第3話 異世界探訪 その2
それは帝都から大きな森を抜けて南に下った時の事であった。 小さな町から見える景色に僕は目を疑った。
ーーなん……だアレ?ーー
眼の前に馬鹿みたいにデカい……もはやデカいと言う表現では足りない程に巨大な塔が建っている。
地平線から空に向かって伸びる巨大な壁は、天を突き刺す山のように聳え立っていた。
「何のためにあんなモノを?」
思わず口にしてしまった。 まあ、誰も聞いてなんかいないだろう。 猫が喋るとも思わないだろうしな。
「アレは神を冒涜する為に造った、
「えっ!?」
不意に帰って来た返事に驚いたのもあるが、僕はすぐ隣に居た老齢の男性に、全く気配を感じなかった事に驚いた。
「お前さんは【バベル】を見るのは初めてかな? あそこに歩いて行くのならば、気をつける事じゃ」
お爺さんは
目は白く濁っていた。 どうやら光を失っているようだ。 僕が猫だと気付かれないならまあ良いか。
「気をつける?」
「そうじゃ。 アレは神の怒りを一身に受ける避雷針のようなモノじゃ。 周辺の天候は荒々しく、生き物が生息出来る環境ではないのじゃよ」
「もっと詳しく聞いても良いですか?」
「儂も人と話すのは久しぶりじゃて、
「聞いているのはこちらの方なのでお構いなく」
「そうか、ならば話してやろうかのぉ……少し長くなるから、腰を掛けさせておくれよ」
「……はい」
お爺さんは杖で足元を確認しながら徐ろに歩き出し、道端に備え付けてあったのベンチに腰を掛けた。
「あれは【シン・バベル】と言っての、かれこれ五千年に及ぶ歳月をかけて建てた、否、現在も建て続けている塔じゃ」
「五千年!?」
「そうじゃ。 何度も神々の怒りを買って、
「建塔師……ですか?」
「普通に建てたのでは物理的に壊されて仕舞いなのじゃよ。 なので、魔鉱石を用いた建築技術を編み出し、専門の職人を育成する所から始めた訳じゃ。 それが【建塔師】が生まれた
「何故そこまでして、塔を建てようとしたんでしょうか?」
「初めはアスガルド皇国までの足掛かりじゃった。 神族の血を引くと云われる翼人族が住まう国じゃ。 アスガルド皇国は切り立った山の頂にあってのぉ、【ビフレスト神殿】と呼ばれる施設から選ばれた者のみが使える、虹色の魔法陣を通ってのみ行ける国じゃった。
時の皇帝はそれが不服であの塔の建設に踏み出したのじゃが、アスガルドまで到達して実質的に支配に至った時、天界への野心を抱いてしまったのじゃ」
「天界……つまり神への挑戦てことですか!?」
「左様じゃ」
「神に挑戦する意味って何なんですか!?」
「人間はそれぞれの時代の困難を、自身の限界を超える事で乗り切って来たんじゃ。
それが時代が進むにつれて、超えるべき限界が世界の理にまで達してしまったのじゃな」
「真理ですか……」
「そうじゃな。 魔法と呼ばれる力は基本的に物理に干渉する力だと言う、基本的な法則と概念があったのじゃが、実は次元や時空に干渉出来る事を知ってしまったのじゃよ」
「禁忌……」
「うむ、過去の偉人達が禁忌と定めた法則を解放してしまったのじゃ。 人知を逸脱した力は持つ者によれば、脅威でしかないからの。 善意なる者が持てば神、悪意なる者が持てば悪魔に成れる。 そんな力じゃよ。
皇帝は法が制御すれば問題ないとして禁忌を解放したが、過ぎた力と言うものは人を狂わせる魅了の力を併せ持っておるものじゃ」
「それで天界への侵攻を始めてしまったのですね……」
「もう……誰にも止められまいて。 魔王も復活したことじゃし、世界は混沌に飲み込まれて行くじゃろう。 人が
「あの塔、ぶっ潰せないですかね?」
「ーーッ!?」
お爺さんは見えないであろう目を見開いて、僕の方を真っ直ぐに凝視してくる。
出来るか出来ないかで言えば、誰だって出来ないと言うであろう事は分かっている。
しかし、人が神に到達出来たのであれば、可能性は無限にあるのではないかと思わざるを得ない。
「お主、名前は何と言う?」
「え、【クロ】と言いますが?」
