第5話 囚人『スミス』

 実験体46番救出ミッションは至って簡単だ!


 彼女を連れ出せたら良い。 それだけだ。 何故なら彼女は不死身なのだから!


 そんな事をフェルから聞いていたのだが……現状、いきなり頓挫とんざしている。



ーー何故だ?ーー



 ゴルゴナへの連絡船は1日に一本しかない。 行き来するのは毎日数人だけで、他は物資だけだと言うのに、蟻の子一匹通さない程の厳重な審査が行われている。


 これは空から行くか? 幸いフェルも飛べるみたいだし? ……撃ち落とされたりしないだろうな? まあ、アダマンタイト合金貫通させるとかどんな徹甲弾だって話だが。


 島に近いところをウミネコの様な鳥が飛んでいるが、撃ち落とされる様子はない……とりあえず、近くまで行くか……。


 ゴルゴナは前述の通り、ラグーンのぐるりを囲む様に教会施設が連立している。

 僕はその教会施設のピナクルと呼ばれる、建物の周囲の柱の上に付く小尖塔に降りた。


 ピナクルからラグーンは一望出来るが、中央のガゼボの周辺はドローンの様なモノが定期的に周回しているみたいだ。迂闊に近づくのは難しいか?



「フェル、どうすれば近付けるんだ?」


『オレサマはあのグレゴリには感知されないから問題ない!』


「いや、お前じゃねーよ! お前が使えないから僕が来たんだろ?」


『ちっ! 使えねーヤツ!』


「おい! 本当に口が悪いな!」


「何や!? そこに誰かおるんか?」




 しまった! 教会関係者に気付かれたか?


 ……しかし警笛など、人を呼ぶ気配はない。小尖塔の後の壁龕ニッチに装飾された石像が喋ったのかと思ったが、壁面にいくつもの小窓があって、そこから顔を覗かせている男がいる。


 少し狡猾そうな顔付きだな。あまり関わり合いたくはない。よし、無視だ。


『なんだテメェ!』


「フェル!?」



ーー台無しだ!!ーー



 まあ、相手は建物の中だし、しかも顔一つ程の小さな小窓の向こうだ。 こちらに手出しは出来ないだろう。



「鳥が喋った!? え、頭の中に? なにこれ?」


『オレサマをこんなイカレ鳥と一緒にすんなよ?』


「フェル? お前、本当に手伝って欲しいのか?」


『ったりめぇじゃねぇかっ!』


「手伝って欲しい者が言う態度じゃねーな!」


『っ!? さ、さーせん!』


「鳥が独り言? え、何ごとやねん!?」



 ……異世界の言語の筈なのに関西弁に聞こえるのは何故だ?まあ、そんな事はとうでも良い。

 どうやらフェルの事は見えていない様だが……フェルが精霊だから? じゃあ、何故僕には見えるんだ? まあ、考えても分からんな。


 とりあえず、フェルじゃ役に立ちそうにないから、この男から話を聞き出せるかやってみようか……。


「僕はクロ。 訳あってここに来た鳥です」


「おお!? やっぱり鳥が喋った!? 使役か何かか? まあ、俺はスミスっちゅぅもんや! よろしく、クロやん!」


「クロやん……。まあ、良いけど、ところでスミスさん、あなたは何者ですか?」


「クロやんこそ何モンや、得体が知れやんなぁ? まあ、ええけど。

 俺は【情報屋】や。 今は帝国軍に頼まれて帝都教会を探ってるとこや。 まあ、下手こいて捕まったっちゅう情けない事になってるんは勘弁してや」


「僕は渡り鳥。 知り合いの頼みでここに来ました。 ここはどのような施設なんでしょうか?」


「渡り鳥って……お前……まあ、ええわ。 ああ、ここは表向きは帝都教会所有のサナトリウムっちゅう事になっとるねんけんど、孤島っちゅう地理を活かした監獄や。


 知っとるモンに言わしたら通称【監獄島】、または、ラグーンの底に沈む無数の骸骨から【カタコンベ】とも呼ばれとるな」


「か、カタコンベ……」


「あのラグーンの中央に見えるガゼボはなぁ、言うたら処刑台や。 たいがい磔にされて魔物に喰われるとかやな」


「処刑台……やっぱりあそこに46番が居るのか……」


「ーーっ!? お前……今なんつった!!」


「46番?」


「何でや!? 何でお前がそんな事知っとるんや? どこで聞いたんや!?」


「スミスさんこそ彼女をご存知なのですか?」


「……か、彼女は聖女様やんか。 んで、少し心が病んでここで療養しとるだけや」


「……」


「…………」


「……………………」


「…………………………………………っくそ! わーった、わーった! どうせ先の無い身やし、話したる!」


「うん、それで?」


「お前も意地が悪いやっちゃな! 大きい声では言えんから少し近こぅ寄りよし。 ……せや、他の囚人に聴かれたくないねん。


 ここはなぁ、サナトリウム、監獄島、カタコンベなんて全部建前の呼び名なんや。 ホンマは帝都教会の暗部による実験施設なんや。


 ほんで、彼女はその実験体。 遺伝子操作、遺伝子組換えが施されたホムンクルスみたいなモンや。 その身体を依代に今度は悪魔召喚しようってんやから連中完全にイカレとるわ。 


