第8話 お別れ
店に流れる音楽が耳に優しい。 ここの
店の片隅の古いピアノをシロが興味津津に見ている。 なんか懐かしいな。
指が……猫の手だが、耳に入る音に合わせて勝手に動いてしまう。 長い間鍵盤に触っていないが、今でも弾けるだろうか?
テーブルに次々と並べられる料理の数々に、皆テンションが上がっているようだ。 それもそうだろう、スミスは囚人だったし、シロなんかはたぶん食事すら……。 フェルは精霊だから魔力だけで生きて行けそう?
ーーあれ? フェル光ってる?ーー
フェルが強く光ったと思ったら身体が具現化した。 具現化するまでは、自分のイメージがそのまま霊体を形作っていたのか、イメージしていたのと少し違う。
なんだろ? ピクシーとキューピッドを足して2で割った様な?そんな感じだ。 そしてやっぱり少し悪そうな顔つきだな!
「どうだ! オレサマくらいになると受肉しなくても具現化出来るんだぜ!?」
「お前……物理に干渉出来たのなら、シロを助ける時にもっと手伝えただろ?」
「知らん! 具現化すると魔力消費が激しいから、それ以上には干渉出来ねんだよ!」
「じゃあ、今具現化する意味って何さ?」
「オレサマは飯を食いたいからに決まってんだろ!」
「なんやめっちゃ偉そうなん出てきたなぁ……助けて貰った身としては、ツッコんでええんか微妙やけどな!」
「もっとオレサマを崇め讃えても良いんだぜ?」
「フェルもバカ言ってないで、みんなでごはん食べよ〜よ〜♪」
フェルが具現化した事で、スミスにもフェルと会話が出来る様になったみたいだ。
スミスの情報はシロたちには必要な事も多いだろう。
そうこうしているうちに、料理が出揃った様だ。
「ほな! 嬢ちゃんの救出成功と皆のこれからを祝して!」
「「「「乾杯!!」」」」
それぞれグラスを交わした後、テーブルに並んだご馳走をそれぞれ好きな物から食べ始めた。
なんか、一心不乱に食べてる……でも、めちゃくちゃ美味そうな顔してる! 実際、どれも本当に美味しいし、思った以上に手が込んだ料理だ。 過去の職業病が未だに抜けていないのか、料理を一つ一つ分解してしまう。
しかし……もう、人と一緒に食事をする日が来るとは思ってなかったな。
食事をしながらスミスの言葉を皮切りに、皆のこれからの事を話し始める。
「ほんで、シロの嬢ちゃん。 解放されたのはええけど、これからどうするんや?」
「え……?」
「……なんや、何も考えとらんのかいな?」
「うん……」
「フェル。 お前、保護者だろ? どうすんの?」
「決まってんだろ? シロの指輪の呪いを解きに行くのさ!」
「呪いって、解く方法とか知ってるんか?」
「知らねえ。 けど、専門家なら知ってるさ。 インスマスの街でオレサマも遊んでた訳じゃねえんだよ! ウルザルヴルン神殿の神子に会いに行く」
「ウルザルヴルン神殿?」
「ああ、ウルザルヴルン神殿……」
「いったいどこにあるんだ?」
「そんな事、オレサマが知るかよ! バカかオメェはよ!」
「本当にお前、めちゃくちゃだな!」
「……今、調べてみたんやけど、アスガルド皇国にあるみたいやなぁ……」
「オメェ、便利なモン持ってんな?」
「ああ、デバイスか? せやな、お嬢ちゃんにも必要になるかぁ……明日までにデバイスとクリスタルを用意したるわ。 あと、旅費も少しなら融通してやれるから、そのデバイスで使える様にしとくわな」
「オメェ、良い奴だな? まだ会ったばかりの世間知らずの女の子だぜ?」
「借りた恩義は返せる時に返すっちゅうのが、俺の流儀ってもんや。 フェルさんがクロの旦那連れて来んかったら、俺も助からんかったやろ!?」
「うはははは! そうだ! オレサマのおかげだぜ! もっと敬え!」
「一々偉そうだな、お前……」
「おう、そう言うクロはどうすんだ?」
「僕は……また旅に出るよ」
「クロの旦那は自由やでな、かっけーわ!」
「クロちゃんはたび……」
「スミスは仕事の報告?」
「クロの旦那……俺の仕事覚えとったんでっか……職業柄、忘れとって欲しかったんやけど、まあ旦那ならええわ。 俺は仕事で至急帝都に戻らなアカンねや。 明日には経つから、皆とはそこでお別れやわ」
