第13話 自分の価値

ーー無理! 出来ない!ーー


 僕はシロのカラーリングに挑戦していた。 しかしいくらやっても色が変わる事はなかった。



「僕の無尽蔵魔力は何の意味も成さないのか……」


「まあ、魔法と言う概念がない世界から来たのなら、仕方ないのではありませんか?」


「アランさん、慰めはよしてください……少し悲しくなります」


「ああ! すみません、私とした事が失礼しました!」


「いえまあ、良いんですよ。 事実なんですから……それとも僕が今、猫だから?」


「それは関係ないと思うが? 何せ変身は出来るのじゃからの! おそらくは、エーテルの扱いが慣れてない所為で、身体の外に干渉出来ないのだな!」


「エーテル……何ですか、それ?」


「キミは霊魂可視化のスキルがあるであろう? 使ってみれば良いのでは?」



 僕は目に集中して、いつものグルグルをやってみる。 イメージをトレースすると確かに人の周囲にボワッとした色が視える。



「……うわ、ナニコレ!?」


「やはりえるか。 いくつかの層になってえておると思うが、一番内側の層がエーテル体と言って魔力を体外に干渉させる役割を果たすのだ! ほれ、そのままておれ!」



 どうやらマキナさんがシロにアクティブマジックをかけているみたいだ。 マキナさんの右手からエーテル?と言われているらしいモノが、シロの頭に流れて毛髪が反応している。

 みるみるうちにシロの毛髪がピンクになり【シロ】が【モモ】になる。



「なんとなくイメージが掴めたので、もう一度やってみます!」


「おう、やってみるが良い!」



 僕は右脚に集中してシロの頭にかざしてみた。 行け! 僕のエーテル! モモをシロに変えるんだ!

 僕の右脚からはエーテルが確かに流れている。 いると思うのだが……。


ーー一向に変わる気配がないーー



「ダメだな、クロは魔法の才能無いのお……」


「クロさん、気を落とさないでください……そのうち使えるようになりますよ、きっと!」


「そうだよクロ! クロなら出来る!」


「ううん、これだけやってみて無理なら僕には無理なのかも知れない……シロ、役に立てなくてゴメン」


「クロ……大丈夫。 フェルも居ることだし、ゆっくり頑張ろうね!」


「そうだぜ、クロ! オレサマが居るからオメェが居なくても大丈夫だぜ!」


「何か腹立つけど、言い返せないな……」


「しかたあるまい、奥の手を使うしかあるまいよ!」


「奥の手って何ですか、マキナさん?」


「うむ、もう一度キミのデバイスを貸してくれ!」


「あ、は、はい!」



 僕がデバイスをマキナさんに渡すと、またパソコンに繋いでなにやら始めた。

 ……デバイスの匂いを嗅ぐのは辞めて欲しい。 変態め。

 マキナさんの作業を覗き込む。 いくつものディスプレイがあってよく分からない。



「もう少しでインストールが終わるから、待っておれ! そう急くでないわ!」


「あれ? これは魔法陣ですか?」


「左様。 このデジタルスクロールに魔力を流す事が出来れば魔法を発動出来る仕組みだ! 現代では魔法もデジタル化されつつあるのだよ! 魔力さえあれば誰でも発動出来る時代はすぐそこだ!」


「へえ……」


「クロ! 時代の変革に立ち会えるのだぞ! もっと感動せい! ほれ、コレを付けてもう一度だ!」


「は、はい!」



 僕はデバイスを首に着けて、シロの頭上にデリートマジックのデジタルスクロールを出して、魔力を流し込んでみた。

 デジタルスクロールは燃えるように消えて、デリートマジック魔法が発動した。

 シロはみるみる白くなり、【シロ】になって行く。



「おお! 成功じゃな!」


「本当だ! 僕でも使えた!」


「クロ、良かったね!」


「他にも必要となりそうなデジタルスクロールはインストールしておいた。 言っておくが、攻撃魔法はとりあえず入れてないがな!」


「あ、はい! ありがとうございます!」



 何度と無く繰り返し使ってみたが、問題なさそうだ。これで僕は魔法使いの仲間入りだ!


