第2章 啓示

第19話 アスガルド皇国

 どうやら目的階の【アスガルド皇国入口】に着いたらしい。

 しかし、アスガルド皇国はバベルにある訳ではない。 バベルに隣接する切り立った山の頂に建国されており、わば【空の孤島】と呼ばれる場所に存在する。

 皇国は切り立った山をそのまま彫って造った様な城壁に囲まれていて、長年の間、如何なる外敵も寄せ付ける事は無かったと言う。


 皇国には神族に近いとされる翼人族が住んでいて、堅牢な城壁と友好国である天界のヴァナトピア輝国きこくの神族にまもられていて、他国からの侵攻を許さなかったのだ。

 地上ミッドガルドとの唯一の連絡手段は【ビフレスト神殿】と呼ばれる転移門だが、人族がアスガルド侵攻を目論み始めた為に、その機能を封印した。

 煮えを切らした人族は、神族に破壊されたバベルの再建に取り掛かった。 それが現【シン・バベル】である。


 シン・バベルは神族の力を以てしても破壊出来なかった。 魔鉱石を加工した特殊な技術で作り上げた、わば難攻不落の塔である。

 そのバベルが十三階層に到達した際に、アスガルド皇国へ橋桁ごと突き刺したのである。

 アスガルド皇国への新しい連絡手段として設けられた、超超高機動昇降機と突き刺された橋桁を総じて【シン・ビフレスト】と呼んだ。


 現在、十三階層の【アスガルド皇国入口】からは、アスガルド皇国へ通じる大きな橋が架けられている。

 橋は歩いて渡るには相当な距離があるが、近代化が進んだ異世界技術を以てすれば大した距離ではない。

 橋はチューブ状になっていて、その中を大きなキャブが移動するシステムになっている。 労せずに、実に快適に移動出来るのだ。



「わ〜〜! クロ、すっごいよ〜〜!?」


「……そうだな」



 巨大なチューブを移動するキャブの中からも、外界を見渡す事が出来る。

 十三階層まで来ると天候等の影響は無く、魔物の姿も無い。 見渡す雲海の隙間から、時折地上を垣間見る事が出来るのだ。



「もう少しでアスガルドに着くけど、その先は恐らくは帝都教会の支配下だ。 僕たちは目立つ訳にはいけないから、気を引き締めて行くよ?」


「は〜〜い♪」


「……本当に分かってる?」


「分かってるよ〜〜。 クロってば、本当に心配性なんだから〜〜♪」



 何なんだ、この眩し過ぎる笑顔! 何としても僕がまもらなきゃ!


 そうこうしているうちに、アスガルド皇国の大きな城門が見えて来た。 門は固く閉ざされているが、をぶち抜いてビフレストは突き刺さっているのだ。 門が閉まっている事で、外界からの干渉を受け難いと言う事だろう。

 アスガルドの城門を抜けると直ぐに入国管理局の詰め所があって、そこで入国の手続きを済ませる。 それぞれ二つの書簡を見せると、難なく通る事が出来た。

 目指すは【ユグドラシル】。 その大きな根を下ろす先に、目的の【ウルザルブルン神殿】がある。 ウルザルブルン神殿は入国管理局の正反対の方角の様だ。

 アスガルド皇国はとても小さな国で、街がいくつかの区画で分けられているくらいのものだ。

 城門を抜けた入国管理局の施設があるのは商業区である。 その先の中央区にはイザヴェル平原が広がっていて、国立公園となっている。



「ねえクロ、あれ見て! 広場に大きな石像があるよ! ヴァルさんくらい大きいね!」


「ホントだ。 あ、れ、は……石像?」



 モモが指し示す巨人の石像はいくつもの杭に鎖で拘束されていて、顔は苦渋に満ちていて、怒りと悲しみに満たされた様な表情をしている。

 ふいにある巨人族の名前が頭をよぎったが、モモの手前口にするのをはばかった。 モモが気付いていないか不安になる……無事に通り過ぎる事が出来れば良いが……。



「そうだな、バベルに戻れたらだけど、ヴァルさんと連絡とって会ってみるか?」


「やった〜〜♪」


「無事に戻れたらだからな? 神子に会えても会えなくても、適当に切り上げてバベルに戻るからな?」


「うん、分かった!」


「よし! じゃあ、行こっか!」


「は〜〜い♪」



 無事にやり過せたかな?