「クロか。 老い先短い命じゃが、覚えておこう。 そんな名前の面白いヤツがおったと言う事をな! ハーハッハッハッハ! 久しぶりに愉快な気分になれたわい! 感謝するぞ、クロ殿!」
お爺さんは
ーー人間ごとぶっ潰せないだろうかーー
◆◆◆
アスガルドの裾野から少し離れた場所に、【アールヴ大森林】と言う、これまた馬鹿デカい森が広がっている。 エルフの国と呼ばれる【ガンドアルヴ王国】はその森の中、大樹に囲まれて存在するのだ。
大樹の一つ一つが樹頭が見えないほどに高く、マナと呼ばれる魔力の素をより多く発しているのだそうな。 それだけにエルフ族は魔力に長けた種族とされ、またそれがために精霊にも愛されている。
そんなガンドアルヴ王国の外れに小さな廃城があった。 森の奥深くの切り立った崖の上に建っている、何とも不思議な噂が尽きない城なんだとか。
誰が名付けたか【森の幽霊城】とか呼ばれている。
そのままだな。
僕は興味本位でその幽霊城へと足を運んだ。 今更幽霊なんて怖くも何ともないしね? 僕自体得体のしれない生き物と化している事には違いないのだから。
城の近くまで足を運ぶと、森が切れている所為もあり、日が差し込んでいて気持良い。
朽ちた城門をくぐると、城の入口へと石畳が続いている。 苔や雑草が城のあちこちを侵食していて、何とも言えない侘び寂びを感じさせる。 日本人ならではの感性だろうか?普通に美しいとさえ思える。
入口の大きなドアも壊れていて、蝶番が外れて崩れ落ちている。 ドアノッカーのライオンが厳しい顔で……あれ? これ、ライオンか? 変なオッサンの顔に見える。 気持ち悪い。
僕はずんずんと城の奥へと進んで行くが、特に目新しいものはなく、だだっ広いだけの普通の城みたいだ。
ただ、少し違和感がある。 その違和感が何かと問われたら、答える事は出来ない。
僕は謁見の間まで足を運び、ボロボロの玉座に座って満足したら引き返すことにした。
〜♪〜♫〜♪〜♫
え?ピアノ??
引き返す途中、どこからともなくピアノらしき音が聴こえてきた。 その音は拙いものの、澄んだ綺麗な音と、キチンと調律されている事から、ピアノがよく手入れされている事が分かった。
それにしても子供が弾いているような、
僕はピアノの音が聴こえて来る、部屋の前まで来て足を止めた。
ギィ……
部屋の扉を開けると窓際に大きなグランドピアノが置いてあった。
「オヤ、オ客樣ガイラッシャットハ気付カズニ失礼シマシタ。ワタクシ、人族ノヨーゼフ殿下ノソバヅカエヲシテオリマス、【サリエル】トモウシマス」
「サリエルさんですか、誠に勝手ながら、城の中を拝見させていただきました。 僕は【クロ】と申します」
「クロサンデスカ。 給仕トヨベルモノガ全員ヤメテシマイマシタノデ、息苦シイカトハ存ジマスガ、ユックリトシテ行ッテクダサイ」
「ありがとうございます」
サリエルと名乗ったのはおそらくは、
高度な文化を有しながら、古く伝統的な文化とも融合していて、レトロモダンな雰囲気が漂っている。
さっき感じた違和感は、廃城なのにあまりにも綺麗に清掃されていてたからだろう。
僕は城を拝見させて貰ったお礼に、一曲弾かせて貰うことにした。
「一曲弾いても良いですか?」
「オヤ? コンナ可愛ラシイ猫チャンガピアノヲヒケルモノナンデスカ?」
「少し失礼します!」
僕は人間に変身して、近くに掛けてあったローブを羽織った。
「すみません、勝手にお借りしました」
「イエイエ、オカマイナクドウゾ。 シカシ、マサカ人間ダッタトハ思イマセンデシタ」
「【アールヴのテレジアへ】」
「ッ!?」
僕はピアノの譜面台に置いてあった楽譜を、そのまま弾くことにした。 拙い手付きで弾くくらい思い入れのある曲なんだろうと思うから。 きっと彼の大好きな曲なんだろう。
〜♪〜♪〜♪〜♪
インサートはとても穏やかで美しい。
〜♫〜♫〜♫〜♫
少しずつ軽やかにリズムカルになって行く。
〜♪〜♬〜♪〜♬
だんだんと重く濃密にそしてとても甘美な音色に。
〜♬♫♬♫♬♫♬!
