第23話 黒い悪魔

 そんな訳で、僕はウルザルブルン神殿の拝殿近くにいる。

 モモとフェルは後で拾って行くので、外で待機中だ。


 それにしても……。



 「あいつはあんな所で何をしてやがる?」



 僕が目をやった先には、一人の女性が拝殿の入口付近でキョロキョロと辺りを見回している。

 明らかに挙動不審な侵入者だろう。 まあ、人の事は言えない訳だが。

 あ、やべぇぞ? 見回りが近付いて来てるのに、気付いていないみたいだ。



「にゃ〜〜」



 僕は咄嗟に猫の鳴き声で知らせてみたつもりなのだが……。



「にゃ〜」



 鳴き真似で返しやがった!? アホなのか!?



「にゃ〜〜お」



 神殿の外にもアホがいた!?



「おや、今どき猫の発情とは季節外れだな?」



 神殿の神官もアホなのか!? 揃いも揃ってアホ揃いだな!!

 まあ、事前に騒動にならなければ問題ないが……彼女の動向次第では計画が頓挫してしまう。


 僕は見回りが通り過ぎるのを見守って、少し彼女に近付いた。



「もしかして、ルカさんですか?」


「わ! す、すすす、すみません! 寝ぼけてこんなところまで来ちゃったみたいで! 


 ……って、誰も居ない?」


「視線をもう少し落としてください」


「え? 黒猫? アスガルド皇国に動物? てか、猫がしゃべった!?」


「不思議に思うかも知れませんが、僕は神の御使いです。 人の言葉を使って貴女に話しかけているのですよ」



 もちろん、大嘘である。



「え!? 神の使い!?」


「はい、貴女は帝都教会ではなく、神殿の神官に成りたがっている事も承知しているのですよ。 なかなか殊勝な心がけです」


嗚呼あぁ、黒猫様は本当に神様の御使いなんですね!?

 私、神子様をお助けしたく、こちらまで参りました!

 しかし、ここまで来て勇気が出ません。 何卒、お力添えを!」


「宜しい。 しからば機を待て。

 間もなく、この拝殿を黒い魔物が襲うであろう。

 そなたはその混乱に乗じて、旧ビフレスト神殿へ向かえ」


「旧ビフレスト神殿……ですか?」


「左様。 ここを襲った魔物は神子たちを連れて、旧ビフレスト神殿へと向かうであろう。

 そなたは先に向かい、居合わせた巨人族と共に、神子の力を以て地上へと向かうのだ」


「わ、分かりました! 黒猫様、ありがとうございます!」


「うむ、気をつけて向かうのだぞ」



 ふう……上手く行った、か? よしよし、荷造りをしに部屋に戻った様だ。 アホで助かった!


ーーさて!ーー



「アンチ・ペトリフィケイション!」



 石化解除の魔法を横文字で言ってみただけですが、何か?

 要は効果があれば詠唱なんて何でも良いでしょ? どうせ、デジタルスクロールなんですから。


 そして!



「メタモルフォーゼ!」



 僕はマンティコアに変身した。 首にはハイモスさんのベルトを巻いているが、少し緩いかも? まあ、仕方ない。


ーー行くか!ーー



『神子さんたち、石化は解けてますね?』


『ええ! 問題ないわ! 久しぶりの解放感に泣けそうよ?』


『まだ泣かないでくださいね! これから壁をぶち破りますよ!?』


『いよいよね! なんだかワクワクしてきましたわ!』



 揃いも揃って変態揃いなのか? 普通は怖いだろ? まあ、萎縮しているよりは動いてくれるか?



『では、行きます!』



 ドーーーーーーーーン!!



 前脚で壁をぶち破ったら、物凄い音で壁が砕け散った。 これですぐに人が集まるな。


 神子は柱の陰に隠れてこちらをキラキラした目で見ている。

 いずれも翼人族なので大きな翼を持ち合わせている訳だが……やはり風切羽は短く切られて飛べない様子だ。



「早く! ベルトに捕まってください!」


「「「は〜〜い♪」」」


「何で楽しそうなんですか!?」


「そりゃあ、楽しいからに決まってるじゃない?」


「……そうですか。 もう良いですから、早くベルトに捕まってください!」


「ねえ、ベルトこれクルクル回って安定しないわよ?」


「なんですと!?」



 これは想定外だ! 何とかなるじゃダメだったか!



「こっちだ! 拝殿の方だぞ!!」


「うわ! マンティコア!?」


「何故こんなところに!?」



 もう集まって来やがったか! クソ! どうする? 


 どうする?


ーーええい! ままよ!ーー



「フォームチェーンジ!!」



 僕はマンティコアの上半身を人型に変えた。

 こうなったら、神子をまとめて抱きかかえて行くしかないだろう?



