第20話 啓示
神官見習いの朝は早い。 男性は外庭と回廊の掃除から、女性は内庭と祭壇までの神殿内部の清掃から始まる。
それぞれの清掃が終わると食堂で朝食だ。 修道院と言う事もあり、朝食はパンとスープと果物と言う質素なモノだ。
朝食が終わると午前はミサと読書だが、
神事と呼ばれる教えもあるが、そのほとんどが【天帝】即ち皇帝のお遊びだ。 人間が神の真似事をしているにすぎない。 まあ、神の真似事を出来る様になったのだから、大したものなのだろう。
昼食を終えると男性は畑仕事、女性は洗濯や洗い物等の雑用全般を任される。
夕刻になると祭壇にて祈りを捧げて、食堂で夕食を
軟禁されているであろう神殿の神子や神官たちの世話をさせられるのではないかと、淡い期待を抱いていたが、考えが甘かった様だ。
そうして何日か過ごしたが、大した情報は得られず、割り込みしてきた念話の正体も不明のままだ。
モモは同室のルカと仲良くやっている様で、深入りしないなら良い話し相手になるだろう。
ーーそろそろ動いてみるかーー
僕は就寝時間に入ると
内庭の祭壇の奥に拝殿がある。 拝殿には窓はあるが、足掛かりがない。 中から行くにはリスクが高いな……どうしたものか?
『モモ、聴こえる?』
『あ! クロ、元気?』
『ああ。 それより今、拝殿近くなんだが、窓からの侵入は難しそうだ。 中を行くにはリスクが高い……正直手詰まりかも知れない』
『そうなんだ……仕方ないね』
『フェル? お前拝殿の中の様子を見る事は出来ないのか?』
『な!? クロ、オメェなかなか頭がキレるじゃねぇか!』
『あまりモモから離れて欲しくなかったから提案しなかったが、普通に考えるだろう?』
『貴方たちはいったい誰?』
『ーーっ!?』
『帝都教会の人族の方かしら?』
『修室では聞き取れなかったが、拝殿が近いからかな? 貴方こそ誰なんですか?』
『私はラケシス。 このウルザルブルン神殿の神子の一人です』
『クロ、誰と喋ってるの?』
『神子だと言ってる』
『え、神子?』
『お仲間さんかしら? 他にも念話が使える方がおられるだなんて、本当に貴方たちは……いったい……』
『クロ、ここが拝殿か?』
『そうだ。 おそらく声の主は、その格子の付いた小窓の部屋だ。 フェル、頼めるか?』
『おうよ!』
フェルはスルリと壁を抜けて中に入って行った。 もっと早くこうしていれば良かったな……。 迂闊だった。
『まあ、精霊!? え? 本当に精霊かしら? 確かあなた、フェルと
『神子よ、オレサマは精霊だ。 それで良いだろう?』
『……まあ、そうね。 外の子も人と呼べるかどうか分からないモノね。 それにしてもフェルね、ふふふ』
『フェル、それでどうなんだ?』
『ああ、助けるのは無理そうだ。 彼女らは石化されてらぁ』
『石化……そんな!? しかし念話が出来るってのは、まだ生きてるって事なのか?』
『アストラル体を
『そうか……。 ラケシスさん?』
『何かしら、鳥さん?』
『聞きたい事がいくつかあるんですが、答えて貰えるでしょうか?』
『そうね。 私はそれに答えるとして、貴方も私に答えてくれるのかしら?』
『そう……だよね。 分かりました、お先にどうぞ?』
『あら、良いのかしら? では、遠慮なく質問させていただきますわね? 貴方たちは私たちの味方になっていただけるのかしら?』
『今のところ敵対するつもりはありませんが、味方になると必然的に帝都教会と敵対する事になると思うので、迂闊に返答しかねますね』
『では、質問を変えましょう。 貴方たちは、帝都教会を敵に回しても、私たちに味方して、貴方たちの得たい情報が欲しいかしら?』
『……意地が悪いですね。 モモ、フェル、彼女が僕たちの欲しい情報を持っているかどうか分からないが、帝都教会を敵に回す覚悟はあるか?』
『何を言ってるの、クロ? 私たちは既に帝都教会の敵だと思うんだけど、違った?』
『モモの言う通りだぜ、とち狂ったか、クロ?』
くっ! そうだった! モモを助けた地点で帝都教会は敵だ。 まさか、モモにまで突っ込まれるとは……恥ずい! 何か挽回出来ないか?