 つまり、ここは禁忌に毒された人体実験施設や……俺はそれを知ってしまったからココに収容されとんねん」


「……スミスさん、僕はそんな事は既に知ってます。 僕が知りたいのはあそこに見えるガゼボに行く方法ですよ」


「なんやてっ!? 俺がアホみたいに時間と生命いのちを削って手に入れた情報を、何でお前みたいな鳥が知っとるねん!? クソがっ! 一体なんなんや、お前!?」


「僕はさすらいの異邦鳥です」


「っざけんなよっ!?」


「フザケてませんよ? 僕は彼女を助ける為にココに来ました。 至って真剣です。 話す気がないなら僕の事は放っておいてください。 僕はあなたに用なんてありませんから」


「……いや、今のは俺が悪かった。 堪忍してや!

 俺が命がけで仕入れた情報を、突然現れた謎の渡り鳥が知っとったら嫉妬もするっちゅうもんやろ? 

 せやから、ホンマにスマン! こん通りや!」


「別に良いんです。 何か少しでも情報があれば、教えて欲しいだけなんです」


「ガゼボ周辺にはグレゴリが飛び交ってて、近付く者を感知して、周囲に知らせたり、攻撃したりしよる。 あそこに近寄れるんは魔物くらいなもんや。


 ガゼボは魔法なんかによる干渉を防ぐ為に結界が施されとるな。


 まあ、少し前までは、グレゴリや結界なんてモンはなかったんやけどな……セフィ=ロトとか言う囚人が脱獄するまではなぁ」


「ーーっ!? 今確か……セフィ……って言った? 」


「ホンマに何なんやお前? セフィロトの事まで知っとるんか。 ……ああ、セフィは解離性同一性障害で十人以上の人格を宿しとるんやて。 何人もの被害者が彼の変愛主義や猟奇殺人の犠牲になったか分からへん……また、彼らの信者も然りや。彼らを崇拝する輩も少なくはないっちゅうこっちゃ」


「セフィはもう、おそらくこの世界には居ないけどね?」


「何でそんな事を……いや、お前なら知っててもおかしくないか……」


「まあ……ね。 そんなことよりあのグレゴリ?とやらに感知されない方法とか無いのかな?」


「そこまでは俺も知らんけど、水中からならあるいは? まあ、あそこに辿り着けたとてっちゅう話やけどな!」


「水中かぁ……魚で行くしかないか?」


「……魚? なんや行く宛があるみたいな言い方やなぁ、底が知れんわお前……」


「分かった。スミスさん、本当にありがとうございました!」


「別に大した情報やなくて悪かったな。 俺もお前の騒ぎに乗じて脱獄する気になってきたわ! どうせこのままおっても殺されるか実験体になるかやろしな!」


「幸運をお祈りしてます!」


「ああ、お前も気ぃつけてな!」



 スミスさんはこの厳重な施設を脱獄すると言っているが、可能なんだろうか? 脱獄出来たとて島の周囲は海で、港街まではかなりの距離がある。


 まあ、僕が気にする必要はないのだが……。



 さて、とりあえずラグーンの岸壁まで降りてみたが、やはりこの姿で行くとグレゴリとやらに狙われそうだ。 先日食べたのは鯛みたいな魚だったか……ちゃんと変身出来て、ガゼボに辿り着けるか算段してシミュレーションを繰り返す。



「やってみるか!」


『おう、やってみろ!』


「フェル……はぁ……」


『何だ、このヤロウ!?』


「いや、なんでもない……」


『そうか?』



 僕はパグルスに変身してラグーンへ飛び込んだ。


 ……すげー違和感。


 呼吸は必要ないが出来るみたいだし、問題なく泳げる。


 ラグーンの底は白い砂でも敷いてあるかの様に薄いエメラルドグリーンだったが、潜ってみたらスミスさんの言ってた通りだった。


 白骨化した無数の仏さんがゴロゴロと転がっている!



ーー帝都教会はクソだーー



 僕の中で一つの仮説が確定に至った。 ここに収容されている人がどう言う罪で収容されたかは知らないけど、こんなに大量に処刑する理由なんてきっと碌でも無い理由に違いない。


 49番は聖女として育てられたと聞いた。 罪なんてきっと皆無だ。 それがはりつけにされて、三年もの間責め苦に合っているだなんて、碌でも無いとしか言えないだろう?



ーーだんだん腹が立ってきたーー



 この施設ごと崩壊させてやりたいが、僕にそんな力はないし、そこまでする理由もない。


 とりあえずガゼボの近くに来たが、グレゴリに狙われる様子はない。 しかし、水面から岩礁の上のガゼボは覗けないので、僕は猫の姿に変わった。


 恐る恐るガゼボを覗き込む……



ーークソがっ! 帝都教会!!ーー



 46番と思しき少女は鎖に繋がれて、ぐったりと死んだように横たわっている。

 辺りは彼女の血が酸化したような、ドス黒いペンキをぶち撒けたように染まっていた。

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