「うわ! マンティコアじゃなかったのか!? キメラ?」


「いや、あの姿は悪魔じゃね!?」


「やべぇ!! 黒い悪魔だ!!」



 お前ら神官なら祓ってみろよ! とか内心思いつつ、神子を三人とも抱えて外に飛び出した!



「「「あん! エッチ!」」」


「僕は何もしてない! 放って行っても良いんだぞ!?」


「冗談よ。 さっさとお行きなさい」


「なんだってんだ!」



 クソ、調子狂うな……。


 

「こっちだ! 外に出て来たぞ!」



 クソ! 外にも神官どもが来てやがる! 蹴散らして欲しいのか!?

 いや、とっととずらかろう!

 僕は巨大な翼を羽ばたかせて、神殿の壁を難なく飛び越えようとした時。



 ファン!ファン!ファン!ファン!ファン!


 大音響のアラートと発光! モモか!?



「いやあ! だから、もうここには用が無いんだって! 帰るから、放してください!」


「ならん! 怪しい奴め!」


「ルカを放してよーっ!」


「お前は今朝出ていった神官見習いではないか!? まさか、あの黒い悪魔はお前の仕業か!?」


「黒い悪魔? そんなの知らない! 良いからルカを放して!」


「駄目だ! こんな夜中に、しかも騒動に紛れて出て行こうとするなんて、怪しいにも程がある!」



 ルカは脱走に失敗して、モモまで巻き込んでやがる。 

 神官は……全員で十人くらい? 神子を抱えたままで何とかなるか? いや、危ないよな……なら、どうする? ふむ?



 ドン!



「どわあ!! く、黒い悪魔!?」


「おい、人間ども! 死にたくなければ、その女どもをよこせ!」


「ひえああああ! 悪魔だあぁ!」


「あ、悪魔っ!?」



 モモは分かってないみたいだな……。



『モモ、僕だ!』



 念話を使って話しかけてみるか。



『え? クロ!?』


『そうだ! ルカさんも連れて逃げるぞ!』


『うん!!』


「ルカさん、行こう!」


「え? え? 悪魔だよ?」


「いいから、はやく!」



 神官どもが怯んでいる間に、モモがルカさんを連れて走ってくる。 


ーー上手く行きそうだな!ーー



 ドン!



ーー!?ーー



「間に合ったか!? 悪魔め、祓ってやるわ!!」


「おお!? あれは帝国軍の殺戮機兵【アスラ】!?」


『殺戮機兵!? 名前から既にヤバいが、見た目もヤバいな!?』


『腕が六本もあるよ!?』


『まあ、本数はどうでも良いけど、あの手に持ってる光ってる剣の方がヤバそうだ』



 明らかに金属だって切断しそうな外見。 アダマンタイト合金が硬いとは言え、物理的に切れない訳ではないだろう。 例えばレーザー的な熱源があれば?



『ふん、クロよ? 何度も言うが、運命はお前の味方をしておるのだ。 恐れる事はない!』


『ふむ……』



 僕はモモとルカさんを回収すると、一目散に飛んで逃げた!


ーーだって、わざわざ戦う必要なくない!?ーー


 元々戦うつもりなんて無かったし、羽根で飛んで逃げれるのに、女性5人抱えて戦うリスクを負う必要はないだろう?





 このデーモンフォームはマンティコアの時より機動力が高く、旧ビフレスト神殿へもひとっ飛びで着いた。


 神殿にはハイモスが独り不安そうに待っていたが、僕の姿を見るなり顔が引きり、彼女たちの顔を見ると安堵した。


ーー失礼なヤツだ!ーー



「クロさん、ですよね?」


「ああ、驚かせて悪かったな。 僕だ。

 モイラさん、糸をお願いします!」


「「「解ったわ!」」」



 神子の三人は拝殿に上がるとそれぞれに言葉を紡ぎ始めた。



「七色に輝く精霊よ! 我らクロートー、ラケシス、アトロポスの名のもとに願う!」


「我ら卑しき人型のモノに、精霊の加護を授け給え!」 


「我ら虹の橋を穢す時は、その魂を以て償わん!」


「「「この契約を以て、我らの魂とその運命に精霊の糸を縫い付け給え!」」」



 ドン!