『……何か、すみません。 僕が悪ぅございました。 そんな訳でラケシスさん、帝都教会を敵に回す覚悟はとっくにあります。
しかし、味方になるかどうかは、こちらの質問に一つ答えていただきたいのですが、良いですか?』
『良いでしょう、質問をどうぞ?』
『僕たちが
『禍つ指輪ね……まだそんなモノがあったのね、さすが帝都教会だわ。 と言う事は、その指輪を嵌めているお嬢さんは不死と言う事になりますわね、なるほど。 精霊さん、貴方はまだ何も話してないのね?』
『何を言ってやがる、このババアが。 オレサマは何も知らねえから
『そう……分かったわ。 そこの迷える仔猫ちゃん、よく聞いていらっしゃい? 私たちにはその指輪の呪いを解く事は出来ません。 しかし、その方法と言うべきか、貴方たちの取るべき行動なら掲示する事が出来ます。 聞きますか?』
『その取るべき行動とやらを取ると、モモの呪いは解けるのですか?』
『そのモモとやらに
『憑いているモノですか……何となく分かりましたが、貴方の掲示通りにすれば、その憑き物とやらは本当に浄化出来るのですね?』
『
『分かりました。 モモ? フェル? 僕は彼女に味方して、禍つ指輪に憑いているモノを浄化しようと思うけど、良いかな?』
『オレサマはかまわねぇよ。 元よりオメェに頼んだ立場だからな』
『モモもクロたちと一緒に居られるなら良いよ!』
『よし、じゃあやろう! 禍つ指輪を浄化する! ラケシスさん、どうか教えてください!
どうすれば指輪を浄化出来ますか? その為なら貴方の味方になるし、帝都教会だって帝国軍だって敵に回しても構わない!』
『……貴方が想像しているよりずっと困難な旅に出る事になりますが、構わないのですね?』
『旅……ですか? それはどんな……いや、良いでしょう。 世界の
『良い返事です。 分かりました、貴方たちが私たちの味方についてくれるというのであれば、こちらとしても助力は惜しみませんよ。
クロートー、アトロポス、この者たちに啓示を行います! 力を貸してください!』
『『分かったわ』』
『ババア三人で
『フェル?』
『フェルは神子たちとは知り合いなのか? 珍しく突っかかるよね?』
『知るかよ、こんなババアども!』
『まあ、つれないわねフェル?』
『アトロポスてめぇ、くだらねえ事喋んじゃねえぞ!?』
『え、フェルって友だち居たの?』
『モモ? こいつぁ友だちなんて良いもんじゃねぇよ! ただの知り合いってか、腐れ縁みてぇなヤツだ。 気にすんじゃねえよ。 アト、テメェ覚えとけ!』
『あらあら、フェルにお友達が出来たのね? それはとても良い事だわ♪』
『クロートー! テメェまで……くそっ、覚えとけよ、テメェら三姉妹ろくな死に方しねぇからな!』
『『『まあ怖いわ!』』』
『くそっ! くそっ!』
『珍しくフェルが
『分かりました。 石化などで私たち三姉妹が大人しくしていると思っている人間共に、目にものを見せてやりましょう!』
『何か、不穏な言葉がつらつらと並べられましたが、本当に掲示なんでしょうか?』
『私たち三姉妹は人の運命を司る神子です。 姉のクロートーが運命の糸を紡ぎ、私ラケシスが振り分け、妹のアトロポスがそれを断つのです。 貴方たちの進むべき道は、我らモイラ三姉妹が
彼女らは本当に神子なのか? 人の運命を
フェルと神子の関係も
まあ、どのみち僕は訳の分からん世界に迷い込んだ仔猫だからな。 成るようにしか成らんだろうさ。
今はただ、モモが笑顔で過ごせる様に、上手く立ち回れればそれで良い。 運命なんてモノは僕は信じないけど、その先にモモの笑顔があると言うのであれば、ソレが約束されているのであれば、僕は運命だろうが、邪神だろうが、人間だろうが信じてやるさ。 僕のつまらない身体や人生なんていくらでもくれてやる。
『『『よく聞きなさい、ちっぽけで愚かなる異形の黒きモノよ。 お主の大切にしておる白き者の運命は、お主の行動にこそ、全てが掛かっていると言って過言ではない。
お主自身の醜い
『僕……自身、ですか? それはいったいどうすれば……』
『『『よく聞け、穢らわしき愚者よ! 啓示を申し渡す!
