第15話 カサブランカ

 店の扉を開けると、そこは【百合の花園】だった。 カウンターの中で女性?……おそらく女性同士でなかなか濃厚なキスをしている。 ……目のやり場に困るな、モモは【カノン】の時もそうだけど、こう言うのはどう思っているんだろう?

 一人はダークブラウン・ショートボブのバーテン風、一人はミルクティーベージュ・ゆるふわロングのメイドさん。



「あの〜? お取り込み中すみませ〜ん」


「あらいやだ! マチルダ、だから仕事中はダメだって言ったじゃない! ほら、早くお水を出してさしあげて!」


「うふふふふ♪ は〜い! どうぞこちらへ〜♪」


「いえ、あのっ! 僕たちはアランさんの紹介でこちらに来させていただきました、クロとモモと言います!」


「あらあらあらまあまあまあ! 貴方達がアランが言ってた黒い子クロ桃色の子モモね! 歓迎するわ! 私は【エリザベス】でパートナーは【マチルダ】よ。 私の事は短くして【ベス】って呼んでちょうだいね!

 とにかく疲れたでしょ、どうぞ席に着いてちょうだいな! 何か飲み物を用意するから」


「お疲れ様、荷物はそこに置いてちょうだいね♪」



 近代的で無機質な都会の片隅に、花と緑がいっぱいのレンガ造りの店。 それが純喫茶【カサブランカ】だ。

 店内にも観葉植物や花瓶がところかしこに生けてあり、店名にもなっているカサブランカの香りが仄かにする。



「飲み物は紅茶で良かったかしら? お茶菓子も今用意してるから待っててね」


「あ、は、はい……いえ、お構いなく!」


「遠慮なんかしなくて良いのよ? 貴方たちの情報はわりと貴重なので、こちらも収入あるんだから」


「僕たちの情報ですか……少し怖いですね」


「貴方たちの存在そのものが特殊なのよ。 主に情報を欲しがっているのは、マキナちゃんなので安心してちょうだいね」


「そ、そうなんですね? 少しホッとしたような、そうでもないような……」


「とにかく、カサブランカこのお店ではゆっくりしていってちょうだいね♪」


「は〜い!」


「あら、モモちゃんは素直で可愛いわぁ。 お姉さん食べちゃいたいくらい……」


「お姉さんがモモを食べるの? アイトーンちゃんみたいだね!」


「何を……あ、私ったらそうだったわね……失念していたわ。 ごめんなさいね? モモちゃん、ほら! ケーキこれあげるから、許してちょうだいね!」


「わ〜い! お姉さんありがとう!」


「聴いてた通り、本当に素直で良い子だわね〜」



 そうだ、モモは良い子だ。 底抜けに。 それだけに心配なのだが、そこは僕が気をつけるしかない。 まだ闇ギルドがどんな組織か分からないし、僕自身が未だ人間不信を拭い切れないでいるのだから。


 僕は事の経緯を話して、バベル滞在の間はお世話になる事にした。 まあ、明日には昇降機へ向かうので、余程の事がない限りは長居する事は無いだろう。


 明日の出発の前に【アスガルド皇国】の事を聞いておく事にした。 もちろんカサブランカこの店は闇ギルドであって、情報はではないのだが。



「本当にアスガルドへ行くのね……。 おすすめはしないけど、行かなきゃいけないなら仕方ないわね……。

 アスガルドへは現在【超超高機動昇降機シン・ビフレスト】を使わなければ入国する事は出来なくなっているわね。 当然水際対策がとても堅牢だと言えるわ。

 アスガルドの政権は帝都に剥奪されて、完全に帝国の支配下にあるの。

 アスガルド国民は亡命も許されないし、皇国自体は既に植民地化されてるわね。 

 帝国は基本的な人権は守ると言っているけど、実質的には無いに等しい扱いがなされているみたいだわ。

 侵攻したのは帝国軍だけど、占拠したのは帝都教会みたい。 ほとんどの施設を帝都教会が管理しているらしいわ。 帝都教会がいったい何をしているのかは不明だけど、きな臭い噂は後を絶たないわね。 

