第17話 金策
ミ〜ム♪
僕たちがカサブランカに着いたと同時に、マタリからのミィムの着信が入った。
〚師匠! 大変です! すぐにネットニュースを見てください!〛
ーー……いや、どうしてこうなった!?ーー
一時間前、そう……一時間前だ。 さっき撮られた動画がめちゃくちゃバズってた! ニューストピックスのトップに【謎の黒いベーシスト降臨!】の見出しで、さっきの動画がアップされている。
一応注文した通りモザイクはかけられていたのだが……全身モザイクってどう言うこと!?
黒い何かがベースを掻き鳴らしている怪しい動画だ。
いや、僕って絶対分からないだろうから良いよ? けど、これってタイトル通り、謎の黒い物体Xがベース掻き鳴らしている動画だよ? 違う意味でバズってない?
それからも色んな意味でバズった動画は、すぐに反響を呼んだのであった。
〚師匠? ヤバいッス! まじヤバいッス! 僕たちモカマタリはインディーズで活動しているんですけど、近いうちにメジャーデビューする予定だったんですが……〛
〚それはヤバいッスね。 おめでとうございます!〛
〚いや、そうじゃないんですよ! そのメジャー契約してくれるレコード会社の関係者がさっきの動画見ていて、一緒に映っていた僕たちに連絡があったんですよ!〛
〚会いませんよ?〛
〚へ? まあ、とりあえず話を聴いてください! 師匠に会わせて欲しいと言われたのには違いありませんが、すぐに専属契約してレコード作らないかって話が来てるんですよ!?〛
〚嫌です〛
〚そんな!? 専属契約とレコード契約ですよ?〛
〚嫌です〛
〚契約金、三本ですよ?〛
〚……〛
突然降って湧いた話だ。
正直、人と会いたくないし、そんな契約も交わしたくはない。 しかし……。
ーー三本だとっ!?ーー
願ったり叶ったりの話なのだ。 マキナさんやベスさんに借りを作ったり、迷惑をかけるわけでもない。
〚……kwsk〛
〚師匠?〛
〚詳しくお願いします〛
〚師匠は今、どこにいらっしゃいますか?〛
〚ちょっと待って〛
〚はい?〛
僕はカサブランカで話をしても大丈夫なのか、ベスさんに相談することにした。
「ベスさん、お話があります」
「マキナから聴いているわ、お金でしょ?」
「あ、そうなんですが、違います」
「何かしら? どうぞ、話してちょうだい」
「ビフレストに乗るのに神官長の紹介状が必要で、その為にお金が必要なのはその通りです。
しかし、マキナさんやベスさんに僕たちの事で、あまり迷惑をかけたくないのですよ。
そこで、話と言うのが……このお店で商談しても大丈夫でしょうか?」
「……はえ? やだっ! 変な声出ちゃったじゃない! てか、商談? なんで?」
「実はですね……この動画なんですが……」
「ああ、ネットニュースのトピックスでトップに上がってる動画ね?」
「はい。 実はコレ、僕なんです」
「ふぁ!?」
「まあ、色々あってベースを弾いたら、知らないうちに隠し撮りされていまして、こんな事になっているのですが……」
「アンタ、何やってんの?」
「はあ、まあその……
「ふぁーーーっ!?」
「どうしたのぉ、ベスゥ〜? 変な声出してぇ〜?」
「マチルダ、どう思う? クロって騙されてるんじゃなあい?」
「いったい何の話ぃ〜?」
「かくかくしかじかで……どう思う?」
「胡散臭いっちゃ胡散臭いけどぉ……その動画ってゆぅのはぁ?」
「コレコレ!」
カサブランカの優雅なボサノバ風の音楽を切り裂いて、僕のハジけたベースの重低音が店に響き渡る。
「うそぉ!? なぁにこれぇ、ヤバ〜〜い! え? え? あれ? この隣に居るのはモカマタリじゃなぁい?」
「マチルダさん、ご存知なんですね? はい、その通りです」
「え? 貴方たち、モカマタリと知り合いなのぉ?」
「いえ、知り合いと言うか……今日、初めて会ったところですが?」
「そのレコード会社って、今度モカマタリがメジャーデビューするって言うあの【ムジカレーベル】じゃないの?」
「マタリさんの紹介なので、たぶん?」
「ベス? これ、ホンモノだわ!」
「あらやだ……どうしようかしら? 店、汚くない? 大丈夫?」
「綺麗すぎるくらいだと思いますよ?」
