第26話 買い物

 西街ウェストサイド中街セントラルのゴミを再生、再利用した、非正規品、全く新しいオリジナル商品、


 月に一度程、オリジナル商品、横流れのレア商品、何処の出品か分からない商品等が競売にかけられるオークションや、ジャンク商品、レアパーツ、レアマテリアル等が出品される蚤の市が開かれている。


 そんな西街にはマキナの様な手先の器用なドワーフ族や巨人族が入り浸っていて、どこかバベルを思い起こさせる。

 高層ビルはないが、あちらこちらで鳴り響く金属音やコンプレッサー音、オイルや金属の削れる香りがして、職人気質な粗野で無骨な人が多く見られる。

 ところどころにいかがわしいお店やアイドルショップもあり、どこか懐かし匂いもするが口には出さない。



「ねえねえ、クロ〜〜?」


「買いません」


「え〜〜!? まだ何も言ってないのに〜〜!?」



 どうせ食べ物に違いない。



「買いませんよ」


「だってほら〜〜。 良い匂いするよ〜〜?」



 ほら、食べ物だ。



「モモはカレーが食べたくないの?」


「え? そんなワケない! クロの作るカレーを食べられないとか、ありえないから!!」


「だったら、我慢しようねぇ」


「むむむ……」


「ほら、マキナさんの言ってたお店はすぐそこだ」


「クロのけちん坊ぉ〜!」


「けちん坊でけっこう猫灰だらけ〜♪」


「も〜〜!」



 モモのほっぺたがプックリ膨れている。


ーー可愛いなぁーー



 ジャンクストリートの裏道は市場や商店になっていて、西街の胃袋を満たす役目を負っている。

 そんな市場の一角に食品雑貨を扱うお店があると聞いて来たのだが。

 店頭には愛想の良いおばちゃんが立っていた。



「いらっしゃい、……おや? 見かけない顔だねぇ?」



 初老のお婆さんが店の真ん中に小ぢんまりと座っている。


「あのぉ、マキナさんの紹介で来たんてすけど、少し商品を見させていただいて構いませんか?」


「マキナ? ああ、デウスのとこの孫娘だね!? 元気してるのかい?」


「デウス? ええ、マキナさんは元気してますよ?」


「おや、デウス=プロメットを知らないのかい?」


「マキナさんのお祖父さんなんですか?」


「ああ、そうさね。 バベルの超超高機動昇降機やヨルムンガンド鉄道。は見たかい? 帝国の最先端技術は、そのほとんどが奴の発明さね。 奴は天才じゃ」


「どうりで、マキナさんは抜きん出て頭が良い訳ですね」


「そして変態じゃ」


「まさかの隔世遺伝だったとは!?」


「まあ、そんな話はええじゃろ。 一体何をお探しだい?」


「はい、香辛料を一通り欲しいのですが?」


「一通り? 凄い量になるが構わんかね?」


「はい、構いません。 それと、ハーブを一通り。 乾物も一通りください」


「あんた、何もんだい? マキナちゃんも変わった人と付き合ってるもんだねぇ?」


「言っておきますが、付き合ってませんからね? ただの知り合いですから。 料理を頼まれてるだけですから!」


「おやおや、ムキになっちゃって可愛らしい坊やさね」


「む、ムキとかじゃないですからね!」


「これ、あんた一人で持てるのかい?」


「モモが居るよ?」


「おやまあ、可愛らしいお嬢ちゃんだこと。 気を付けなさいね? この街じゃぁ、すぐに連れ去られちまうからねぇ……」



 確かにあちこちから視線を感じていたが、やはりモモが目当てなのだろう。

 手を出したらただじゃおかないからな……。



「あんたみたいな余所者はとくにね!」


「なっ!?」



 既に凄い人数で囲まれていた。 ざっと見積もっても三十人くらいは居るだろうか。 そして……。


ーーこのババァもグルかよ!ーー


 どうするか……ここで暴れても魔警隊は来る事はないが、騒ぎにはしたくないな……くそ、面倒くさいな!