 実際にスミスの持ち帰ったゴルゴナの情報はギルド内を震撼させたからね。 まだまだ何かやっていそうだわね……」


「ウルザルブルン神殿については、何かご存知ありませんか? またはそこに居ると言う神子について、知っている事があれば教えてください」


「ウルザルブルン神殿はアスガルド皇国に根を下ろす【世界樹ユグドラシル】のお膝元、【ウルズの泉】に建てられた大神殿ね。 昇降機を上がって皇国に入ったら、真っ直ぐにユグドラシルを目指せば辿り着けるわ。

 ただ、ウルザルブルン神殿も帝都教会が占拠していて、中の神子たちがどの様な扱いを受けているかは分からないわね。

 もし仮に神子に会えたとしても、帝都教会の干渉が無いとも思えないから、近付く事さえも困難だと思うわ……」


「そうですか、ありがとうございます」


「お姉さん、ありがとう!」


「ところで……モモちゃん……良かったら教えて欲しいのだけど……」


「な〜に?」


貴女あなた、出身はどこ?」


「分かんない。 どこかの研究所? かな?」


「エリザベスさん……」


「……分かったわ。 詮索するのはやめる。 でも、これから行くアスガルド皇国が彼女とは、まるっきり無関係だとは思えないのよね……何かしらのルーツがあるって考えるのが普通なくらいよ?」


「そうかも知れないし、皆思っている事かも知れないけど、モモがどこの誰であっても彼女は彼女なんです。 僕はルーツなんて知りたくありません。 ……彼女がそれを求めるなら別ですが……」


「クロ? 怒ってる?」


「ううん、……モモ? 君は自分のルーツを知りたいか?」


「ルーツ?」


「うん、出身とか、血筋とか、両親とか?」


「ん〜〜……分かんない!」


「アスガルドにその手がかりがあったら調べたいと思うか?」


「ん〜ん! 私はこの指輪の呪いを消す方法がわかれば、それでいいよ?」


「そうか……」



 気にならない訳じゃなかった。 知るのが怖かったのだ。知ってしまったら彼女の帰る場所が出来てしまうかも知れない。 彼女と一緒に居られなくなってしまうかも知れない。 そんな僕の強迫観念が、彼女の過去やルーツを拒絶してしまう。

 もちろん彼女を束縛するつもりはないし、彼女の全てを知りたいとも思う。 しかし、何にもまして僕はが怖かった。


ーーもう独りは嫌だーー



「ところで貴方たち、昇降機ビフレストは見に行った?」


「いいえ、まだなんです。 昇降機がどうかしたんですか?」


「いやね、昇降機って凄く限られた人しか乗れないらしくて、貴方たちなら神官見習いの肩書があるから乗れるかもだけど……神官見習いが乗ったと言う目撃情報は無いのよね。 アレに乗ったのは帝都の役人以外は神官高位職と建塔師くらいだって聴いてるの」


「そうなんですか……行ってみない事には分かりませんが、仮に昇降機に乗れないとして、他にアスガルドへ行く方法はあるのですか?」


「入国出来るかどうかは分からないけど、アスガルド皇国はバベルの十三階層に位置しているの。 直通昇降機のビフレストを除けば、建塔師用の居住区までは昇降機が使えるけどね。 

 けど、そこから先は帝都の公務員しか使えないのよね。 階段や搬送用の道路はあるんだけど……一般人は行けないし、潜り込むには困難かしら」


「居住区ですか? バベルの一階層は商業施設ですが、二階層から上は居住区と何があるんですか?」


「確か二階層はドワーフ族、三階層は巨人族、四階層はその他亜人族、五階層は人族の居住区になっているらしいけど、それより上は帝都の公的機関が入っているわね」


「公的機関って存外ザックリした感じですね?」


「表向きには公的機関って言ってるけど、中身はは帝国軍の軍事施設よ? 決まってるじゃない、天界に侵攻してるんだから……だから居住区より先は基本的に通れないと思った方が良いかもね?

 資機材や搬送トラックに潜り込むにしても、当然検問をパスしなきゃいけない訳だしね……」


「やっぱりビフレストしか無さそうですね……明日、一応アスガルドへ行くつもりでビフレストまで行ってみます。 モモ、それで良いか?」


「うん! 大丈夫!」



 ある程度の情報は聴いたし、僕たちはとりあえず昇降機へ行ってみる事にした。



◆◆◆




ーー翌日:シン・ビフレスト前ーー


「ふむ、この異動届は本物だが、君たち神官見習いが推薦状も持たないでこの『超超高機動昇降機シン・ビフレスト』に乗ることは認められないな。 然るべき書簡を揃えて出直して来たまえ! ふひぃ」