ーーひゃっはー!ーー



「ちなみにクロ、いつまで猫でいるつもりなんだい? 二人のクリスタルは既に書き換えてある。 すぐにでも旅立てるのだぞ?」



ーーギクッ!ーー



「夜中に人知れず人間になるつもりだったのですが……だって今なる必要なくないですか?」


「キミは阿呆なのか? キミの身体に見合った洋服や修道服を用意せんといかんじゃろ?」


「そ、それは……そうですね……では、今日は下着も無いことですし、明日にしましょうか?」


「私のサイズで良ければ、新しい下着はございます。 あと、服も従業員用に予備が何着かあるので、間に合わせなら着てくださって構いませんよ!」



ーーに、逃げたいーー



「わ、分かりましたよ。 アランさん、宜しくお願いします」


「承知いたしました。 では、こちらのお部屋にどうぞ」



 僕は隣のスタッフルームへ通された。 僕も覚悟を決める時か……。

 隣の部屋に移動して、衝立の後ろで変身メタモる。



「……黒い髪……黒い瞳……これは……」


「え? アランさん?」


「いえ、失礼しました。 どうぞ、こちらにお着替えください。 私は部屋を出ていますね」


「どうも、ありがとうございます」



 妙な含みを持たせて、アランさんは部屋を出た。

 シロにはどんな風に見られるのだろう? 身長はこの世界でも高い方だと思う。 身体は痩せ型で顔は少し童顔だろうか……あくまでも、基準はこの世界の人間と比べての話だが……。

 人に何て思われるのか……どうでも良い事なのに……相手がシロだと途端に怖くなる……。


ーー本当に逃げたいーー


 ガチャッ……



「クロっ!」



 ーーっ!?

 シロがいきなりしがみついて来た! ガッシリと、もう離さないぞと言わんばかりに……全然離れないし、顔がめちゃくちゃ近い!


 近い!


ーーめっちゃ近いからっ!ーー



「クロ……やっと本当のクロに会えた気がする! あんなにちっちゃかったのに! こんなに大きくなっちゃって!」


「お母さんかよ!」


「えへへ〜♪ クロ〜♪ 今日は一緒に寝よ〜よ〜? ね? ね?」


「え? え? いや、ムリだからね? 本当に変態とか言われかねないから!」


「ねえ、クロ?」


「なんですか、マキナ姉さん?」


「シロのこと何歳だと思ってる?」


「え? 15歳くらい?」


「まあ、外見はそうかも知れぬな?」


「へ?」


「君が解析した遺伝子からすると、実年齢は18歳だぞ? 魔力過多による弊害で、成長ホルモンへの影響があって外見が15歳くらいで止まってるみたいだな? つまり、シロは立派なレディだとボクは言いたいわけだ!」


「なん……だと!?」


「これからは【女の子】ではなく【一人の女性】として扱ってあげるがよいな!」


『なんだ、クロはそんな事も知らなかったのか? オレサマが知る限り、シロは十歳まで施設で育てられ、十五歳までは修道院、それからはゴルゴナで三年だが、ゴルゴナではあの有り様だったからな……』


「ク〜ロッ! そんな事、どうでも良いから〜!」


「そ、それでも……否、なおさら一緒に寝るのはダメだ! 僕の理性が保てる気がしない!」


「あらあらあらあら!? 可愛い坊やが居るじゃなぁい? シロちゃんが無理なら、アタシと一緒に寝る?」



 部屋作りが終わったらしいベンさんが、部屋の入口に立っていた。ニヤニヤしてこっちを伺っている。

 


