第18話 ビフレスト
モモが不貞腐れている。
そうだ。 ものすごく分かりやすい。
モモが不貞腐れているのだ。
原因はと言うと? はい、僕です。
「これからレコーディングに行ってくるから、お店で待っててね」の一言だ。 コレがイケなかったらしい。
ほっぺたを大きく膨らませて、床にへたり込んで、のの字を描いている。 目なんかショボショボして今にも泣き出しそうだ。 溜まった涙でアメリカンクラッカー出来そうになってるよ。
ーー誰だ!? モモをこんなにしたヤツは!? 僕か!?ーー
「ごめん! モモ! 一緒に行こう!」
「ぐすん……いいの?」
「うん、いいよ!」
「ぐすん……ホントにいいの?」
「うん、いいに決まってる!」
「ぐすん……モモ、クロのジャマじゃない?」
「完全にジャマじゃない!」
「ぐすん……クロ、モモと居るの、イヤじゃない?」
「むしろ一緒に居てください、お願いします!」
「……ぐすん!」
「ほら、この通り!」
僕は見事なジャバニーズ土下座を決め込んだ!
「もう、仕方ないなぁ〜。 クロはモモが居なきゃダメなんだから!」
喜色満面の笑みで会心の一撃を喰らう。 僕の理性は死んだ。
ーー嗚呼、この笑顔、守りたい!ーー
「そんな
「師匠の頼みとあっては断れませんし、師匠のレコーディングに立ち会えるとは身に余る光栄であります!」
「であります!」
「モモ、大人しくしてるんだぞ? そして、モカさんやマタリさんの言う事はよく聞くんだぞ?」
「りょーかい!」
「うむ、モモ隊員、良い返事だ!」
「たいちょー、しょーせーはショシカンテチュするであります!」
噛んだな。
モカマタリが居てくれて助かった。 スタジオでモモを一人にしておくのは流石に不安だし、フェルが居るとは言え、世間知らずの上書きするだけだからな。
僕が世間知らずじゃない訳でもないし、世渡り上手な訳でもない。 ただ僕がモモを一人にしたくないだけなんだが。
モモをモカマタリに預けているうちに、僕はローレンさんとスタッフさんを交えて資機材の設置と打ち合わせを終わらせ、早々にレコーディングにとりかかろうとしていた。
「えっと……本当にソレを使うのですか?」
「はい、打ち合わせでも確認した筈ですが? 何か問題があれば言ってくださって結構ですよ?」
僕が手にしたスティール弦のアコースティックギターを見てローレンが不安そうな顔をしている。
逆に僕は久しぶりのアコギに上機嫌だ。 爪の補強が要らないし、スティールの弦をいくら掻き鳴らしても痛くならない今の身体なら、どんな無茶な奏法だって大丈夫だろう?
