第6話 囚われの翼人族

「生きて……いるのか?」


『ああ、眠ってるだけさ』


「フェル、僕は決めたよ。 彼女を解放する! 何が何でもだっ!!」


『ああ、その為に連れて来たんじゃねーか!! やっぞ、クロ!』


「……それにしても……服も着させられてないのか……そしてめちゃくちゃ白いな……」


『変態め……』


「違うからっっ!」



 彼女の肝臓が魔物の餌になっていると言ってたが、服は邪魔で無意味なのだろう。そして……



ーーめちゃくちゃ白いーー



 彼女の肌は本当に透けるほどに白く、髪の毛や眉毛、睫毛に至るまで白髪化したのか真っ白だ。 自身の血液で汚れてはいるものの、陽の光が当たって眩しいくらいに見えてしまう。



『彼女はアルビノだ』


「人のアルビノは初めて見た」


『彼女は翼人族だと言ったろ? 翼人族にはそんなに珍しくはないが、彼女は特に白い事は間違いないな』



 そう言えばそんな事を聞いていたのだが……羽根?

 あった!手のひらの様なとても小さく真っ白な羽根が!



ーー天使!?ーー



 なんだかとても神聖な生き物に見えて来た。



『変態め……』


「ち、違うからっっ!!」


『顔が紅潮しとるけどな!』


「くっ!」



 思わず彼女にときめいたのは白状しよう。


 初めて見る生の女性の裸体。


 初めて見るアルビノの人。


 初めて見る翼人族……誰だってドキッとするだろう?しない? まあ、甘んじて【変態】の冠を受け入れても構わない。



ーーそれほどに彼女は美しいーー


『オレサマは彼女を助けて欲しいとは言ったが、視姦してくれとは頼んだ記憶はないが?』


「こ、これは、その……違うから! そして言い方!?」


『へえ?』


「そ、そんな事よりどうやって助けるかだ……縄とかだと思っていたけど、鎖だし……」


『彼女は不死身なんだぜ? 手足の骨を砕けばかせくらい外せるだろ? 溺れて死ぬ事もなかろうし?』


「お前は鬼畜生か何かか?」


『何をぬかす!? オレサマは彼女の友達だぞ!?』


「じゃあ、何故彼女を傷つける様なことを言うのさ?」


『クロ? テメェ、バカなのか? 例えどんなカタチだろうと、助け出さなきゃ意味ねぇってんだろ!?』


「うっ……そりゃまあ、ごもっともですが……」


「ん……フェル?」


『お!? よう、46番。 今日はオメェを助けてやれるかも知れねぇぜ?』


「フェル? 前にも言ったけど、私のために他の人が傷つくのはイヤなの……もう、終わりにしてちょうだい?」


『そんなつれないこと言うなよ! オレサマはオメェの為を思ってだな……』


「コホン!」


「あら? 今日は可愛いらしい黒猫ちゃんなの?」


「はい、クロと言います」


「へ!? フェル?しゃべったよこの子!」


『ああ、今日はこの変態不審者を連れて来たんだぜ?』


「この子、へんたいふしんしゃさんなの?」


「ちゃうわっ!」



 思わず関西弁でツッコんでしまったが、初めての紹介で変態不審者はさすがに無いだろう? 仮にもこれから助けようってのに、酷くない?


 それにしても彼女、本当に白いな。 肌は限りなく白に近い薄桃色で、耳、唇、指先なんかが薄っすらと色付いている。 白い睫毛の奥から現れた瞳は血液の色を透過しているのだろうか、それこそあの【クリムゾンレッド】なのだ。



ーー僕はつくづく【クリムゾンレッド】に縁があるらしいーー



「僕はクロ。 ただの黒猫ですよ」


『ゼッタイ違うけどな!』


「フェルは黙ってて! はじめましてクロちゃん、私は46番。 仲良くしてね!って言いたいところだけど、もうすぐ鳥さんが来る頃だからお別れだよ……残念……」


「僕は帰らないよ?」


「フェルが無理矢理連れて来たんでしょ? ここに居たら危ないわ!」


「フェルは関係ありません。 僕は僕の意思でココに居ます! そして、きっと君を助けるから、少し待ってくれないかな? 今、助ける方法を考えてます」


「本気で言ってくれてるの? でも、鳥さんはとても大きくて、あなたなんてひとたまりもないよ! ああ、もう来るから早く逃げて!」


「本気も本気です。 僕は逃げない。 必ず君を助けるから、お願いだ、少し待ってくれないか!」


『クロ、来たぞ! アイトーンだ!!』



 ガゼボに黒い影が差す。


ーー大きい!ーー


 翼を広げるとゆうに4メートルはあるだろうか、クソデカい!!