突然激しく狂ったかの様にフォルティッシシシシシモが続く!
〜〜♪〜〜♪……
最後は一気にもの悲しく、薄く消えてしまいそうに儚く終わる。
演奏を終えて、久しぶりに弾いたピアノの余韻を味わっていると。
「クロサン……殿下ハ情熱的ナ大恋愛ノ後二、絶望二埋モレテコノ世ヲ去リマシタ。 コノ曲ハソンナ殿下ノ人生ソノモノヲ表現シタモノダッタンデスネ……」
「何だかすみません。 良かれと思って弾いたのですが、僕、余計なことをしてしまいましたね……」
「イイエ、クロサンノオ陰デ殿下ノ心ノ内を垣間見レタ様ナ気ガシマス。 本当二アリガトウゴザイマシタ!」
「こちらこそピアノを弾かせて頂いてありがとうございました!」
「クロサン、ヒトツオ願イシテモ宜シイデショウカ?」
「はい、喜んで!」
「私ハコレカラ自分ノ機能ヲ停止シマス。 停止ヲ確認出来タラ、私ノ首元ニアル【
「それではサリエルさんが動かなくなってしまうのでは?」
「私ニハ最期ノ仕事ガ出来タノデ、仕方アリマセン」
「……そこまで言うのなら伺いましょう」
「アリガトウゴザイマス! コノ手紙ト一緒二、手紙ノ裏二書イテイル住所ノオ方へ届ケテイタダケマスカ?」
「……確かに、届けましょう」
「デハ、後ヲオ願イイタシマス…………」
そう言い遺して、サリエルさんは機能を全停止させて項垂れてしまった。 僕は彼の首元からコアを取り出して手紙と一緒に城から持ち出した。 さすがにローブ一枚では不審極まりないので、部屋にあった服や靴、鞄も拝借させて貰ったが許して欲しい。
手紙の裏に書いていた住所は、なんとガンドアルヴ王国のエリントン公爵家の邸宅だった。 粗相があれば打首とか無いだろうな?
一抹の不安と共に公爵家の門番へと声をかけた。 初めは人間と言うだけで門前払いされそうだったが、手紙を見せると門番は血相を変えて奥へと駆けて行った。
間もなく僕は邸宅の奥へと通された。
部屋の奥の暖炉の前には、ゆったりとした椅子に腰掛けたとても美しい婦人が待っていた。
肌は色白で、プラチナブロンドの髪は腰まで伸びているだろうか。 そして、最も特徴的なのは細長い耳だ。 エルフなのだから当然なのだが、実際に見ると感慨深いものがある。
「この手紙を持って来た人間と言うのは貴方ですね?」
「はい、そうです」
「このコアは?」
「サリエルと言うヨーゼフ閣下の側仕えの者から預かりました」
「そう、サリエルが……少し失礼するわね……」
彼女はそう言うと徐ろに立ち上がって暖炉の上の機械にコアをセットした。
部屋にピアノの音が流れ出す。 ……さっき僕が弾いた音を録音していたのか!
〜♪〜♫〜♫……
しばらくピアノの音を聴き入った婦人は、力なく椅子に崩れ落ちて頬に涙を伝わせた。 それも大粒の涙を、いくつも、いくつも流した。
「私は何と言う……大きな間違いをしてしまったのかしら……こんなにも真っ直ぐで、情熱に満ちた想いを……種族の壁に、許婚の
僕は手紙に何が書かれていたのか知らないし、彼女が何を感じて、何を想ったのか分からない。
分かった事はひとつ。
ーー人種と言う壁は想像以上に厚かったーー
公爵家を後にする間際に、僕は彼女の名前を知って驚いた。
【テレジア=エリントン】公爵夫人、その人だった。
人種の壁は厚かったかも知れないが、きっと殿下の想いは、人種の壁も、時間も、身分も、何もかもを超えて、彼女の心を捉えることが出来たのだろう。
公爵家を後にした僕は……
人間と言う皮を脱ぎ捨てて
黒猫と言う皮を被った
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