「いえ、とんでもない! では、リハーサルお願いします!」
初めは、三つの楽章からなるクラシックの名曲。 リハで僕のインストゥルメンタルの音を確認するだけならコレが一番だろう。
【ムーンライト・ソナタ】
第一楽章 アダージョ・ソステヌート
とても小さく柔らかなタッチで、弦が鳴るままに余韻を残し、揺らぐままに音を紡ぎ、且つ音を濁らせることがないように、3連音のアルペジオが湖面を揺らし、くぐもった響きにより夜を深く表現する。 その上にとたもデリケートで、とても清らかな旋律を乗せて湖水と月光を対話させる様なイメージ。
第二楽章 アレグレット
前楽章の最後の和音が消えるや否や、ネイルアタックやストリングヒットを多用して小気味よく軽快なリズムを作り出し、同時に甘く切ないメロディを乗せて行く。 軽く変調を加えて不思議な感覚を織り交ぜながら第三楽章へ流れ込む様に進行して行く。
第三楽章 プレスト・アジタート
流れ込む様に入った第三楽章は一転、突然の大嵐に見舞われた様に変転自在なコード進行をとりながら、しっかりとソナタの形式で構成して行く。 タッピング奏法、早弾き、パーカッションを織り交ぜながら、激しく掻き鳴らす。 弾く。 叩く。 怒涛の激しさから一転、一気に静かに弱々しく闇を落とす。 即興的にアルペジオを加えながらカデンツァ風に盛り上げ、一瞬のアダージョからのフォルテッシモでフィニッシュ! 誰もが心象に
……長い静寂がスタジオの外で続いている様だが関係ない。 問題がなければ、僕は本番に移る用意をするだけだ。
「……大丈夫ですか? もう一度聴きますか?」
「いえ、想像していたモノの斜め上を行っていましたので、少し呆気にとられていました。 エンジニアの方はいけてますか?」
「あ、は、はい! 問題……無いと思います! 今のテイクでも十分に使えるくらいですよ!」
「しかし……レコーディングに自体には問題ありませんが、発表の段取りを見直す必要がありそうですね……まあ、
「はい、行けます!」
スタジオの隅で観ているモモやモカマタリの二人がめちゃくちゃ興奮しているみたいだが、マイクが付いていないので何を言っているのか全く分からない。 とにかくモモの笑顔が見れて嬉しいだけだ。
よし、感覚が少し戻ったので、次は丁寧に弾こう。
こうして、僕のレコーディングが順調に進み、なんとか全ての過程を終える事が出来た。
弾いた曲目は全部で5曲。
アコースティックギター
1、Moonlight Sonata
2、Fly Me To The Moon
3、Old Devil Moon
ベース
4、Red & Green Bros.
5、Anison Medley
ギターは【月】をテーマに選曲して、ベースは有名なゲーム曲とアニソンメドレーを高速スラップでファンキーにアレンジしたモノを選曲した。
どの曲も編曲しただけだが、こっちの世界ならオリジナルで通じるだろう。
ローレンさんはレコーディングした後もバタバタと動き回っている。 これから会議があるらしくて、僕はレコーディングを終えたのでスタジオを後にした。
欲しい
◆◆◆
カサブランカに戻った僕たちは、翌日ビフレストに向かう為にまったりとした時間を堪能していた。
「凄かったッス! マジ尊敬ッス!」
「まだ居たんですか?」
「ひどい!?」
さり気にモカマタリの二人がカサブランカに入り浸っている。 マチルダさんが二人のファンなので、サインを貰って店にかざったりしている。
モモは皆に囲まれて楽しそうだ。 きっとこんな時間も大切なんだろうな。 僕はあまり馴染めないが、モモが嬉しそうなのでいいや。
「師匠のスラップ奏法って言うヤツ教えて欲しいッス! 見ただけではどうなっているのか、全然分かんなかったッス」
「……弟子はとった覚えはないんだが?」
「勝手にしてくれって言ってたッス!」
「……知らん! そう呼びたいなら勝手にしろと言っただけだ。 面倒だったからな」
「ひどい!?」
「……貴方たち、明日はビフレストに乗ってアスガルドへ行くんでしょ? そんなにまったりとしていて良いの?」
「かと言って、特にする事も無いんですよ。 今日はもう遅いので、このまままったりと過ごすつもりです」
「そう、それならゆっくりして行くと良いわ。 あ! それから、マキナが何か言ってたわよ? 【カレー】がどうのって、えらく興奮していたけど……カレーって何かしら?」
「カレー? 知りませんね、そんなモノは」
「そう、なら良いけど?」
置いてきたカレーを食べたんだな……何か言いたそうだが感想はどうでも良い。 口に合うか合わないかは人それぞれだからな。 食べてみたいと言うから、お礼として作っただけだ。
あれ? もしかして、カサブランカにも何かお礼しなきゃダメな流れになって来てない?
