第7話 『シロ』

 港街インスマスを出て、かなり離れた所に町を見つけた頃、分かった事がある。 まあ、フェルが教えてくれた事もあるのだが……。


 基本的に変身メタモルフォーゼには魔力消費が伴うと言う事。 そしてマテリアルの増減に反比例して魔力が増減すると言う事。

 つまり、現状より小さな対象に変身する時は、余剰な肉体は魔力に還元される。 反対に現状より大きな対象に変身する時は、魔力を消費してマテリアルを生成しなくてはいけないらしい。


 先日僕が魔力欠乏症を起こしたのは、一日に二度も変身した上に、現状よりかなり大きなアイトーンに変身しようとしたからだ。

 つまるところ、魔力消費が激しくなる変身は一日一回にした方が良いと言う事だ。

 自分の魔力量と消費魔力が可視化出来る方法でもあれば良いのだが……無い物ねだりなのは承知の上だが、何年経ってもゲーム感覚が抜けないみたいだ。



 アイトーンのままでは目立ってしまって町に入れない為、僕は町から少し離れた場所に着陸した。


 46番があられもない姿をしていたので、スミスが気を利かせて洋服を探しに町へ行った。

 彼は自分を連れ出してくれた事に、何かお礼をしたいとかで自ら名乗りを挙げてくれたのだ。


 スミスを待っている間に、僕は元の黒猫に戻り、今後の魔力消費を考えて少し眠りに就いた。

 46番は身体の汚れを落とす為に、近くを流れる川を見つけて水浴びをしていた。

 フェルはもちろんそのお守り役だ。


「フェルぅうぅううう!」


『どうかしたか!? 46番!』


「えへへ〜呼んでみただけぇ」


『頭イカレてやがるな! 解放されて浮かれる気持ちは分かるが油断すんなよ?』


「分かってるよ〜だ! ねぇ、クロちゃんはどこぉ?」


『変態不審者なら向こうで寝てるが、どうしたんだ?』


「よぉ〜しっ! 寝込み襲っちゃうぞぉ〜っ♪」


『オメェ、本当に頭イカレてやがるな!』


「えへへ〜♪ そんなに褒めないでよぉ♪」


『褒めとらんわっ!』



 あぁ、またこの感じ……とても優しくて……それでいて……とても温かな……心地よい……。


 頭から背中の方へ優しさが伝う……。


 何度も……。


 何度も……。


 何度も……。


 時折、耳元をそよ風が吹き抜ける……。


 ふぅっと優しく……。


 今度はお腹の辺りを……。


 少しくすぐったい……。


 ん、少し?



「いや、かなりくすぐったいからっっ!! いったい何!?」


「あらら、起こしちゃった?」


「ぼ、ぼぼぼぼ僕のっ! アソコ……見た? 見たよね?」


「え? なに、お腹?」


「おおおおオチ、オチ、いや、何でもない!!」



 見られた! 猫だよ? 今、僕は猫だけど! こんなあられもない姿を!!

 まあ、僕も彼女のあられもない姿を見た! 確かに見たよ? 見たけど、あれは不可抗力じゃね?



「な~に? クロちゃんは猫なのに恥ずかしいの? でもまあ、服着てないんだから仕方ないよね?」


「そ、それはそうだけど! もう、お嫁に行けないわっ!」


「りっぱなモノが付いてるからおムコさんだよ? それに…もらい手がなければ私がもらっても良いからねぇ?」


「いやん!」


『キモッ! メス化しとるなコイツ!』


「フェルうっせ!」


『んだと、こんにゃろめ!』


「ぉ〜〜〜〜ぃ!」



 遠くから人の声が聴こえる。小男スミスだ。

 スミスは囚人服からカジュアルな服装に着替えている。 話をした感じより少し若く見えるかな? 背が低いから?


 スミスは身長百五十センチくらいの痩せ型で、グレージュの髪は猫っ毛、童顔でタレ目だが、鋭い目付きをしている。 襟の大きく開いたシャツにベストを羽織って、下はチノパンに足元はウォーキングビジネスシューズみたいな出で立ちだ。

 ちゃっかりデバイスを手に入れているし、両手の手提げ袋には46番の下着や服が入っているみたいだ。


 なんて仕事が早くて出来る男なんだ! しかも、町には猫も泊まれる宿ホテルを手配してくれているなんて!



「よお、お待たせ! とりあえず嬢ちゃん、オラァ向こう向いてるからコレに着替えてくれや! 目のやり場に困るやん!? あれ? クロの旦那は?」


「はい! ありがとうございます! クロちゃんならほら、そこに!」


「この黒猫が旦那!? まあ、礼なら全てこの旦那に言ったってんか! オレのはオマケだと思ってくれて構わんわ!」


「うん! みんな感謝してるよ!」



 彼女は深々と頭を下げた。


 着替え終わった彼女を見て皆絶句した。 スミスのセンスが神憑かみがかっているのか、彼女のスタイルや着こなしが抜群な所為せいなのか……。



ーー控えめに言って天使!ーー



 大袈裟に言ったら?



ーー女神でしょ!ーー



 白を基調のフリル付きワンピース、ニーハイストッキング、レースアップブーツ、ヘッドドレスリボン……いったい誰の趣味なんだ? そしてコレ……目立つくない?


