週末限定の闘技大会が本日行われているからだ。


 夜のメインイベントに向けて加速度的に人は増え続けている。



「ハイモスさん、気付かれてなさそうですね?」


「はい、みんな試合に夢中で俺のことなんて眼中にないみたいですね?」


「まあ、こちらとしては都合が良いです。 さて、一瞬だけカメオを使いますので光の指す方角を見ておいてくださいね!?」


「はい、お任せください」



 僕はいつもの様にカメオに魔力を通して、自分の向かうべき場所を願った。


 一条の光が中央な闘技場を超えて対面の壁の方角を指し示した。 すぐさま光を遮断して、席を移動する。



「ハイモスさん、みてましたか?」


「はい、見てましたが……あちらには……選手控室?があるみたいですね?」


「じゃあ、観客ではなく出場者関係の線が濃厚だな……どうするか……選手関係じゃなければ、控室には行けないだろうし……飛び込みでも出場出来るとかマキナさんは言ってたけど」


「それはリスクが高すぎますね……俺、出場しても良いっすよ?」


「ダメだ。 言っただろ? 生命いのちを粗末にすんな!」


「はい、まあ契約がありますから、出来ないですけど、いざとなったら構いませんよ?」


「その気持ちだけで十分だ。 今日中に出来れば特定したいが、控室に潜り込むのは困難だな……試合中にカメオを使うか……?」


「あ、試合、始まりますね!」



 会場が一気にざわめき始めた。 メインイベントまではまだ何試合かあるはずだが、凄い熱狂っぷりだ。



「今日は特別盛り上がっているらしいですよ?」


「へえ、何かメインイベント以外に注目されてる選手でもいるんですかね?」


「ええ、その通りみたいですね。 なんでも小さな女の子が勝ち進んでいるのだとか?」


「はいぃ!?」


「いや、ですから、小さな女の子が一回戦からずっと勝ち進めているらしくて、あっ!ほらあれ……」



 ドワアアアアアアアアアアーー!!



 ハイモスの言葉を掻き消すかの様な、爆発音にも似た歓声と怒号があがる。 地鳴りの様な振動が会場を揺るがす。

 ハイモスさんが指し示す方角を目で追うと、確かにマウンドに小さな女の子が立っている。


 何だこの既視感は?


 あそこに立っている少女に会った事があるかの様な……。


 真っ赤な衣装クリムゾンレッドまとった……。



ーー!?ーー


 

 そこに居たのは真っ赤な衣装をまとった使だった。


 真っ赤な衣装に見えた服は、一回戦目では真っ白な服だったらしく、相手の返り血を浴びて赤く染め上げられたのだとか……。

 

 彼女名前はアハト=アハト。


 付いたあだ名は【血染めの天使ブラッディ・エンジェル


 シロと違うところを挙げろと言われれば、右目の眼帯とあの大きな翼くらいのものだ。


 しかし、いくらなんでも似過ぎだ……何か繋がりが無いとは思えないほどに……。



ーークソッ! 嫌な予感しかしねぇな!!ーー



「クロさん、試合が始まりますよ!?」


「あ、ああ……」



 試合は圧倒的だった。


 始めは相手の剣闘士の猛攻ラッシュが続いて、あのシロモドキアハト=アハトは防戦一辺倒だ。


 しかし、相手の攻撃はひとつもカスリもしない。 全てギリギリのラインで見切られているのだ。 明らかにもてあそんでいるようだ。


 次の瞬間、相手はズタズタに斬り裂かれて、ボロ雑巾のような状態で倒れていた。


 血糊で斬れ味の悪くなった剣で斬り裂かれたのだ。 目も当てられない姿になっている。


 会場は大声援と野次で、耳が痛いくらいの大爆音を発していた。


 しかし、彼女は勝ったにもかかわらず、クスリとも笑わない。


 無表情なので何を考えて闘っていたのか、皆目見当もつかないが、何故か僕には物悲しそうにえる。



 僕はに誘われる様に、カメオに魔力を一瞬だけ通してみた。



 っ!?