 アイトーンは岩礁に降り立ち、長い首をガゼボに突っ込んで来る!

 僕は彼女との間に割り込み、アイトーンの狙いを自身に向けた。

 すかさずアイトーンは僕を咥えたが、異常な硬さに違和感を覚えたらしい。

 アイトーンは僕を咥えたままガゼボの柱に叩きつけた!



「クロちゃん!!」


「ぬん!」



 僕は痛くも痒くもないが、さすがに体格差があり過ぎる。……どうしたものか。


 平然としている僕にアイトーンは苛立ちを覚えたのか、今度は強靭な爪で鷲掴みにして来た!

 僕は押さえつけられて身動きが取れなくなった。 が、アイトーンの脚の爪の生え際に噛みついた!

 僕の口の中にアイトーンの血が染みてくる。 僕はアイトーンの血を喉に流し込んだ。


 ゾワゾワが来てグルグルしてイメージをトレース。いつもの様に変身……しない!?


 それより、あれ?意識が……遠退く……。


「クロちゃん!?」


『おいクロ!どうした!?』


「ぐぅ……」


『こいつ、魔力切れ起こしてやがる!?』



 薄れゆく意識の中で真っ白な少女が、赤く、赤くけがされて行くのが見えた……。





ーーああ、まただ……【クリムゾンレッドの呪い】め……ーー







 ……骨だ。 水面から差し込む青白い月明かりが、無数の骨を淡く照らしている。


 ゆらゆらと水面みなもが光を揺らし、無駄に時間だけが過ぎてゆく。


 おそらくガゼボのある岩礁の近くの海中だろう。

 僕は骨を掻き分けて、海面へと這い上がろうとするが、力が入らない。


 それでも、無理から身体を動かして、なんとか岩礁の上へと辿り着き、ガゼボに横たわる少女の傍まで身体を引きずった。



「……ェル……」


『おうクロ、生きてたか……』


「……ぉくは、ぉうなっ……んだ」


『魔力切れだよ、バカめ!』


「……ぉうか……ょくぎぇ……」


『寝てろよ、ボケナス』


「……ぉするょ……」





 それからどれくらい経ったのだろうか。


 何か温かな優しい何かに包まれる、そんな夢を観ていたような気がする。


 否! 夢なんかじゃない! 僕はスベスベとした白い腕の中に包み込まれていた!



ーーここは天国か!?ーー



「あっ! クロちゃん、気がついた?」


「あ……あゎ……あわわわわゎ……」


『クロ、落ち着け! 気分はどうだ?』


「落ち着かない! でも気分は最高です! 人生で最も良いと断言出来るくらいに!」


「あはははは!」


『変態め……』


「もう、変態でも構わない! ここは天国なんだろう?」


「あはははは!」


「この笑顔、守りたい……」


『アホか! オメェに期待したオレサマがバカみてぇじゃねえか!』


「何を言ってるの、フェル! クロちゃんは本当に頑張ってくれたんだから!」


「そうかっ! アイトーンは!?」


『あぁ、またじきに来るだろうな?』


「今度は勝つ! そしてここから出る! もちろん46番も一緒だ!」


「もういいんだよ、クロちゃん。 また鳥さんが来る前に逃げて?」


「逃げない! 逃げないよ、僕は!!」


「ダメよ! おねがいだから、私のために逃げてちょうだい!?

 もう! 本当に! 誰かが傷付くのを見たくないから!

 それが私を大切に思ってくれる君だから、よけいに見たくないの!! おねがいっ!」


「嫌だ! 僕は自分勝手な人間なんて大嫌いだ! 自分のエゴを! 傲慢を! いつもいつもいつもいつも押し付けてくる!


 だから!


