第16話 モカ・マタリ

 人集ひとだかりでよく見えないが、ギターとベースの音がする。 まだ音合わせをしている様子だが、演る前からこの人集ひとだかりだとその人気をうかがえる。


 路上ライブかな? この世界でも音楽は盛んでアイドルなどの音楽ユニットやバンドグループなんかもあるし、それらの追っかけをする熱烈なファンも存在している。

 音楽は建塔師ら労働者の癒やしになるのかも知れない。

 アーティストとしてはそれでファンになってくれたら儲けものってワケだ。


ーーそれにしてもこのベースの音は…ーー



「皆さん、今日も集まってくれてありがとう!!」


「「「「「「ワーーーーーー!!」」」」」」



 凄い歓声だ。 僕は音楽配信しかしたこと無いのでイイネ!しか知らない。 さぞかし気持ちの良い事だろう。

 ユニットの名前はモカブラウン・セミロングヘアの女性モカと、チューリップハットを深く被った金髪ロン毛で丸メガネの男性マタリによる『モカ・マタリ』。 そのままやん!って突っ込みたくなるネーミングセンスだ。



「モカ、ちょっと……」


「ん? どしたの、マタリン?」


「今日はリズムとるだけで良いかな? 昨日、仕事で脱臼した指の動きが悪いみたいだ。 高い金払って治したのに、バベルここの教会はヤブが多いと言うのは本当かも知れないな?」


「ちょっと! そんな事を昇降機前ここで言わないでよ!

 神官に聴かれでもしたら、アタイら教会で治療受けられなくなっちゃうじゃない!」



 何やらコソコソと内輪揉めしているみたいだが、ライブはするのだろうか?

 デバイスで少し調べてみたが、どうやらマタリの方は建塔師らしい。 男女二人組ユニットのデュオ・バンドで、マタリが建塔師をしながら活動費を稼いでいるみたいだ。

 仕事の合間に怪我でもしたのだろうか、弦を押さえる方の指が上手く動かないみたいだ。



「中途半端に演ってもファンの皆を喜ばせられないじゃん。 全力のアタイらを聴いて欲しいからさ、今日はやめよっか!」


「それもそうだな、なんか僕のケガの為にゴメン。 何とか早く治すよ……帝都に戻って教会ではなく病院に行かなきゃ治らないかな?」


「そうね、今なら貯金もまだあるし、ちゃんと治してから演ろうよ!」


「うん、そうしよう!」


「と言うワケで皆! せっかく集まってもらったけど、マタリンの調子が悪いみたいだから、今日はライブ中止です!」


「「ごめんなさい!!」」


「「「「「「ええーーーーーーっ!?」」」」」」



 ライブ中止の発表の後、人集ひとだかりはブツブツ言いながら散らばって行った。

 残されたモモはすごく残念そうにしている。 発表前はめちゃくちゃ目を輝かせてたからな……。 楽しみにしてたんだろうな……。



「アンタ楽しみにしてくれてたんだよね? すっごく残念そうだからさ。 なんかこんな感じで中止にしちゃってゴメンね?」


「ううん、だいじょぶ……」


「僕のせいでしばらくライブ出来そうにないんだよ、本当にゴメンね……」


「ううん、いいの。 あの、この楽器は何て言う楽器なの?」


「ギター? 見たことないの?」


「うん、音を聞くのもはじめて。 ちょっと聞いてみたかったの」


「そう、少しだけならほら……」



 ♬♫♪♬♫♪♬♫♪〜


 弦が優しく弾かれて優しく空気を揺らす。

 いいね。

 久しぶりに僕も弾いてみたくなった。



「わあ♪ すごい! もっと聴いてみたいなぁ~」


「ゴメンね? マタリンが弾けるようになったら、また聞きに来てくれると嬉しいな♪」


「ちょっと……ベース借りても良いですか?」


「「え?」」


「少しなら弾けると思うので……」


「え、え? ギターじゃなくてベースですか?」


「まあ、どちらでもかまわないのですが……」


「分かりました。 貴方のベースに興味が湧いて来ましたよ。 大切なベースなので壊さないでくださいね? 高いんで」


「もちろん、壊したら弁償しますよ」


「じゃあ、ちょっとだけですよ」



 ♬♫♪♬♫♪♬♫♪〜

 

 あれ? 何か変な感じだな……



「あの、このベースって何か補正かかってます?」


「……本当に弾けるんですね。 少し驚きました!