 刹那、カメオの光をは彼女を照射した。


 否、彼女の眼帯を照射したのだ。


 ヤバい! 気付かれたか!?


 ……。


 …………。


 …………………。


 彼女がちらりとコチラを見た様な気がしたが、特に騒ぎになる様な事は起こらなかった。


 僕は、ホッと胸を撫で下ろすと、ハイモスに合図を送って席を立った。


 帰る前にモイラ姉妹に報告をしておこう。



『ラケシスさん、聞こえますか?』


『誰っ!?』


『え? ラケシスさん?』


『私は聞こえていますわよ?』


『いったい誰!?』


『あんたこそ誰だ!?』


『…………』



 僕は何となく観覧席の方へ戻った。



ーーやっぱりそうか!ーー



 コロッセオの真ん中で周囲をキョロキョロと見回す血染め天使ブラッディエンジェルが居た。



『シロ、なのか?』


『シロ? そんな名前は知らない』


『では、46番は知っているか?』


『よんじゅう……ろく……え?お母さん?』


『なに?』


『46番はお母さん!』


『何だって!?』


『あなた、お母さんを知ってるの?』


『……混乱しそうだ。 とにかく君は、闘技場に居るアハト=アハトと呼ばれる剣闘士に間違いないんだな?』


『……ええ。 ……あなたは私のお母さんの何?』



 ……そりゃ、怪しまれても仕方ないな。 この子には真正面から向き合った方が良さそうだ。



『僕は46番の友達だ。 理由わけあって一緒に旅をしている』


『トモ……ダチ?』


『そうだ。 だ』


『……』


『このままでは怪しまれるな。 アハトさん、この大会に出場していると言う事は、君も奴隷なのか?』


『……はい』


『分かった。 また来るから、今日はこの辺にしよう!』


『本当に! また、来てくれますか!?』


『ああ。 約束しよう! 来週また来る!』


『分かりました! 約束です!』


『ラケシスさん、これから戻るので皆に伝えておいてください』


『わかりましたわ』



 僕は後ろ髪を引かれる思いで、コロッセオを後にした。



ーークソッ! クソッ! 人間どもめ!ーー



◆◆◆



 ……あの声の人はお母さんのトモダチ。


 死んだって聞いてたお母さんが生きている!?


 ……まだ会ったこともないお母さん。


 ……死んだと聞いていたお母さん。


 ……優しそうな声のトモダチ。


 ……私のお母さんはまだ生きている。


 ……優しそうなトモダチと旅をしている。


 ……私、もし許されるなら、死ぬ前にお母さんに会いたいな。


 会いたいよ……。


 お母さん……。



 枯れたと思っていた涙が……



ーー止め処なく溢れてくるーー



◆◆◆



 それにしても……これからどうしたものか……。


 あの少女が敵ではないと願いたい。 だがしかし、味方だとも言い難いだろう。


 彼女の背景を想像してみたが、どうせ帝都教会の考えることだ、ろくなモノではないだろう。


 そんな事よりも、僕の頭の中は一つの言葉がグルグルと回って収集が付かなくなっていた。


 ……モモがお母さん?


 普通に考えるとあり得ない話だ。


 だがしかし!


 ここは異世界なのだ!


 落とし所としてはモモのクローンと考えるとシックリくるのだが、その定説を揺るぎないモノにする為には、不確定要素が大きかった。


 あの大きな翼だ。


 モモの翼は手のひらサイズだ。 とても小さい。


 しかし彼女のそれは比較にならないほどに大きかったのだ。


 クローンを作ったのならばあり得ない事だろう。


 となると、不安要素はひとつ。


ーー父親の遺伝子だーー



 クソッ! 頭の中のモヤモヤと心の中のグチャグチャが気持ち悪い!!