「推薦状ですか……やはり帝都まで戻らないといけませんかね?」


「ほむ、このビフレストの施設もまた帝都教会と言えよう。 当然神官長もいらっしゃる。 ふぅ、神官長にお願いすれば推薦状を書いてもらう事も出来るであろうな。 ふひぃ」


「では、神官長に会わせていただけますか?」


「神官見習いが神官長に直接会う事は叶わぬ。 しかし、この私が神官長へお願いして推薦状を貰い受ける事は出来るであろう。 はぁ」



 回りくどいな……これはアレだな……。


ーー袖の下マージンと言うやつかーー



「それでは、いかほどお支払いすれば宜しいのでしょうか?」


「ほう、儂は何も言ってないが、献金とは良い心掛けであるな。 しかし小僧に用意出来るかどうか……ほれ、こんだけじゃ! 現ナマでな! ふひ!」



 ビフレストの神官であろう男は袖に隠して指を二本立てた。……この世界の感覚で指を二本ていくらなんだ? いや、考えても分からんな……出直すか? そもそも大金持ち歩くのも怖いから、適当な旅費しか持ち合わせ無いからな……



「……分かりました。 今日は手持ちが無いので出直して来ます。 お世話になりました」


「ほむほむ、では待っておるぞ! ふひゅ〜」



 ビフレストを後にした僕たちは、マキナに連絡をとる為に少し離れた場所へ移動した。モモはよく分かっていないみたいだが、ビフレストに乗れなかった事は理解出来ているみたいで、少し残念そうな顔をしている。



「ねえ、あの人はブタさんの獣人族なの?」


ーーめちゃくちゃ斜め上からの質問が飛んできた!!ーー


 たしかにスキンヘッドで服の上からでも分かるくらいにブヨブヨにふとっていた。たしかにクビもアゴも無かったし、鼻も上向きで、終始息があがった様子だった。



「はははは! 違う違う! だけど、確かにソックリだったもんな!」


「ふひぃ、ふひぃ!」


「はははは! 可愛いブタさんだな!」


『クロ、モモはブタじゃねぇ!』


「フェルは冗談通じないよな。 まあ、そんな事よりちょっとマキナに連絡とるよ。 ……もしもし? マキナ?」



 僕はモモと会話をしながら、マキナさんと連絡をとっていた。



[おお、クロか? ビフレストには乗れたのか!?]


「それが師匠、聴いてくださいよ!」


[誰が師匠なんじゃ!?、 誰が!?]


「結果的に言うと乗れなかったです。 案内係の人が言うには異動届の他に推薦状が要るらしいのですが……指二本って異世界こちらではいくらなんですか?」


[なん、じゃと!?]


「二万くらいなら持ち合わせていますが、それ以上となると僕には……」


[二百万じゃ] 


「なん……ですと!?」


[指二本は二百万プスじゃ。 ぼったくりじゃの!?]


「あんのブタ! 冗談は顔だけにしろってんだ! クソがっ!」


[おい!? クロ、そんなキャラじゃったか?]


「え?何の事ですか?」


[今、クロのキャラが……]



[いえ、何でもありません……]


「そうですか。 とにかくお金を用意しないといけません。 僕の口座から入金するのは簡単ですが、デバイスを取り上げられる前提で、今回別のデバイスを持って来た意味がなくなりますもんね……」


[そうじゃな……かと言ってカサブランカで借りるのは、キミたちが戻って来れる保証もないからのぉ。 こうなったら、ボクが持って行くのがベスト……かな?]


「一度カサブランカに戻って、ベスさんに相談してみます。 カサブランカで借りる事が出来れば、マキナさんがわざわざ来なくてもカサブランカに入金するだけで済むでしょう?」


[ふむ。 あい分かった! 無理じゃったら飛んで行くから、いつでも連絡せい!]


「頼りにしてるぜ、姉貴!」


[お、……おう! クロ? キミってそんなキャ]



 ブツッ・プー・プー・プー


 危ない、危ない。何かフランクに話してしまったが、気が緩んでいる証拠だな。引き締めないと!



「モモ、とにかくカサブランカへ戻ろうか!」


「うん、でも少しだけアレ観ても良いかな?」


「ん?」



 モモが指差した先には人集りが出来ていて、何やらギターと思しき音が聴こえてくる。

 


ーーモモって音楽大好きだよなーー

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