 補正ですか? そうですね、普通にエンチャントされてるけど、ベースののスイッチで切れますよ?」


「エンチャント……そうですか、切っても大丈夫ですか?」


「逆に切っちゃって大丈夫なんですか?」


「はい、思い通りの音にならないと違和感があって弾きにくいもんで……」


「大丈夫ならいいんですよ、どうぞ?」


「ありがとうございます」



 ♪〜♫〜♬〜♪〜♫〜♬〜


 うん、イメージ通り。 使い込んでるけど、手入れが行き届いていて良いベースだな。



「僕が合わせるのでリードしてください」


「わかったわ。 それなりに弾けるみたいね……さっきの曲で行くからついてきてちょうだいね?」


「わかりました」



 〜♪


 ♬♫♪♬♫♪♬♫♪〜



 パチパチパチパチパチパチ!


 モモとマタリが拍手をくれる。

 とても優しい感じの癒やされる曲だった。 ベースと合わせることで音に深みと広がりが感じられる。 モモが喜んでくれたみたいで良かった。


「クロすご〜い! 本当に弾けるんだ!?」


「やるわね。 コード譜あっても一度聞いただけでこんなに合わせられるなんて……よそで演ってたのかな?」


「いえ、生まれて初めて合わせました」


「うそでしょ!?」


「本当ですよ。 いつも自分の音になら合わせていましたが……」



 良かった、三年以上ブランクがあったので心配だったけど、自分に染み付いた感覚で何とか弾けたみたいだ。 やっぱり音楽は楽しいな……もう少しだけ……大丈夫だろうか?




「少し、ソロで弾いても良いですかね?」


「ベースで? まあ、別にかまわないけど?」


「ありがとうございます」



 〜♫


 ♪♬♫!♬♫♬♫♬♫♪!♬♫♬♫♪!!



 重低音の音符が激しく、高々に舞い踊る。


 掻き鳴らし、弾いて、叩いて、抑え込む。


 バイブスよ響け! 届け! バベルのてっぺんまで!


ーー音楽って自由で最高に楽しいーー



「「「ーーえっ!?」」」


「格好いい! なにそれ?」


「クロって不思議。 どんな楽器でも弾けちゃうの?」


「え……いや、」


「「それより、なにその奏法!?」」


「え? 奏法? ……まあ、色々ですね」



 まあ、音楽にかけてきた時間が圧倒的に違うだろうからね……人より楽器を愛していたなんて言えない。 亜空間通信を使えばそれを覗く事は出来るよ。 僕の黒歴史なので誰にも言わないけどね。

 それより……数人だった人集りが、どこからかゾロゾロと集まって来たな……引き時か。



「さあ、モモ? 行こうか」


「うん!」


「「ちょっとちょっとちょっと!」」


「はい? あ! 大切なベースをありがとうございました。 久しぶりに触れられて嬉しかったです」


「ありがとう〜♪」


「ちょっと待ってください!」


「え? あ、はい、何か?」


「えっと、その、あの〜……」


「何も無ければ失礼しますね?」


「あ! あのっ! 連絡先交換しませんか?」


「……どうしてですか?」



 嫌だな……出来ればしたくない。 関わりたくない。 繋がりを増やしたくない。



「僕たちと一緒にバンドしませんか?」


「は? ムリです」


「ええええ!?」


「え、いや、そんなに驚くことですか? 私は神官見習いなので、これからビフレストでアスガルドに行こうとしているところです」


「し、神官見習い……」



 あれ? 何か尻込みしてる!? そう言えばさっきも病院や神官がどうのって言ってたな……おおかたバベルここの神官は碌でもないのだろう。



「神官見習いと言うことは当然、帝都教会の人ですよね?」


「まあ、そのようなところですね」


「実は、先日バベル建設中に指を脱臼して、教会で治療してもらったんだけど調子悪いんですよ……もう一度診てもらうことって出来ないですよね?」


「それは……僕は詳しくはないけれど、難しいかも知れないね?」


「ん、モモに見せて!」


「「「え?」」」


「モモに見せて?」


「あ、は、はいどうぞ……」


「ちちんぷいぷい〜っと!」



ーーなんのまじないだよ!ーー



「あれ? 痛みが引いた……うん、全然痛くない!?」


「え? うそっ!?」



ーーっ!? まじかっ!?ーー



『おい、クロ! オメェ、モモを侮ってただろ!?』


「し、正直そうだ……侮ってた。 見くびってた。 普通の女の子だと思ってた」


『仮にもモモは『聖女様』なんだぜ? その辺の神官長なんかよりずっとスペックが高ぇんだよ!』


「なんかショックだな……僕なんかよりずっと優秀な人材だ……」


「ん? 何言ってんの! クロはサイコーだよ!」


「さっきから何と話してるんです?」



 フェルは基本的に他の人には見えないし、会話もできない。謂わば念話の様なモノで任意に会話している訳だが、僕が念話に慣れない為に声に出てしまっているのだ。 迂闊だったな。



