第2話 異世界探訪

ーーようこそ異世界へーー



 異世界に足を踏み出した僕は、街の様子や人々の生活、文化、社会情勢など、気の向くままに三年程の期間をかけて観て歩いた。


 エクスの言っていた通り、この世界はナーロッパの世界が近未来まで発展した文化水準を持っていた。


 魔力を利用した『マギア』と呼ばれる技術があり、電力と併用して用いられる技術も進められている。 発電所と同様に、魔力を作り出す魔導炉も各地に点在しており、エネルギーとして各地へ供給されている。


 異世界特有の幻想的でレトロな街並みではあるが、中身は近未来的で高度なテクノロジーが組み込まれている。



 人種は人族、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、巨人族、獣人族、翼人族、魔族、その他亜人やハーフなど多岐にわたる。

 が、文明の発展で人間至上主義が加速度的に進みんでいて、人族が占める帝国一強時代を生み出していた。

 人種差別も当然生まれるわけで、中でも神の血を引くと言われる翼人族やそれに準ずる魔族、他種族との馴れ合いを良しとしないダークエルフ、知性が少し低い獣人族、への迫害は顕著である。


 他種族が占めている国々は帝国と渡り合う為に徒党を組んで、連合国を組織するようになった。 帝国と連合国は対立している訳ではなかったが、友好的と言うわけでもなく、適度な摩擦を生みながらも均衡を保っていた。


 帝国は建塔師と言う職業を作り世界中から人材を募った。 【シン・バベル】を建設する為の職業である。

 シン・バベル(以降バベル)は塔と呼ぶには巨大過ぎる建築物で、国を一つ飲み込む程の広大な面積を有し、山程もある塔が上空見えなくなるまで続いている。天上国と呼ばれる【アスガルド皇国】はその中腹と繋がっているが、帝国が、目指したのはその更に上空の【天界】である。


 帝国は天界に侵攻したのだ。つまり……


ーー人は神の領域に至ったーー


 帝国は破竹の勢いで天界を侵攻しようとしたが、帝国の諸行に憤怒した神はテュポーンと呼ばれる魔物をエトナ火山の封印から開放させた。

 テュポーンは自らを魔王と名乗り、いくつもの凶悪な魔物を生み出して魔王軍を組織し、帝国への侵攻を始めた。 その為、世界中の魔物たちも活性化しているらしい。

 帝国は対抗措置として古代兵器を復活させようとする動きがあるとか、ないとか。



 国から国への移動手段としてはヨルムンガルド鉄道(以降ガン鉄)とフレーズベルグ航空とが国交を結んでいて安全に移動出来る。

 街から街への移動も街道が整備され、比較的安全に移動出来る手段を確立している。

 テュポーンが生み出した魔物以外は、弱点や討伐手段がマニュアル化されていて、基本的に苦戦する事はない。



 元の世界と同じくこの世界も情報社会である。 情報こそが力でありベクトルなのだ。 パソコンや携帯(腕時計型)などのデバイスはもちろんそれらを繋ぐネットワークやインターネットも確立されている。