「来たか……」


「殺戮機兵……アスラ!」



 おそらくはオートマタだと思えるその風貌は三面六臂四脚の異形だ。 オマケに手に持つ光る剣は何かしらの魔法剣だろう。


 生身の人が襲われれば、ひとたまりもないのは目に見えている。



「「「開け! ビフレスト!」」」


「クロさん、準備は出来ましたよ!」


「早く逃げてください!!」


「え? クロは?」


「すぐに行くから! とにかく早く行って!」


「クロも一緒じゃなきゃ嫌!!」



 ギーーン!! ギギギ……


 斬りかかって来るアスラを、身を挺して抑え込む。



「僕がここを一歩でも動いたら、誰かが死ぬかも知れないから! アスラこいつはヤバい!」


「でもっ!」


「ハイモスさん! お願いします!」


「……わかった!!」



 ハイモスさんは嫌がるモモを抱えると、皆と一緒に虹色に輝く祭壇に上がった。



「よし!」


「イヤーーーーッ!!」



 次の瞬間、僕の腕は失くなっていたが、身体で入口を塞いでいる為に、アスラは祭壇に入る事は出来ない。

 しかし、アダマンタイト合金を斬れるとか! どんな技術だよ!?


 僕の身体が千千ちぢに刻まれて行く中、皆はビフレストに入れた様子だ。



ーー良かったーー



 さて……僕も行かなきゃ。



「メタモルフォーゼ!」



 千千に刻まれた僕の身体が一つにまとまり、小さく液状になる。

 予想通りアスラは、これ以上斬りかかって来る事はなさそうだ。 スライムでの移動は初めてだが、伸び縮みしていると、何とか進めるみたいだ。

 僕はゆっくりと祭壇を上り、黒猫へと変身。



「メタモルフォーゼ!」



 祭壇はまだ虹色の光に包まれている。 きっとモイラ姉妹が頑張ってくれているのだろう。


 僕は虹色の光包まれて、何かしらの力に吸い込まれて行く。

 殺戮機兵アスラは標的を失った所為せいか、停止したまま動かない。

 目だけが不気味に光っている……録画されていると思って間違いないだろうが、モモが認識されていなければ良いな……。



ーー帝国軍には気をつけようーー



◆◆◆




 虹色の光に包まれた後、光に満ちて、とても色鮮やかなトンネルを抜ける間、声にならない声を耳元でささやかれた様な気もするが、理解は出来ないでいた。



 気がつくと先程居た場所と似た祭殿ばしょに立っていて、着くなりモモが抱きついて来た。



「もう! クロのばか!!


 ばかばかばかばか! 


 もう二度とあんな事しないで!」


「大丈夫だよ。 僕は不死身だし、 君を残して死ねないから」


「それでもあんなの嫌だ! 私だって不死身だもん! 一緒に居させてよ!? 約束でしょ!?」


「君は不死身だけど、血がなくなって身体を失うと動けなくなるからね。 仮に帝国に連れて行かれたら、僕は気が狂ってしまうだろう。 その点、僕だけなら何とでも成るからね?」


「私はじゃま? 足手まといなの?」


「そうは言ってないよ。 僕は性格が保守的だからね。 安全策があるなら、それを選択してしまうんだよ。 解って欲しいな、モモ」


「でもね? 離れたくないの……」


「うん、僕も同じだよ? だから今回もいっぱい考えたんだ……。


……考えたけど、この方法しか思い付かなかったんだ。 ごめんね?」


「ううん、わかった」



 モモの顔が近い。 まあ、今猫なんだけどね。



「こほん……お二人さん、落ち着いたかしら?」


「あ! は、はい! ラケシスさん、精霊の糸、ありがとうございます!」



 恥ずかしい! めっちゃ皆に見られてた!



「お礼を言わなければならないのは、こちらの方です。 今回の件、本当に助かりました!」


「「「「「ありがとうございます!」」」」」


「いえいえいえいえ、まだです! あ! ちょっと失礼しますね!?」



 僕はデバイスを起動させてマキナさんと連絡をとった。 

 地上のビフレスト神殿は永く使われておらず、人の手も加わっていない為に、遺跡の様な風貌になっている。

 さりとて、アスガルド皇国と繋がる手段のひとつなので、帝国の手が回っていないとも限らない。

 マキナさんには予め移動手段を外に用意してくれる様に頼んでおいたが……その確認だ。



[もしもし、マキナさん!?]


[おう、生きておったか、弟よ!]


[物騒な事を言わないでくださいよ!]


[わはははははは! そうだ、例のモノは用意してある! 早く外に出て来い!]


[こちらの手違いで、旧ビフレストでの移動を帝国に見られたと思います。 すぐに帝国の手のモノが来ると思うので、早急にお願いします!]


[おうさ! 抜かり無いわ! 早う来い!]


[はい! ありがとうございます!]


「皆さん、急いで外に出てください!」



 通話を切って、皆で慌てて神殿の外に出たら……。


キュィーーーーーーン……




ーーっ!? ……何だコレ?ーー

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