「ベン! お客様をからかってはイケませんよ!」


「あらあらあらアラ〜ン! こんな坊やに妬いちゃうなんて、らしくないじゃなぁい?」


「うっ……そ、そんなんじゃ、ゴホン、ありませんよ!」



ーーめちゃくちゃ嫉妬してた!?ーー


 僕はなんとかシロを引き剥がして立ち上がり、姿勢を正して皆の方を向いた。



「コホン、えっと、改めて挨拶と言うのも変かも知れませんが、僕が【クロ】です。 アランさん、ベンさん、マキナさん、この度はご協力、ありがとうございます!」



 僕は深く、深く腰を折り頭を下げた。 45度。日本人に染み付いた伝統的なお辞儀である。



「僕は、皆さんにここまでしていただいて、何も返せるモノを持っておりません。 何か無いかと色々考えて、この身体なら返せるお礼をと考えました。

 不肖ながら皆さんに料理を振るわせていただけないでしょうか? 引いてはこのお店の厨房をお借りすることになるのですが……」


「構わないわよ? もしかして、異世界料理が食べられるのかしら?」


「僕は元々料理人なんです。 この世界の食材と調味料で何が作れるのか分かりませんが、精々頑張ってみます」


「やた〜! クロの料理が食べられる〜! シロは肉!」


『クロ、オメェ飯を作れるならもっと早く言っておけ! オレサマも肉!』


「ボクはねえ、亜空間通信で見た【カレー】とか言うものを食べてみたいのだ!」


「肉料理はともかく、カレー……ですか、ご飯は何かで代用したとして、それらしいスパイスが揃うかどうか……とりあえずベンさん、調理場を見せてもらって良いですか?」


「わかったわ! アタシは参考にしたいから、アナタの調理を見せて頂いて良いかしら?」


「はい、緊張しますけど、僕としても材料や調味料の事をあれこれ伺う事になると思うので、助かりますね」


「では、行きましょう! 秘密の花園へ!」


「ベンさん、言い方!」



 案内された店の調理場は綺麗に整理整頓されていて、清掃も行き届いている素晴らしい調理場だった。メニューが多い人気店と言う事もあり、食材の種類や調味料なども豊富に取り揃えられている。



「ベンさん、思ってた以上に良い調理場ですね!」


「あら、アタシもこう見えてそれなりの有名店で修行したのよ? 料理への情熱は誰にも負けないつもり!」


「なんか、楽しくなってきました! どれだけ出来るか分かりませんが、なるべく沢山の種類を作ってみますね! 

 とりあえずバターとチーズ、野菜を見せてください。 あとフォンかブイヨン的なの何て言うんだろ? 出汁? スープ? 無ければ作ります。

 それからスパイスは一通り香りを確認させていただきます。 調味料は味見出来るように小皿に少量出して用意してもらえますか?」


「わ、分かったわ! アタシもノート取りながらお手伝いするわよ! ワクワクしちゃうわね!」



 基本的にはコース仕立てにするつもりだ。 カレーは出来るかどうかはスパイス次第だし……まあ、やってみようか!


 ベンさんとあれこれ画策して、何とか献立が出来た。

 仕込みを手伝ってもらって、コンロもオーブンもレンジもサラマンダーもフル稼働だ。 

 ちなみに全て魔道具マギアと呼ばれるモノらしい。 ちなみに僕がデバイスと呼んでいる携帯もマギアの一つだ。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


『異世界フレンチフルコース』


ーー献立ーー


アミューズ:チーズを使ったグジェール


前菜盛り合わせ:旬の異世界野菜のモザイクテリーヌ(異世界蟹のタルタルを添えて)・異世界豚のラードンを使ったキッシュ・異世界タコのカルパッチョ


スープ:異世界魚介をふんだんに使ったブイヤベース


魚料理:異世界テナガエビのエチュベ


口直し:異世界柑橘系フルーツのグラニテ


肉料理:異世界牛フィレ肉のステーキ&ハンバーグの包み焼き


デザート:異世界ベリーのミルフィーユ


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


 カレーは今回、スパイスの調合が微妙だったので見送る事にした。 代わりにテナガエビの横にイカのフリットをミックスエピスで仕上げたモノを添えてある。


ーーこれで満足してくれるかな?ーー



「「「「「うっま!!」」」」」


「ウッッッッマ!!」


「ん~~ま~~い!」


「ウメェ……なんだコレ!」


「凄い!……どれも超高級レストランで出せるレベルです。 これに合わせたお酒を選んでみたいですね」


「どれも調理法がアタシの常識からハミ出てるの。 すっごく勉強になるわ。 でも、少し料理長としての自信が揺らぐわよねぇ」



 料理はどれも好評みたいだ。 喜んでもらえたなら良かった!

 僕は味見でお腹が膨れていたので、店のピアノでBGMを提供した。 コレが僕が出来るお礼の限界だ。 彼らの恩恵はそれでも余りあるものだが、他に返せるモノがない僕には精一杯のお礼なのだ。


『子犬のワルツ』


『パイナップル・ラグ』


『イパネマの娘』


『G線上のアリア』


 ピアノ演奏を終えた僕は、未だかつて体感したこともない程の拍手喝采をうけた。 人数は少ないし、知人ばかりなので小っ恥ずかしかったが、悪い気はしない。 自分の価値が評価されたのだから。

 僕は、僕のした事で【皆が喜んでくれた】その事が本当に嬉しかった。




ーー僕の人生は無駄なんかじゃなかったーー

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