「クロ?」


「ああ……すまん、何だモモ?」


「帰って来てから、クロ、なんか変」


『クロは変態だからな!』


「……すまん、僕は……今、ちょっと変だ」


『……本当に変だぞクロ、どうした!?』


「少し、そっとしておいてくれ……」


「クロ……」


『…………』


「ハイモスさん、何があったのか説明してくれるかしら?」


「あ、はい神子様。 私もクロどのから聞いた話で、実際にどの様な遣り取りが有ったのか、無かったのかも分かりません。 見たままの事をお伝えします」


「ええ。 それでいいわ」


「コロッセオの選手の中に、モモどのとソックリの少女が出場しておりました。」


「なんですって!?」


「え!? 私に!?」


『クソ、やっぱりか!』


「はい、ソックリなのですが、右目には眼帯をしておりまして、背中には大きな翼がありました」


「大きな翼ですか?」


「はい、軽く宙を飛ぶことくらい造作もなさそうでしたね。 ちなみにカメオの光は一瞬でしたが、右目の眼帯を指し示していました」


「おそらくは片目は【グライアイの瞳義眼】でしょうね」


「ゴルゴンの所在が判ると言うヤツですね!」


「はい、しかし剣闘士が持っているとは……難儀ですね……」


「まあ、コロッセオは死闘ですので、彼女を倒せば手に入るとは思いますが……あの試合を見る限り、俺は勝てそうにありませんね」


「クロなら勝てる?」


「………………」


「クロ? 大丈夫?」


「……僕は、彼女とは闘いたくない」


「勝てないってこと?」


「勝つとか、負けるとかじゃない。 闘いたくないんだ」


『そいつはシロなんだろ?』


「ああ、シロではないけど、シロなんだ」


『だろうな。 魔力の色がほぼ一緒なんだよ。 気の所為なら良かったんだが……』


「私がもう一人? どう言う事?」


「名前はアハト=アハト。 おそらくは88番と言うことだろう。 君の事を『お母さん』と呼んでいたが、身に覚えはないんだな……良かった……」


「うん、全然知らないよ?」


「そうか、やはりクローンの線が濃いだろうな。 シロの娘と言うより分身だろうが、あの翼の説明がつかない。 単純に遺伝子の組み換えや編集が考えられるけど、蓋を開けてみるまでは判らないな」


「その子も……いじめられてるの?」


「……わからないが、首に鉄の枷と帝都教会のチャームが付いていた。 今までの経緯を考えても、剣闘士と言う職業を考えても、とても可愛がられているとは思えない」


「クロ……」


「うん……」


「無茶しないでね?」


「うん、分かってる……分かってるよ」



 モモが僕の胸元に頭を寄せて来る。 僕は彼女の髪にディレートマジックをかけて髪の色を戻して、シロの顔を見つめた。


 白いな。


 本当に真っ白だ。


 顔かたちもそのままだ。


 そして確信する。


ーーあの子はシロの分身だーー



「来週、行くんでしょう?」


「ああ、行こうと思ってる」


「気を、つけてね?」


「うん」


「無茶、しないでね?」


「うん」


「きっと……」


「うん」


「帰って……きてね? ……ぐすん」


「分かったから、泣かないで」


「うん……ずびっ」


『そうだぞ、シロ。 クロは不死身だからな。 殺しても死ないんだぞ!?』


「そうなの? 本当に?」


『ああ、本当だ!』


「フラグっぽいからヤメロー!」


『ぐえへへへへへへ!』


「フェルッ! てめぇ!」



 カメオの光はアハトさんの眼帯を指していた。


 それは即ち、アハトさんの右眼にグライアイの瞳が在ると言う事だろう。 いったい何のために義眼になっているのか不明だが、ただ隠蔽しているだけとは考え難い。


 また、ソレを手に入れようものなら、もう一度アハトさんと接触する必要がある。 となると手段は一つ。


ーー僕が剣闘士として出場する他ないーー

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