第1章 白い天使

第4話 精霊『フェル』

 港街『インスマス』


 帝国領の港街で、帝都教会の影響力が色濃く出ている街と言える。 深く入り組んだ湾に面しており、貿易港としても盛んで多くの国と物流を結んでいて、出入りする人種も様々である。


 街には大きな教会や修道院があり、聖職者が多く見られる。きっと熱心な信者もたくさん集まっているのだろう。 反面、異教徒にはあたりが強い街と言えるかも知れない。


 帝都教会が崇拝しているのはいわゆる【神】ではない。 この世界の人間至上主義は度を超えていて、神をも凌ぐのである。よって、崇拝対象は【皇帝】である。

 皇帝こそが世を統べる唯一神なのだ。 現行の皇帝は【天帝テンテイ】と呼ばれているのだとか。



ーー人間如きが神とかクソだなーー


 僕は黒猫の容姿で初めて歩くインスマスの街を堪能していた。 潮風が磯の香りを運び、白い石畳の街並みも綺麗だ。



ーー人がゴミのようだーー



 と思えるほどに人が多い。 掃いて捨ててやりたい。


 海岸沿いの遊歩道を歩いていると、何かの精霊?をモチーフにしたであろうオブジェがあった。

 ……神は信仰しなくても、精霊は祀るのか? どうでも良いが。



「しかし、この世界には精霊がいるってことか?」


『うん、いるよ? オレサマがそうだからな!』


「ーーっ!?」


『そんなビビるなよ? オレサマからすれば、アンタの方がよっぽど歪な魂の形をしていて奇妙だぜ?』


「喋った!?」


『アンタだって猫のクセに人の言葉使ってるじゃねえか。 それに猫の格好しているが、中身はスライムで魂は人間だろ? 他にも色んな色が見えるが普通じゃねえよな?』



 頭の中に直接話しかけてくる……オブジェ? 否、精霊?どちらにしても関わり合いたくない。 僕の中の何かが警鐘を鳴らしている気がする。



ーースルーしよう!ーー



 足早にその場を離れる。



『おい!』


「……ごめんあさっせー!」


『おいってば!』



 僕は更に脚を速めて距離を取ろうとしたが、どんどん詰め寄って来る! いったい何だってんだ!?



『おーい! 無視すんなよ!?』


「さーせん! 関わり合いたくないんで!」


『少しぐらい話聞いてけよ!?』


「お断りします!」



 僕は先日定食で食べたラゴプスと言う鳥に変身した。 まだ飛んだ事はないんだが、ぶっつけ本番で飛べるか!?


 助走をつけて翼を羽ばたかせてみる。


 少し浮いた?


 もっと!


ーーもっと高くへ!ーー


 飛べた!? 

 あ、しまった……精霊も飛べるのか!?

 後ろを振り返ってみると、どうやら精霊はついて来るのを諦めたみたいだ。 フヨフヨと立ち去る後ろ姿が少し淋し気ではあるが。


ーー関係ないーー


 僕はそう自分に言い聞かせて少し先の灯台岬まで飛んだ。

 ここまで来れば……。



『よお、どうして逃げるんだ?』


「ーーっい!?」


『そんなにビックリするなよ?別に害を加える訳じゃねえし。 少しだけ話を聞いて行ってくれよ?』


「いいえ、結構です!」


『ええーーー!? そんなにオレサマの事嫌いなのか?』


「別にそんな訳じゃありませんが、興味ありませんので!」


『なっ!?』


「では、失礼!」



 再び僕は飛び立って灯台岬を後にした。 不本意ではあるが人が多い街の方へ向かった。 さすがに人混みは避けるのではないかと考えたからだ。


 インスマスの大通りに面した公園へとやって来た。 ここなら人も多いし、この身体も目立つ事はないだろう。


 などと思った矢先。


ーーああっ!?ーー


 首にぶら下げていたデバイスをうっかり落としてしまった!