「ねぇ、ねぇ! モカマタリの二人も来るのかなぁ?」
「あのぉ……それで、お店の席なんですが、お借りしても良いですか?」
「ま、まあ……今回だけよ? 仮にも支部なんだから」
「分かっています。 ご協力、ありがとうございます!」
〚マタリさん?〛
〚あ、師匠! さっき書いたレコード会社【ムジカレーベル】って言うんですが、そこの担当者がもうこちらに来てるんですよ。 どうしましょう?〛
〚【カサブランカ】ってお店までその方と一緒に来てもらえるかな?〛
〚了解ッス! カサブランカっすね!?〛
近くまで車で来たらしく、ベスさんが淹れてくれたコーヒーを飲み終える頃には、モカマタリの二人と担当者が店に到着していた。
「初めまして、【ムジカレーベル】のローレンと言います。 以後、お見知りおきを。 こちらが名刺になります」
「あ、はい。 僕はクロと言います。 わざわざ足を運んでいただいて、ありがとうございます。 どうぞ、お座りになってください」
「お気遣いありがとうございます。 お言葉に甘えて、座らせていただきます」
カサブランカの店の奥の目立たない席をベスさんが用意してくれた。 カノンと同じく盗聴防止&防音効果のある魔法石が設置されているらしい。
ローレンさんは金髪のオールバックで、こざっぱりしたスーツ姿の眼鏡イケメンだ。
モカ・マタリの二人は担当者を前にしているせいか、緊張してガチガチだ。
まあ……成るようにしか成らんだろうよ、ままよ!
「確認でございますが、こちらの動画のご本人様で宜しかったでしょうか?」
「はい、間違いありませんね」
「誠に性急なお願いにお付き合いいただきまして、ありがとうございます! なにぶん他社に先を越される訳にもゆかず、こちらのモカ・マタリさんを通じて連絡させていただきました」
「はい、ご丁寧にどうも」
「つきましては、
「あの、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「はい、何でございましょうか?」
「話は大体分かりました。 契約内容に関しては、まだ何も話してませんよね?」
「契約内容如何に問わず、専属契約だけで三百万を用意しておりますが」
「えらく僕を買ってくれているみたいですが、まだ会ったばかりですし、音も動画を観ただけですよね? そちらにどれ程のメリットがあるのでしょうか?」
「先程、あの動画の全権利を百万で買い取りました。 貴方の音はこれまでの音楽の概念を抜きん出て、先駆けております。 必ず、これから音楽業界を牽引する大きな波となることでしょう。 その利潤は計り知れないモノと愚考しております」
「すみません。 初めに謝っておきますね?」
「あの……まさか、お受けいただけないと?」
「話を聞いていただけますか?」
「あ、申し訳ございません。 どうぞ」
「契約自体は構いませんが、お願いがあるのです。」
「お願い……と言いますと?」
「はい。
「つまり、顔出し・本名NGですか……売出し方に再考が必要ですが、問題ないと思います。 他にも何かございますか?」
「出来れば、録音は構いませんが、映像や画像としての記録は残したくないと思っています」
「それは独自の奏法を秘匿したいと、そう言う事ですか?」
「いえ、単純に可能な限り人前に
「…………………………分かりました。
その条件、お受けいたしましょう。 それで、ご契約いただけるのでしたら!」
「しかし、僕はベースを弾いただけですが、作るアルバムはソロアルバムと言う事になるのでしょうか?」
「はい、それでしたらマタリさんから、クロさんはギターも弾けると聞き及んでおります。 なので、ギターやベースのソロアルバムを一枚製作させていただきまして、それをベースにカップリングやミキシングなど編集させていただきます。
今後、もし良ろしければですが、モカマタリさんとも共演していただけると有り難いのですが?」
「なるほど、歌入れしたいわけですね」
「はい、その通りでございます」
「あ、それから音楽は副業で考えているので、レコーディングはこちらとそちらの都合が合った時になります。 とりあえず今回はまとめて何曲かレコーディングしていただきますが、その先は不規則な活動となります。 そして連絡はミィムを通じてとなりますが、構いませんか?」