 ちなみに僕の居た元の世界とは【亜空間通信】と呼ばれるインターネットへ接続する事でアクセス出来るのだとか。

 亜空間通信はこの世界で流行していて、その流れでこちらのギルメン達は、僕のプレイしていたゲームとリンクしていたと思われる。

 エクスに貰ったデバイスで実際に繋いでみたら、確かに接続が可能だったが、僕のアカウントはすでに死んでいた。 きっと向こうに転生したセフィのせいだろう。



 他の世界の文化はこの世界の人たちにも人気が高く、もの凄い勢いで流出している。地球よりもはるかにマルチカルチュラリズムが浸透していると言える。

 こちらでも地球のマンガやアニメ、小説、音楽にあっては人気が高いと思われ、僕もエクスさんのくれたデバイスのおかげで退屈しないでいる。



 そんな異世界を三年間ほどそぞろ歩き、クソみたいな人間共を傍観してきた訳だが。



「やっぱり人間はクソだな」



 僕は帝国の首都【ミッドガルド】の裏街を歩いていた。

 華やかでゴミのように人が多い表街と違って、人気は少なくうらぶれた感じが強い。


 明らか裏組織の者と思える風体の人が、おそらく薬物か何かであろう品物を渡して、携帯で金銭の授受をしている。



「まいどあり!」


「へへへ、いつも悪いねぇ」


「それより、あっちの方は買ってくんないんですかい?」


「そりゃおめぇ、先立つものがありゃ欲しいってもんだけどよ? 無いもんはしょうがなかんべ?」


「へえ、そうですかい? あっしもいつまでも待ってられないんで、他の客に売っちまっても良いんですがね?」


「あんたも人がわりぃねぇ〜?」


「それはお互い様ってもんでさぁ」


「ははは! 違ぇねぇな!

 とりあえず品定めしてやるから見せてみな? 金は明日には用意出来る」


「お?さすが旦那! それじゃあこっちに来てくんないな」



 男達は裏街の路地裏に停めていた車の様なBOX型の乗り物の方へと足を運ぶ。


 僕は足音を忍ばせて後をつけ、高い場所から様子を観ている。


「ほら、どうでさぁ、粒揃いだと思うんですがねぇ?」


「ん〜!? なかなか良いのが揃ってんじゃねえか?」


「そりゃ苦労したんですから! この猫見てくださいよぉ……毛艶と言い、色合いと言い、顔立ちと言い、ちょいと他所よそでは手に入りやせんぜぇ?」


「ひぅ……」


「おいおいおいおいおいおい! こいつぁ! サイアミーズじゃねぇか!?」


「お!? さすが旦那! よく勉強してますねぇ!」


「しかしおめぇ……お高いんでしょ?」


「それが旦那! あのサイアミーズが今ならたったの20万プスでさあ!」


「なん、だと!?」



 ……おっさんが猫と言ってるのは獣人族(猫)の少女で、どうやらレア種らしい。


 この世界は奴隷制度はないし、人身売買とて合法ではない。

 しかし裏社会では隷属契約などのアイテムの流通はあるらしい。



ーー胸クソ悪いーー



 僕は人と関わるのはごめんだが、あんなゴミを放置出来るほど寛大な心は持ち合わせてはいない。 それで過去にやらかしてしまった訳だが、一切の後悔はしていなかった。


 僕はデバイスを起動させてこの世界の警察にあたる【魔警隊】と呼ばれている機関へ匿名で通報した。


 ……数秒後。


 一人の魔警隊と思しき人影が彼らの様子を伺っている。 通報内容の事実確認をしているのだろう。……さすがと言うべきか、めちゃくちゃ速いな。


 魔警隊がデバイスで写真を撮ったと思った次の瞬間には既に姿は無く、二人のオッサン共は呆気なく取り押さえられた。



「くそ、魔警隊だと!? なぜバレた!?」


「お、おりゃまだ買ってねえから無罪だろ? この首輪取ってくれ!」


「問答無用だ。 話は詰所で聞く。 お嬢ちゃん大丈夫か?」


「……」


「大丈夫。ちゃんと家に返してやるからな」


「無駄だぜ? そいつぁ、そいつの親から買ったんだからな」


「……分かった。とにかく詰所に連れて行く」




 どいつもこいつもクソだな。この世は汚物まみれだ。

 僕の行動があの子の為になったかどうか分からない。 しかし、あの子の人生のベクトルは変えられたに違いない。

 良かったな。

 僕は連れて行かれる彼女をそっと見送った。


 ……っ!?



「目が合った!? いや、まさかな……」



 気のせいにして、僕は現場を後にする。


 エクスがのこしてくれたデバイスとクリスタルはとても重宝している。

 デバイスは当然情報端末としてな大活躍だが、それだけではなくお財布ケータイ様のシステムで電子マネーも使える。

 正直な話、こちらの世界に僕のネットバンクがある訳ではないのでエクスさんが用意してくれたのだが、それなりのお金が入金されていたので助かっている。


 クリスタルは【IC《アイデンティティ・クリスタルの略》】と言って身分証の様なモノである。 僕の身元を保証するものであり、魔力登録もされているので、これがある限り人間に戻っても疑われる事はない。 ……便宜上、僕はエクスさんの義理の弟と言う事になっているみたいだが!