 猫の時により明らか細くなった首を意識してなかったのだ。大失態である。


 タイミング悪く?落とした所にアホそうな人間が通りかかって、案の定、僕のデバイスを拾ってしまった。



「うお!? 空から携帯が降ってきた! ありがてえ! 今日はツイてやがるぜ!」


「ギャー! ギャー! ギャー!」


「なんだ? 鳥か? 誰か人の物をパクって来やがったか!? まあ良い、オレが貰っといてやるからよ!」


「グアァーーッ!!」


「うっせ!」



 僕のデバイスを拾った男はさっさと公園を出て、繁華街の人混みの方へと消えて行ってしまった。



 ……完全に見失ってしまった。


ーーヤバいヤバいヤバいヤバい、めっちゃヤバい!ーー


 変な汗が出て来た。

 そうだ、犬! 犬は近くに居ないか!? あ……犬になったとしても匂いが分からない!


ーー完全に詰まった!ーー


「クソ! だから人間なんて嫌いなんだ!!」


『困ってる様じゃねぇか』


「ーーっ!?」


『まだ居たのかってツラだな?』


「うっ……いや、まあ……」


『オレサマが助けてやろうか?』


「え? 奴の居所が分かるのか?」


『ああ、ずっと観てたし、ヤツの魔力も記憶してるからな。 問題なく見つけられるぜ?』


「……見返りがあるんだろ?」


『ああ、当然ある!』


「僕はどうしたら良い?」


『とりあえずオレサマの話を聴いてくれりゃあ良いさ』


「分かった! だけど、先に奴の居場所を教えてもらって良いか? 奴にデバイスをいじられたくないんだ。」


『約束だぜ?』


「分かってる!」


『おけ!』



 精霊が何やら魔法らしき呪文を詠唱し始めた。 キラキラした光が精霊と僕とを繋いで消えた。


『契約魔法だ。 オマエが約束をたがえなければ問題ない』


「わ、分かった。」


『じゃあ、行くぜ!』


「お、おう!」



 精霊は真っ直ぐに犯人の方へと飛んで行く。 当然、僕はその後を追う。

 精霊は繁華街を抜けてすぐに路地裏へと入り、あっという間に犯人を見つけ出した。

 凄い、本当に魔力が見えているのか、精霊だから?


 しかし、見つけたは良いが、また逃げられては困る。どうしてくれようか?

 鳥や猫では決め手に欠けるし、ここで人間になっても裸ではちょっと……。

 とりあえず、鳥の嘴では拾い損ねかねないので、とりあえず猫の姿に変わっておこう。


 少し様子を観ていると、犯人は何やら新聞の様なモノを広げて、ブツブツと呟きながらデバイスを横に置いた。


ーーチャンスか!?ーー



「次の競ドラのレースは三十分後か、とりあえず二番【メジロスレイプニル】と八番【オグリダマシイ】で流すとして……おわっ!」


「クソが!」


「猫が喋った!? いや、俺の携帯が!?」



 僕はデバイスを咥えて一目散に逃げた。ICもちゃんと着いてる。良かった!