 それにしても、生きたまま石化とか本当にファンタジーだな! おそらく反乱分子への見せしめだろう。 帝国に逆らうとこうなるぞ、と。

 やり方がえげつなくて反吐が出そうだ! ますます帝国ニンゲンてヤツが嫌いになったぞ、クソが!


 イザヴェル平原の一角には、大きな大聖堂が建設中みたいた。 ここでも建塔師と思しきドワーフ族や巨人族が働いている。

 アスガルド皇国自体巨大な大聖堂の様な出で立ちであるが、そこに帝都教会の司教座を設ける事で、完全に教皇の座を奪う気でいるみたいだ。


 そう言えば軟禁されていると言う教皇は、一体どこに軟禁されているのだろうか? 神子たちも軟禁状態だと言っていたし、もしかするとウルザルブルン神殿には既に神子は居ないのかも知れない。

 何はともあれ、手がかりは現状神殿しかない訳で。 まあ、とにかく向かう他はないな。


 イザヴェル平原の国立公園を抜けると、翼人族の居住区に入った。 先程の商業区にはほとんどと言って良いほど、人気ひとけが無かったのだが、こちらではチラホラと見かけるようになった。 それでも帝都教会の神官の方が多く見られるくらいだ。

 皇国こちらの翼人族は、手の平サイズの羽根しか持たないモモとは違って、立派な羽根をお持ちの様だ。 しかし、変な違和感を感じていたが、その違和感の正体はすぐにモモの言葉となった。



「ねえ、クロ? 翼人族ってあんなに大きな羽根を持ってるのに、どうして飛ばないのかなぁ?」


「それもそうだな?」



 翼人族の商業区は対外的に一階に入口があるのに対して、 翼人族の居住区の入口は三階より上に設けられているのだ。 よく見ると、建物の上にこそ人の生活がうかがえるモノが備わっている。

 ところかしこにベンチや広場があり、街路樹や街頭に至るまで上空での生活が顕著である。

 建物の下部はそれこそ無骨で簡素な造りであって、取って付けた様な入口が設けられている。 生活感はとてもではないが感じることは出来ない。

 それなのに翼人族は羽を広げる様子もなく、通路を歩いているのだ。 もはや異様な光景だと言えるのではないだろうか?

 よく見ると皆、どれも同じデザインの首輪を着けていて、真ん中にチョーカーがぶら下がっている。 チョーカーはどこかで観たデザインだと思ったら、街中に掲げられている帝都教会の旗と同じ紋様だった。

 翼人族が理由はきっとそこにあるのだろうと、誰でも分かるような胸糞悪い代物だ。



「クロ、わかった! ほらあれ! 上空に網があって飛べないんだね!?」


「上空に網? あれは……本当に網だ。 いったい何のため……いやまあ、理由はひとつか……」



 上空に有刺鉄線の様な茨が張り巡らせている? アスガルド皇国は八角形オクトゴナルに造られていて、その角に当たる箇所から上空に支柱が伸びて合わさり、そこから金網状に茨の形状をとったワイヤーがぐるりを覆っている。

 皇国全体が大きな鳥籠とりかごを模した形状なのだ。 翼人族はまさに【かごの鳥】なのだろう。



ーーニンゲンめ!ーー



「モモ、そんな事より早く行こう! 行って早く皇国ここを出るんだ!」


「う、うん。 分かった!」



 僕たちは足早に居住区を抜けて、ユグドラシルの根下へと向かった。

 ユグドラシルの根下にはウルズの泉が広がり、云われていた通りの立派な神殿があった。



「あれがウルザルブルン神殿?」


「そう……みたいだな? ここからは無駄話はしないからな? 向こうの言う事はしっかりと聞くんだ。 デバイスは取り上げられるかも知れないが、僕たちなら念話で会話出来る。 モモを頼んだぞ、フェル?」


『しっかたねぇなぁ! オレサマが居なきゃ何も出来ねぇみてぇだから、手伝ってやる! その代わり、モモに何か有ったら飛んで来いよな!』


「ああ、……本当に、宜しく頼むよ」


「フェルはさすがだねぇ♪」


『ったりめぇよ!』


『モモ、フェル、聴こえるな?』


『あぁ、問題ねぇ。 オメェも少しは成長したようだな!』


『フェル、クロはすごいんだよ!』


『まあ、オレサマほどじゃあねぇがな!』



 フェルが上機嫌で仕事してくれるなら、文句はない。 とにかくモモとの連絡手段は絶対だからな。

 さて、この先に何が待っているのか……どうせろくな事はないだろうが、行くしかないな!