ひとつ、グライアイの瞳を探し出し、ゴルゴンを帝国から奪還せよ!
ひとつ、人に
ひとつ、世に拡散した七つの魔石を集めよ!』』』
『以上が貴方が神より与えられた啓示です。 この三つが成された時、貴方の望みは叶うでしょう』
『ラケシスさん……でしたっけ?』
『はい、私がラケシスですよ』
『私はクロートーですよ』
『私はアトロポスですよ?』
『……では、お三人さん、無理難題が過ぎませんか? それ、個人がなせる
『私たちは運命を司る神子です。 人の運命を操るなど造作もないこと。 出来ない事をしろとは言いません。
ですが、貴方が運命に抗うと言うのであれば、やってみるが良いでしょう。 私たちは貴方に啓示を与えたのみです』
『……啓示は分かりました。 しかし、やれと
それに、啓示されたその方法とやらは、どれも浄化に繋がる様には思えないのですがね?』
『そうですね。』
『認めるのですね?』
『はい。 この啓示は人に対する【断罪】であり、【贖罪】なのですから』
『そうか、貴女方は神子でしたね。 神の
『
ぷつりと何かが切れた。
『ほんっとうに!
人間も!
神も!
アホみたいに傲慢だな!!』
『クロ?』
『僕は良いさ! どうせ人間に生まれた時から罪人であることに変わりない! 断罪でも贖罪でも受け入れてやるさ!
でも!
モモは!
シロは! 何にもしてないだろう!? 何の罪を
『運命に抗うと言うなれば、それは即ち罪なのです』
『シロは……この世にあって、こんなちっぽけな幸せを夢見る事も
あんな人間の傲慢を身体に刻む運命を! 受け容れろって言うのか!
ええっ!?』
『クロ!? もう良いよ! 私の事は良いから! そんな大変そうな啓示なんて聞かなくて良いから!』
『良くない! ぜんっぜん良くない! 僕だってお前らに負けないくらい傲慢だ! 君の運命くらい変えてやるさ!
覚えとけ!
神子!
神!
人間ども!
僕は!
お前らより傲慢だ!』
『愚かなる異形のモノよ。 ちゃんと解っているではありませんか? 貴方は傲慢です。 傲慢のそのものです。 私たちはその傲慢の手助けをしてあげるのですよ?
別に彼女の言う通り、貴方は我らの
『……そうか』
『クロ、本当にもう良いよ? クロが辛い思いする必要なんてないから。 もう帰ろう?』
『……ラケシスさん、教えてください……彼女を助ける為に僕に出来る事を……その具体的な方法を! この傲慢の贖罪を!』
『分かりました。 では、精霊フェルよ』
『なんだよババア』
『貴方も贖罪するべきですね』
『うっせ! ……んで、なんだよ!?』
『そこのカメオを彼に届ける事は出来ますか?』
『オレサマをバカにしてんのか?』
『ではフェル、頼みますよ?』
『わーった、わーった!』
『そのカメオには我らが魂の
また、そのカメオに付いている石は、聖霊石と言って貴方の運命の【糸】を指し示すモノ。 啓示に従うのであれば、その糸を手繰りなさい』
『分かりました。 ご協力、感謝いたします。 また、非礼の数々、お
『よいのです。 全ては運命のままにあるのですから』
僕はフェルの持ち出したカメオを咥えると、拝殿を後にして修室へと戻った。
一抹の不安はある。 いや、一抹なんてもんじゃないだろう。 それでも僕はやると決めた。 決めたんだ!
〘
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