 そのまま海岸沿いの遊歩道まで逃げたところで、デバイスを首に装着し直した。これで安心。


……追って……来ないな。 よし。


……さて、精霊との約束か。


「どこかにいるんでしょ?」


『おう、無事に取り返せたみたいだな! 約束も忘れてないみたいだし、感心感心』


「で、何ですか?」


『じゃあ、オレサマの話を聞いてもらおうか!』


「は、はい……」



 とても不本意だが、約束だから仕方ない。 約束を守る必要もないかも知れないが、契約魔法とやらが怖いしね。 どっちに転んでも嫌な予感しかしないが……。



『オレサマの友達を助けて欲しいんだ!』


「……話聞くだけって言ったよね?」


『……ああ、言った。 話を聞いてどうするかはオマエが決めたら良いからよ。 とにかく、オレサマの話を聞いてくれよ』


「……分かった、聞こう」


『その前に自己紹介だ。 オレサマは【フェル】。 オマエは?』


「……僕は【クロ】だ」


『……クロか、そう言う事にしておいてやる』


「そうしてくれ」


『クロ、オレサマには大切な友達がいる。 名前を【46番】と言う女性だ』


「46番? 番号が名前?」


『ああ、名前だ。 オレサマの友達は帝都教会の研究施設で生まれた翼人族の女性で、ゲノム編集や遺伝子組換えが施された実験体なので、名前はなく番号で呼ばれている。


 彼女は帝国が天界へ侵攻するに当たって、生み出されたテュポーンへと対抗するべく、悪魔召喚の依代として創り出されたんだ。


 魔力過多による身体への負担の軽減措置として、不老不死の身体に改良されて、一体だけ成功に至った実験体が彼女、46番だ』


「実験体……」


『で、だ。 現在彼女はインスマス湾の沖にある、帝都教会の施設【ゴルゴナ】島にいる。


 表向きは帝都教会が運営するサナトリウムとなっているが、蓋を開けてみれば、教会に仇成す者を収容する監獄みたいな施設だ。


 ゴルゴナは周囲を教会施設に囲まれたラグーンがあり、ラグーンの真ん中に小さなガゼボが設けられていているんだが。


 そこに彼女は居る。


 彼女は【禍つ指輪】と言う悪魔召喚の為の指輪を着けられていて、一度着けたら外す事が出来ない呪われたアイテムだ』


「呪い?」


『そうだ。 その呪いと言うのは魔物を引き寄せる呪いで、指輪を外さない限り魔物に狙われ続けると言うモノだ。


 彼女はアイトーンと呼ばれる巨大な鷲の魔物に、毎日肝臓だけを啄まれるとか言う、フザけた責め苦に合っている。


 不老不死の身体は次の日には完全に再生するので、かれこれ三年に及んで続けられている……なげぇよな。


 無駄に聖女として育てられた無垢な心をけがして、負の感情を蓄積する為だけに!』


「酷い!」


『ああ、酷い話さ。 オレサマは大切な友達を苦しめる奴らを許せない!


 しかし、オレサマには彼女を助けてやれる力がない……。奴らをどうにか出来るなんて思っちゃいないが、せめてあそこから連れ出してやりたいと思ってる……だが、それもオレサマには叶わない……。


 恥を忍び、無理を承知で何人もの人間や亜人に声をかけて来たが、誰も話すら聞いてくれやしねぇ……』


「……なんかスマンな」


『オレサマの口が悪い所為なのは分かってるんだ、仕方ねえよ』


「で、僕はどうすれば良い?」


『ーーえっ!?』


「聞こえなかったか?僕はどうすれば良いんだ?」


『クロ、オマエ……彼女の解放を手伝ってくれるって言うのか?』


「僕に出来る事なら……言っておくが自信も何も無いんだからね!?」


『まぢか!? クロ、オマエ本当にすっげぇバカだな!!』


「フェル……本当に口悪りぃのなお前」


『でも、本当に危険な賭けみたいなもんだ。 無理に頼む気はないんだぜ?』


「どうせ、自分の人生に嫌気が差してたところだ。 誰かの役に立つなら、こんなちっぽけな人生まるごと賭けてやるさ!」


『クロ、お前っ!? おっとこまえだな! めちゃくちゃ気に入ったぜ!』


「お前に気に入られてもな……」



 僕はこのフェルの事が好きな訳でも何でもないし、フェルの友達の女性が可哀相と思った訳でもなかった。


ーー僕はクソみたいな人間が許せないだけだーー


 奴らの思い通りに事が運ぶのを見ているだけなんて、胸クソ悪くて耐えられない。

 はっきり言って、邪魔をしてやりたい。それだけだ。


 やると決めたからにはやってやる。 正直この三年間の経験で、僕の身体は無敵なのではないかと思い始めていたところだ。



ーーそれをこの計画で試してやるのさ!ーー

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