「チェンジアーーム!」



 メタモルフォーゼやフォームチェンジは服が邪魔になるので、ずっと考えていた苦肉の策だが……。

 僕の腕が見る見るうちに変形し、身体からだが黒化していく。

 少し見た目はグロい気もするが、背に腹は代えられない。



「ヴェノムアーム! アーンド アダマンティン!」


「なんだコイツ! 化け物か!?」


「関係ねえ!! これだけ人数が居るんだ、ヤッちまうぜ!!」



 一斉に襲いかかって来る!


 左腕でモモを抱えて、右腕の毒針を大きく振り回す。

 針の先には毒がある上に、質量もえげつない。

 バッタバッタと人が吹っ飛んで行く。 針に当たったものは藻掻き苦しんでいるが、解毒方法が無ければ余裕で致死量だな。


 ガキン!


 背中に何かが当たったが、どうせ何かの飛び道具だろう。



「こいつ、ヤベェ!! 身体がボウガンの矢を弾きやがる!」


「本当に化け物だな!!」


「ああ、すまなかったな、化け物でっ!! チェンジアーム、モデルウィング!」



 素早く右腕をアイトーンの翼に変形させて一閃。



「ぐあああぁぁああ!!」


「イデエエエェェ!!」



 何人もの男が防具ごと切り裂かれた。



「くらえええええ!!」



 大声をあげているのは大剣を持った大男だ。 無様にもやたら大きく振り被った大剣を斬りつけて来る。

 良い度胸だ。 受けてやる!



 ガイイィィイイイン!!



 翼でモモを覆う様に受けるが、身体には傷一つつける事は出来ない。 

 服が破れるのは困るが、仕方ないな。

 大男は反動で体制を崩しているので、足を引っ掛けてやった。


 ドサァ!


 そのまま大男の首元に翼を突きつける。



「まだこの子を狙うか?」


「いや、もう狙わねえ!! だから命だけは助けてくれ!! 頼む!!」


「二度と来るなよ? すこしでもちょっかいかけたら、次は手加減出来んからな?」


「て、手加減!? ひえ!! おい、お前ら!! とっととずらかるぞ!!」


「「「「「「「「はい〜っ!!」」」」」」」」


「おい! そこに隠れたババァ!」



 店のババァは戦闘が始まるや否や、店の奥に引っ込んで隠れて見ていた。


 すごすごと出てきたババァは、何かムカつく薄ら笑いを浮かべている。



「いいから、さっき注文した通りのモノを詰めろ。 金は払うから、余計な事はするなよ?」


「は、は、はいぃっ!!」



 店のババァはテキパキと商品を詰め込むと、引きった笑顔を貼り付けたまま商品を寄越してきた。



「電子決済は出来るか?」


「は、はい。 コレを読み取って下さいませ」



 ババァが出してきた店のコードを読み取ると、適当に代金を振り込んだ。 おそらくは足りない事はないだろう。

 ババァはニヤリと笑った。 まあ、想定より多かったのだろうが、どうでも良い。



「さあモモ、帰るぞ?」


「クロ?」


「なに? 食べ物なら買わないからな?」


「ううん、守ってくれて、ありがとう♪」


「うっ……」



 眩しい。 いつもこの娘の笑顔は眩しすぎるんだ。 いったいこの娘の笑顔は何カンデラあるんだ!?


ーーダメだ! 僕はこの娘にダメにされる!ーー


 しかしまあ、この笑顔を守れたなら本望か。


 さて、帰る前にカメオの光の方角を見ておくか……。



 僕は少し高台に上って、街が見渡せる場所に移動した。

 カメオに魔力を注いで、自分の次に行くべき場所を強く望む。

 光の糸が伸びて行き、東街スラムへと続く。 正確には東街近くの中街セントラルだろうか、大きな建物があるようだ。

 まあ、大体の場所は分かった。 戻るとするか。



「モモ、行こう!」


「うん!」


『……こいつぁ……』


「どうかしたか、フェル?」


『いや、きっと勘違いだ、気にすんな。 行こうぜ!』


「いいのか? 気になるんじゃないのか?」


『ああ、良い。 行こう』


「……そうか」



 フェルの言葉が引っかかる。 しかし、気にしても仕方ない。 どのみち薄暗くなって来た今から行く訳にもいかないからな。


 僕らは西街を後にして、マキナさんの工房へと急いだ。



◆◆◆



ーー翌日ーー



 ガンガンガン!