「他の会社に流出しない限りは、問題ございません。 貴方との契約こそが、我が社の最優先事項ですので!」
「それならば、今後とも宜しくお願い致します。 契約書は今、ここで?」
「はい、宜しくお願い致します。 契約書はこちらになります。 こちらにサインをお願いします。 契約魔法が発動しますので、よくお読みになってからサインをしてください」
仕事はやっ! 話していた契約内容をパソコンで打ち込んで、直ぐに契約紙(契約魔法が施された紙)にプリントされた! 会社の契約印が
契約内容をよく確認して、サイン……これ、クロで良いのか? まあ、
「これで契約成立です。 楽曲は提供いただきますが、編曲やアーティストネームは当方にて決めて宜しかったでしょうか? ご希望があればお聞きします」
「あーー。 では、お任せします。 そう言えば、今更かも知れませんが、この契約って
「大きな金銭が絡まず、会社に無断でなければ別段問題ございません。 逆に違反すれば
迷った時は直ぐに私に連絡いただいて構いません。 基本的に契約がアーティストの自由な精神を拘束するような
当社としては貴方が弊社の専属である事、これが最も重要な事ですので」
「分かりました。 ローレンさん、宜しくお願いします!」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します!
ところでクロ様、当社としてはクロ様のデビューを半年後に考えています。 しかし、クロ様はこれからビフレストに乗られてアスガルド皇国へ向かわれるとお聞きしておりますが、間違いないでしょうか?」
「はい、その予定です」
「アスガルドには弊社の支店がございません。 いつ頃お戻りになる予定でしょうか?」
「はっきりと申し上げる事が出来ないのですが、目的が達成次第となりますが……どうしましょう?」
「分かりました。 弊社としてはデビューを半年後に設定して企画を進めて行きますが、実際のデビューはそれ以降の、クロ様のお戻り次第と言う事にしましょう」
「まあ、なんか申し訳ないので、明日で良ければ数曲収録しておいても構いませんが? シングルないしはミニアルバム程度は作成出来ると思いますけど……如何でしょう?」
「「「えっ!?」」」
「既にオリジナル曲をお持ちと言う事でしょうか?」
「はい、時間が許すなら数十曲は用意出来ますが、録音時間がそんなに取れないかと思いますので……」
「「「数十曲っ!?」」」
「え? 何か問題でも?」
「い、いえ、是非お願い致します!」
「でも、楽器持ってないので……そちらで用意してもらうことは可能ですか?」
「はい。 いくらでもご用意致しますので、ご要望のメーカーや機種などございましたら仰って下さい」
「特に無いので、お任せでお願いします」
「かしこまりました。 私、性急な用事が膨大に出来ましたので、質問等が無ければ、失礼して帰社させていただこうかと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「はい。 …えと、明日はどうしますか?」
「はい、帰社して諸々の調整をしてからとなりますので、こちらから追って連絡と言う形でも宜しいでしょうか?」
話をしながら物凄い勢いでパソコンを打っている……恐らくバックグラウンドで
「あの……無理にとは言いませんが?」
「いえ! 今決まりました! 明日の朝九時に弊社にお越しいただくことは可能ですか?」
「あ、は、はい。 ではそれで」
「かしこまりました! 後は追って連絡しますね! これにて失礼致します!」
ローレンさんは外に待機させていた車に乗るや否や、物凄い勢いで帰って行った。
モカマタリの二人はポカンと口を開けたまま、時間が止まっている。
カサブランカの二人とモモたちは、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
ーーとにかく金策は出来た!ーー
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