「すみません、独り言です。 恥ずかしいので忘れてください。 お願い致します」


「「あ、は、はい」」


『けっ! 念話も出来ねぇオメェは低スペック確定な!』


「くっ……」


「ねえ、これでライブ出来る?」


「え? あ、はい。 出来ますけど、今の演奏の後じゃ……えへへ、何と言うかぁ……あはは……」


「「さーせん! 出直して来ます!」」


「え〜〜!?」


「……モモ、ムリ言ったらダメだよ」


「うん、わかった……帰ろうクロ」


「あの! せめてMEMEミィム友だちになってください! 次に会う事があれば、少ないかもですが治療費くらいは払いたいので!」


「ミィムって何ですか?」


「えっと、SNSはご存知ですか?」


「あ〜! はいはい。 それくらいなら構いませんよ。 とりあえずアプリをインストールしますね」


「よろしくお願いします!」



 流れでMEME友だちミム友になってしまった……まあ、これくらいなら大丈夫だろう……たぶん。 最悪ブロックすれば良いだけの事だし。



「あっざーす!」


「……また機会があれば、ライブ見に来ますね」


「また来るから今度はもっと聴かせてね〜!」


「は〜い! クロさんもモモさんも次はゆっくりと聴いて行って下さい。 クロさんの耳を汚す様な拙い演奏ですけど!」


「クロさん、今日は勉強になりました! そしてモモさん、なんとお礼を言って良いやら……このご恩は絶対忘れません!」



 あれ? なんだこの流れ……何だか胸がザワつく……。

 SNSミィムくらいなら問題ないかと思っていたけど、モカ・マタリあちらさんの食い付きが思っていたより強いな……。 そして何よりモモが楽しみにしている……。

 早く切り上げよう!



「では、これで失礼します!」


「またね〜♪」


「「ありがとうございました!」」



 少し足早にその場を後にする。 途端に後ろがザワつき始める。



「ねぇねぇ、さっきの演奏めちゃくちゃ凄かったね〜♪」


「うん! 失礼だけど、モカマタリのお二人の演奏が霞むくらいに凄かった!」


「ううん、アタイたちモカマタリなんかとても敵わないっすよ! アタイなんか断然ファンになっちゃいましたし!」


「僕はクロ師匠と呼ぶ事にしました。 ミム友になれて最強にラッキーです!」


「実は俺、さっきの演奏、偶然動画で撮れてたんだ……アップするから拡散希望」


「マジっすか!? アップした動画、ダウンロードしても良いですか!?」


「ああ、かまわねーよ。 だから拡散してくれよな」



ーーなにぃっ!?ーー


 僕の演奏が撮られてた!? 拡散とか……やべぇやべぇやべぇ……どうしよ? 戻ってこれ以上関わるの嫌だし……他の人も居るし……。 

 ……そうだ、マタリにMEMEミィムで撮影した動画にモザイク入れるように言ってもらおう! 師匠とか言ってたし、言う事聞いてくれるだろう、たぶん!



〚あの、マタリさん?〛


〚!! 師匠!? どうしたんですか?〛


〚何か、動画がどうのって帰り際に聴こえたんだけど、僕もモモも顔出しNGだって伝えてくんないかな? それから、モモの治療のところも撮ってたなら削除するように言ってくれ。 教会に知られたくないんだ〛


〚はい! 了解ッス師匠!〛


〚それから師匠はやめてくれないか?〛


〚いや、もうクロ師匠は完全に僕の目指すいただきなので、師匠と呼ばせて下さい!〛


〚……もう、勝手にしてくれ。 じゃあ、モザイクと削除の件はよろしく頼んだよ?〛


〚かしこまり!!〛



 これで顔出しは免れたかな……あぶねぇ。 こんなところで目立つ訳にはいかないからな。 僕だけならまだしも、モモはまずいからな……。 


ーーとにかく早くカサブランカに戻らなきゃ!ーー

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