「馬子にも衣装とでも言うんか? とんでもなく別嬪さんやな?」


『はえ〜! 良かったな、46番!』


「うん♪」



 スミスの案内で帝都郊外の町【アンジェラ】へ移動した。 そして、町に入って理解した。

 町は一貫してゴシック調なのである。 もちろんファッションもそれに準ずるモノであって、スミスの趣味が偏っている訳ではなかった。

 スミスが言うには、店に入って比較的カジュアルなモノを選び、マネキンのコーデをそのまま買い取ったらしい。 逆に他の服を選んでいると浮いてしまったかも知れない訳だ。


ーーグッジョブ、スミス!ーー


 宿ホテルに着いたらスミスは用事があるとかで、行動を別にした。 夕食は一緒に摂るからその時合流だ。


 部屋に着くと大きめの荷物が届いていた。 宛名は46番だ。

 これもスミスからの贈り物で、キャリーバッグに女性モノの衣服や小物、下着に至るまでギッシリと詰め込んであった。

 46番は大喜びだ。 送り主は何故か僕の名前になっているが、そんな記憶はない。 スミスめ、余計なことを!



「ねえ、46番? フェル?」


「『何(だ)?』」


「君たち違和感ないの?」


「『え? 何のこと(だ)?』」


「46番の名前だよ!」


「『へ?』」


「ずっと一緒に居てて何とも思わないんですか? 呼びにくいでしょ!?」


「フェル、そうなの?」


『オレサマは精霊だ。 そんな俗物の考える事なぞ知らん!』


「フェルはこう言ってるよ?」


「じゃあ、僕が呼びにくいから新しい名前付けても良いかな!?」


『クロ! オメェたまには良いこと言うじゃねぇか!』


「『たまには』は余計です!」


「クロちゃんが? 私の名前を決めてくれるの? ほんとに?」


「嫌なら別にいい……」


「イヤだなんて言ってない! ううん! クロちゃんの付けた名前が欲しい! お願いします!」


「そこまで言われると……何か責任感じて萎縮しちゃうけど……もういくつか考えてるんだ……」


「ええ!? どんなだろう♪」


「【シロ】、【マシロ】、【ビアンカ】、【ユキ】、【クレム】、【ラテ】、【ノエル】、【シルク】この中からどれか好きなのある?」


『多くて決めれんわ!』


「え? 【シロ】一択でしょ? だって【クロ】と【シロ】二人で【モノクロ】だよ♪」


「う、うん……」


『なんかエロいな……』


「フェルこそなんの妄想だよ、変態じゃね?」


「嬉しいよ〜〜!! クロちゃんありがとうね〜〜♪ ぎゅ〜〜♪ むちゅ〜〜♪」


「お、おい!? や、やめて〜!?」



 シロが僕を抱えあげて、猛烈にキスを迫って来る!


 こんな……


 こんな……


ーーこんなに女性に迫られたの初めて!ーー


ーー猫だけど!ーー


 そうだ。 僕は今猫で、人間の僕をシロは知らない。 本当の僕を知ったら、きっと幻滅するんだろうな……。



「ねえ、シロ?」


「ん、なあに?」


「……」


「クロちゃん、どうしたの?」


「いや、なんでもない……」



 確認する勇気もないし、そもそも人間への未練なんてとっくに棄てた筈だ。 そうだ、なに考えてんだ、僕は……人間に関わるのはよそうって決めたじゃないか!



ーー明日はお別れだーー



「おまたせ! ええ感じの店見つけてきたから、晩飯はそこでええやんな!?」


「猫でも大丈夫なんですか? 飲食店でしょ?」


「ああ、問題あらへん! でもクロの旦那よぉ? あんた、元々人間なんやないんか? 猫や鳥は変身能力かなんかなんやろ?」



 こいつ鋭いところ突いてくるな……何者だ?



「せやないと、デバイスやクリスタル持ってる理由があらへんもんな?」


「ーーっ!?」



ーーしまった!ーー


 そんな事考えた事なかったけど、少し考えたら誰だって想像つく話だ!



「あの、えっと……そ、そう! 変身する対象が大きいと消費魔力が大きいから、一度変身してしまった今日はもう無理だから!」


「へえ、そうなんか? なら、しゃぁあらへんな!」


「ええ〜〜!」



 シロは残念そうな顔をしているが、なんなら一番見られたくないのは彼女だ。

 その後もシロがしつこく詰め寄って来たが、適当に誤魔化して店に移動した。


 スミスが案内してくれた店は、シロでも安心して入れそうなカフェレストランだ。 木目を基調としたログハウスっぽい建物で観葉植物がところかしこに散りばめられている。 店の隅にはピアノが置いてあるが、店主の趣味だろうか。


 正直なところ、ファンタジー小説でよく出てくる様な、樽ジョッキ片手に品性のないオッサンがたむろする居酒屋なんかをイメージしていたが、全然違った!



「いらっしゃいませ」


「あの! 本当に僕みたいな猫が居ても大丈夫なんでしょうか?」


「おや、失礼ですが、本当に会話が出来るのですね。 私が店主のアランです。 私のお店なのでお構いなくどうぞ!

 本日はスミスさんの要望でこちらの【本日のおまかせ料理】を用意させて頂いております。 ゆっくりとくつろいで行ってくださいませ!」



 シロやフェル、スミスとも明日にはお別れだ。 この食事を最後に、各々が各々の道を進む事になるだろう。


 僕はまた、人との関わり合いを避けて生きて行く。 人と馴れ合うのも、この先無いだろう。



ーーせめて今夜は楽しく過ごせると良いなーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る