まだ大丈夫? お金は支払っているし、まだ大丈夫だと言う事にしておこう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、僕たちは再びビフレスト前に来ていた。
「ほむ、献金は用意出来たのかね? ふひゅ」
「ここで出しても大丈夫なんですか?」
「むむむ、そうじゃな、こちらに来るがよい。 面倒だが仕方あるまい……。 はぉ」
僕たちは、人目を避けるように、受付の中へ案内された。
「お金はこの通り用意してありますが、推薦状は準備いただけましたでしょうか?」
「ふぬ、確かに言った通りの額じゃな。 どうやって用立てたか知らぬが、何も問題ない。 少しここで待っておれ。 名前はクロとモモで良いのじゃな? ふひ」
「はい。 ソレで宜しくお願い致します」
「あい分かった! ひゅう」
受付の神官は手続きの為に奥の扉から出て行き、しばらくすると戻って来た。
手には書簡を持っていて、それを出して見せてくれる。
金の力は偉大だな、ちゃんと仕事をしてくれるのだから。
書簡とお金を交換した僕たちは、受付を後にしてビフレストへ向かう。
「アスガルドに着いたら向こうの神官の指示に従って、規律正しく振る舞う様に心掛けなさい。 入国の手続きはスムーズに済む様に口添えはしておいてやった。 精々精進するが良い。 ひぅう〜」
「はい。 ありがとうございました!」
「は~い! ありがとうございました!」
「ほぉむ」
受付を無事に終えた僕たちは、ビフレストに乗り込んでアスガルド皇国へと上昇し始めた。
ビフレストは昇降機に施された魔法石によって動く仕組みだ。 上昇による身体への負担が軽くなるようにも設計されている。
大きく開口された強化ガラスの向こうに、バベルの街が遠くまで見渡せる。 居住区を過ぎると反対側が開口されていて、塔の外の様子が
僕たちはそんな景色を堪能しながら、実に快適にアスガルド皇国へと向かっている。
「モモ、向こうに着いたら僕たちは別々の部屋に案内されるだろう。 一緒に居れない時も多いだろうから、あまり目立たない様に大人しくしているんだぞ?」
「え、そうなの? クロと一緒に居れないの?」
「うん……」
「さみしいよ……クロ……」
「そう……だな。 まあ、規則なんで仕方ないんだ。 我慢して欲しい。 ただ、何かあった時の為に、マキナから貰ったペンダントは、肌見離さず着けておくんだぞ?」
「わかった……」
「フェル、頼むぞ?」
『ふん、オメェに言われるまでもねぇよ! モモに何かあったら、念話で呼ぶから直ぐに来いよ!?』
「分かってるって、。
「はやく神子さんのお話が聞けると良いなぁ〜」
「まず会うところからだな、会えない事には話も出来ないし、教会の者に知られる訳にもいかない。 現実的に、かなり難しいと思っている。 まあ、居場所さえ分かれば、僕だけなら会う事は出来るかもだが。
帰りもビフレストだと考えると、
「ヴァルさんのお友達のハイモスさん? あんなに大きかったらすぐに見つかりそうだけども、会えるかなぁ〜?」
「う……モモ? 会えても問題起こすと取り返しがつかないからな? 恐らく会えたとしても、罪人として捕まえられているだろうから、手出しは出来ないからな?」
「それくらい分かってるよ〜! クロは心配性なんだから〜!」
僕にはフラグにしか聞こえなかったのだが? 視界に入るだけで声かけてそうだからな……。 そして、それを注意しても、声かけるのが悪い事かって聞かれそうだが、悪い事だと言う説明が理解出来るとも思えない。
ーー嫌な予感しかしない!ーー
最悪はバベルの上から飛び降りるだけか? 捕まりさえしなければ、僕とモモならそれでもなんとかなりそう?
そんな不穏な事をあれこれと考えながら、階層を重ねる毎に僕の不安は募っていく。
モモと一緒に居ると決めた時から、覚悟はしていた筈だ。
ーー僕がモモを守る!ーー
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