 僕はもっと傲慢に生きてやるんだ! 君の言う事なんて聞かない! 僕は君を助けて! ここから出てやるんだ!」


「ああもうっ! クロちゃんのわからず屋!!」


『クロ、ヤツが来る!』



 僕は先日と同様に彼女とアイトーンの間に割って入った!


ーー今度は大丈夫!ーー


 アイトーンは僕を見て少し驚いた様だが、すぐに苛立ちの方が勝った様子で熱り立っている。



「メタモルフォーゼ!」



 少し恥ずかしい掛け声と共に、僕は黒いアイトーンへと変化した。


 黒い大きな翼は、まるで直刃で出来た鉄扇の様に広がる。

 黒いスケイルメイル様の脚から生えた鉤爪は、大理石のガゼボの床をいとも簡単に穿つ。

 黒く鋭い嘴は、ガゼボの柱を軽く噛んだだけで圧し折ってしまった。


ーーあ、なんか気持良いーー


 少しだけ強者の気持ちが理解出来た気がする。


 対するアイトーンは元々気性が荒いせいか、全然ひるむ気はなさそうだ。 まあ、腹も減っているのかも知れないが、こちらが退いてやる理由にはならない。



「消えろ! 消えないなら消してやるまでだ!」


「ギャァギャアァーー!!」



 くちばしで小突いてくるが当然痛くも痒くもない。 次に脚に体重を乗せて引っ掻いて来るも傷一つ付くことはない。


 軽く翼を一閃!


 避けきれなかったアイトーンの胸元が裂けて血が噴き出した。

 しかしアイトーンはそれでも退く気は無さそうだ。


 向こうさんの攻撃は全然効かないので、ジリジリと間合いを詰めて行く。 さあ、岩礁の縁まで追い込んだぞ、どうする?



「グアッグアッ!!」


「く、クロちゃん!? 鳥さんを許してあげてください!!」


「なにぃ!?」


「鳥さんはご飯を食べに来てただけだから! お腹を空かせているだけなの!!」


「エエエエェェェエエエ!?」



 彼女は僕にしがみついて離れようとしない。 そんなものは振り切ることは可能だが、彼女がこう言っているのにそこまでする理由もない。


 僕は彼女を翼で覆うと威嚇を辞めた。



「クロちゃんてさぁ……優しいんだね♪」


「ふっ……普通デス!」


『キッショク悪りぃのぉ……いっちょ前に照れてやがる』


「そんな事言うフェルだって、口は悪いけど優しいもんねぇ〜♪」


『そ、そそそそそそんな事はないぞ!?』


「だって毎日私に会いに来てくれるじゃない?」


『うっせ!』



 どうやらフェルも照れているようだ。 掴めない奴だな。


 そうこうしているうちにアイトーンは諦めて、後ろ髪を引かれながら飛び去って行った。



ーーさて、これから脱出だなーー



 僕は難なく彼女を繋ぐ枷を噛み切った。 何かしらの魔法が仕掛けられていたのか、身体が少し痺れたが問題ない。


 っが! 問題あった!


 グレゴリが一斉に大きな警告音を鳴らしてガゼボの周囲を囲んだ。


「しまった! かせを壊したらグレゴリが厳戒態勢になる仕組みか!? まあいい、フェル逃げるぞ!?」


『おうよ!』


「きゃあ!」



 僕は彼女を荒々しく鷲掴みにすると、グレゴリを一気に散らすように羽ばたいた!


 アダマンタイト合金製の羽根でグレゴリを壊しつつガゼボを旋回したが、どこからともなく次々と増えてくる。



ーーキリがない!ーー



 僕が一気に飛び去ろうとした瞬間、小さな窓にスミスが笑って親指を立てているのが見えた。 きっと「やったな!」とでも言っているのだろう……。



ーーくそっ! ついでだ!ーー



 僕はもう一方の脚でピナクルを掴むと、強靭なくちばしで壁を破壊した。 そのまま小男スミスを強引に引きずり出すと、彼をくちばしくわえたまま一気に舞い上がった!



「どわぁああぁあ! なんやあぁああ!」


『クロ!オメェ雑じゃね!?』



 残念ながら会話なんて出来る状態じゃない。


 僕はグレゴリを一気に引き離して、港街インスマスを後にした。

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