「88番、もうすぐ出番だ。 さっさと準備しろ!」



 金髪の頭をセンター分けにして口髭を蓄えた、恰幅の良い男が鉄で出来た格子をガンガンと叩きながら、格子の中の者に声をかけた。



「はい、マスター」



 暗い鉄格子の奥から、か細い返事がする。


 明かりの照らす所まで来た人物は、【88番】と番号で呼ばれる少女だった。


 少女は襤褸布ぼろぬのを羽織っただけの少女で、身体の色は真っ白で、また、全ての体毛も白かった。


 髪は短く切り揃えるられていて、右目には眼帯を付けている。 首には金属製の首輪を付けていて、首輪からぶら下がるチョーカーには帝都教会の紋様があった。

 そして、何より特徴的なのは背中の翼だった。



 そう、彼女は翼人族で、帝都教会の実験体に他ならないのだ。



 そして、彼女が居る施設こそ、カメオの指し示していた建物【巨大円形闘技場グラン・コロッセオ】だった。



「さあ88番、お前の活躍に期待しておるぞ? 今日はお前のデビュー戦お披露目なのだからな! フェッフェッフェ!」


「はい、マスター」


「出来損ないのお前を教会から高額で買い取ったのだ。 せめてその代金くらいはしっかり稼げ!」


「はい、マスター」


「……さすがにそんな襤褸布では見窄みすぼらしいな……。 が、しかし、その方がこちらとしても都合が良いか。 フェッフェッフェッ!」


「……」



 巨大円形闘技場グラン・コロッセオ、通称コロッセオでは毎週の様に死闘が繰り広げられている。

 出場者は基本的には奴隷とされていて、優勝者には高額な優勝賞金と優勝楯が与えられる。

 優勝者と言っても、奴隷を従えている者が手にするのだが、このコロッセオの目的は優勝賞金目当てなどではない。 この死闘へのビッグベット、即ち巨大な賭け金なのだ。


 88番はその出場者である。


 マスターと呼ばれる88番の主人は、マルクスと言う北街の豪商で、帝都教会から実験体の出来損ないを高額で買い取ったのだ。

 88番は、実験中に片目を失明して、不老不死の施術にも耐えられず、残り幾許いくばくも無い生命いのちなのである。

 しかし、その再生能力は異常に高く、魔力も無尽蔵に有している。 与えられた余命までは、決して死ぬことのないゾンビ兵器と成るのだ。


 ズボッ!



「うっ!」


「フェッフェッフェッ! 一人前に痛みは感じるようだな!」



 格子の外から槍で少女の腹部を突き刺したのだ。 少女は苦痛に顔を歪めるが、刺し傷から流れていた血は、刺している間にも見る見る引いていく。


 ズバッ!


 刺していた槍を思い切り引き抜くと、やはり血は噴き出るが、直ぐにも引いて、傷口も綺麗に塞がっていく。



「気味が悪い奴め、しかし大金を叩いた価値はありそうだな!」


「うぅ……」



 パン!



「そんな目で見るな! このゾンビめが!! ほら見ろ、手が穢れたではないか!! バカ者!!」


「……申し訳ございません、マスター」


「ふん、時間までそこにいろ! 今日は飯は抜きだからな!」


「……はい、マスター」


「これから、闘技場用に、お前の名前を考えてやろうと言うに、気分を害したわ! クソが!」



 ガン!


 マルクスは近くの机を蹴飛ばして部屋を後にした。



「マスター、はやく……しにたい、です」



 少女の呟きは、誰の耳にも届かなかった。

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