 そのせいでエクスさんの遺産の一部は僕の口座にも振り込まれていた。

 あの凄惨な事件現場の工房は唯一?の家族である妹さんの名義になったのだとか。


 事件と言えば、あの後エクスさんの妹さんの通報で魔警隊が来て、現場検証したみたいだ。

 防犯カメラに一部始終写っていたので、犯人はセフィと断定されたが、本人の身体はそこに横たわっていて死亡認定され幕引きされた。……実際は迷宮入りだがな。



◆◆◆



 僕は現在猫だが大元はスライムだ。 なので基本的に大抵のモノは捕食出来る。 しかし無機質なモノを食べる気は、基本的に持ち合わせてはいない。 かと言って残飯を漁るほど猫に染まった訳でもない。

 魔力が不足しない限りは何かを捕食して補給する必要もないが、結局のところ何かを捕食せざるを得ないのが実情である。


 つまるところが、食事の時だけ人の姿を利用している。 信念に反すると言われても仕方がないが、背に腹は代えられない。

 人になる以上、素っ裸と言うわけにも行かず、それなりの身なりは必要に迫られる。

 不本意だが帝国の郊外にボロい一軒家を購入して物置きにしている。 この猫の身体で人間の荷物を持ち運ぶには小さすぎるのだ。


 この時代はフード付きのローブと言ったモノは、ほとんど着ている人がいないので逆に目立ってしまう。そこで現在着ている服はフード付きのパーカーとジーパン、足元はスニーカーだ。 小物として伊達メガネを着けた。



ーー異世界感ゼローー



 行き付けの店とか作りたくなかったのだが……仕方ない。 そう、仕方なかったんだ、美味しすぎて!


 僕のボロ家から歩いて一時間ほどの距離にある片田舎の町に、お婆ちゃんが一人で切盛りしている小さな小料理屋【路傍の花】がある。

 僕はこの小さな小料理屋のお婆ちゃんのファンなのだ。 おふくろの味とは言わないが、とても滋味深い味の手料理が味わえる。

 ちなみに、僕専用の箸を置いてもらっているのは内緒である。



「おやクロちゃん、お帰りなさい。 お久しぶりねぇ?」


「お母さん、ご無沙汰してすみません。 いつもの日替わり定食でお願いします」


「まあまあ、クロちゃんの元気な顔が見れただけで幸せさぁね。 今日の日替わりは隣の猟師さんがお裾分けしてくれたラゴプス(雷鳥)の塩焼きだよ。 お茶でも飲んでゆっくりしてっておくれよ」


「ありがとうございます」



 この世界で人間として過ごすのは基本的にこのお店くらいだが、本名やゲームのアカウント名は使いたくなかったので、黒猫から【クロ】と名乗っている。


 お婆ちゃんの店の裏には畑があり、毎朝採れたての野菜をその日の分収穫している。 魚は近くの漁師、肉は近くの猟師が残り物をお裾分けしてくれるのだとか。

 それを一つ一つ丁寧に下ごしらえして調理してくれる。



「お母さん、美味しいです」


「あらあら、クロちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、お世辞でも嬉しいわぁ」


「いや、お世辞じゃなくて、本当に美味しいんですよ」


「まあまあまあまあ、うふふ♪ それじゃあ、これも食べてちょうだい」



 コトッ


 もう一品お皿が出て来た。鯛の様な魚【パグルス】のアラを炊いた煮魚だ。


 僕は一口食べて箸を止めた。



「うっ……」


「あら、口に合わなかったかしら?」


「いいえ、美味し過ぎて泣けてきました」


「あらあらあらあら、クロちゃんは本当に可愛いわねぇ♪」



 この一時だけは生きてて良かったと思える。 素直に笑顔がこぼれてしまう。


 人間も捨てたモノではないと思える。


 しかし、馴れ合う気はない。


 馴れ合う気は、ないのだ。


 絶対に!


 僕はお母さんにお礼を言って勘定を済ませると、店を後にした。



ーーそしてまた、旅に出るーー



 不毛な世界、不条理な社会、理不尽な人間の住むこの混沌の中へ。

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