「モモ、行こう!」


「うん!」



 【ウルザルブルン神殿】


 ひときわ大きな外門があり、門番に書簡を見せると中へ案内された。

 神殿のぐるりを回廊が設けられていて、回廊そのものが修道院となっており、神官見習いが寝泊まり出来る様に修室がいくつか設けられている。

 回廊の奥深くに神殿長室はあった。 他よりずっと豪華なドアが開かれると、中は大きな執務室となっていた。



「よくぞウルザルブルン神殿へ! 本日から配属される【クロ】と【モモ】であるな? 私が司祭にして神殿長でもある【ヨーゼフ】である。

 最近は神官見習いの成り手が少ないのか、いくら募集をしても集まらんのだ。 そんな中、来てくれた二人には山程仕事が溜まっておるが、何卒頑張ってもらいたい!」


「「はい!」」



 神官見習いの募集が芳しくない理由はアレだな。 まあ、神殿ここで話す事もないか。

 集まりが悪いなら、何かあっても追い出される可能性が下がると言うものだ。



「分かっておるとは思うが、神殿内の情報漏洩防止の為にデバイスは預からせてもらう。

 見習い期間が満了になって、一時帰還の際はキチンと返却するので、心配には及ばないと思うが宜しいか?」


「「はい!」」


「それから、二人は知り合いの様だが、修道院内での会話等の馴れ合いは避けてもらう。 他の者の手前、男女が交流を持つのはあまりかんばしくないので、悪く思わないでくれ」


「「はい!」」


「仕事も就寝も男女別々だ。 しばらく顔を合わせる事もないやも知れんが、我慢してくれ。

 それから、神殿中央の内庭の奥に建てられている【拝殿】には立ち入り禁止だ。 くれぐれも近付かぬ様に心得なさい」


「「はい!」」



 神子はおそらく拝殿そこか。 はやり普通には会わせて貰えなさそうだな。



「では、各々精進するように、頑張ってくれたまえ!」


「「はい!」」



 神殿長との謁見を終えた僕たちは、それぞれの修室へと案内された。 本来は二人一組の相部屋らしいが、人手不足の為に個室として使わせてくれるみたいだ。 有り難い、これで少しは動きやすくなるな。

 モモの方はどうだろうか? モモの居る修室まで念話が届くかどうか、試しておくか。



『モモ、フェル、そっちはどうだ?』


『あ! クロだ!』


『よう、クロ。 こっちは変な女と同室だが問題ねぇよ』


『変な女?』


『ああ、【ルカ】って言う女で、たぶんだが、帝都教会ではなく本当に神殿に仕えたがっているみてぇだな?』


『そいつは……けっこうヤバいかもな?』


『え? すっごく良い子だよ?』


『そう言う意味ではなくて……んとね? モモ、僕たちはなるべく早く神殿ここから出たいんだ。 なので、あまり人と深く関わるのは良くないと思ってる。

 モモには寂しい思いをさせるかも知れないど、人とあまり仲良くなって欲しくないんだ……分かってもらえない……だろうか?』


『……分かった。 気をつける!』


『ごめん、モモ。 フェルもモモの事、頼んだよ!』


『おうよ』


『……! ……? ……?』


『……誰だ!? 念話の混線か? フェル、分かるか?』


『そうみてぇだが……どこの誰だかまでは分かんねぇな』


『とりあえず一旦、念話は終了だ!』


『『わかった!』』


『……? ……!?』



 突然、僕たちの念話に誰かが割り込んで来た。 どこの誰だか分からないうちは、不用意な会話は避けた方が良いだろう。 仕事がし難いな……。

 念話に割り込みしてきた人物と、モモと同室のルカ。 二つの懸念材料が出来た。 あまりモモと連絡とる事も出来なくなったが、ルカと言う不穏な存在が居るので連絡をとらない訳にもいかない……。 




ーー早く終わらせて帰りたい……ーー

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