「お別れ……」
「シロ?」
「ううん、なんでもない!」
「シロの嬢ちゃん、心配せんでええわ。 デバイスに俺の連絡先入れておくから、困ったらいつでも頼ってええんやで!」
「うん……」
「良かったな、シロ」
「う、うん!」
この時……僕はわかっていたんだ……シロが頼りたかったのは、本当は僕だって事を。 でも、僕は駄目なんだ。 人を頼るのも、人に頼られるのも……もう勘弁して欲しい。
ーー僕に構わないでくれーー
シロがこの先どうなるかなんて分からないし、考えたくもない。 僕だって同じだから。
「クロの旦那! 旦那は困ってへんかも知れへんけど、気持ちだけでもお礼したいから、アドレスか番号教えてくれへんかな?」
「あ、ああ……」
ピロン♪
デバイス同士を登録すると、すぐに電子マネーが加算された。 正直なところ、日頃食い潰しているだけなので助かる。 スミスは思っていた以上に律儀で親切な奴だ。 信用するに足るかどうかは別の話だが。
とにかく、それぞれの今後が決まり、スミスが楽しい話題を提供してくれたおかげで、仮初めの馴れ合いは終了した。
ーー明日はやっと一人になれるーー
食事の後、スミスは別に宿をとっているらしく、朝には町の入口で会う約束して別れた。
僕たちも宿に戻るとすぐに、各々が眠りに就いた。
ーー人間なんて嫌いだーー
それは変わらない。
ーーなのにこの心のモヤモヤはなんだって言うんだろうーー
明日には僕は一人だ。 きっとこのモヤモヤも消えていることだろう。 本当に嫌な気分だ、早く消えてくれ!
ーー人と関わるとろくなことがないーー
……
……ちゃん
……クロちゃん
「クロちゃん?」
「ん……ごめん、もう朝?」
「ううん、起こしてごめんなさい。 私、少しクロちゃんとお話がしたくって……ダメかな?」
「……いいよ。でも、フェルが寝てるかもだから、バルコニーに出ようか」
「うん」
あ、これダメなやつ?
僕は
……でも、こんな真っ直ぐな
バルコニーは町の街灯でぼんやりと輪郭を映す程度で、あとは月明かりだよりだ。 この世界の月?は二つあって、地球のそれよりは明るい。
シロは下着の上にカーディガンを羽織っているだけだ。
ーー白いなぁーー
カーディガンから出ている彼女の身体は何もかもが真っ白だ。 まるで発光でもしているかのように神秘的な……それでいて儚くて今にも消えてしまいそうに淡い……。
「クロちゃん」
「……ん」
「助けてくれて、ありがとう」
「……うん、そんな事、気にしなくて良いよ」
「ううん、本当に感謝してるよ? 鳥さんには可哀相な事をしたかもだけど、クロちゃんやフェルの気持ちがすごく嬉しかった」
「……なら良かった」
「……私は……こんなヘンテコな身体で、ひとりで何も出来ないから、皆に迷惑かけてばっかりなの」
「……」
「研究所の先生は私がこんなだから、毎日お仕置きばかりだった。
修道院のシスターもとてもよくお世話をしてくれたけど、一言も話をしてくれなかった。 きっと私のお世話が嫌だったんだろうね。
サナトリウムに来てからはあそこに縛り付けられて、鳥さんに毎日食べられていたけど、私の身体が人の役に立つって言ってたから頑張ったんだよ?
けっきょくこんな形で迷惑かけちゃったけどね……」
「……シロ」
「でもね? 私、サナトリウムではフェルに会えたし、こうしてクロちゃんやスミスさんにも会えたから、もういっぱい幸せ貰った気がするんだ♪」
「……シロ!」
僕はたまらずシロを抱き寄せ……られない! 僕は猫だ! クソが!
やりきれない想いに潰されそうになって、僕は地団駄を踏んだ。
踏んで、踏んで、踏みまくった!
……そんな僕を見て、シロが優しく僕を抱き上げる。
「クロちゃん、明日はお別れだね……さみしくなるけど、これ以上クロちゃんに迷惑かけられないから……」
「……っ!」
ここでそれを言ったら僕は引き返せなくなる。
ここでそれを言ってしまったら、僕の気持ちは止められなくなる。
早く!
早くここから逃げ出したい!
「クロちゃん、最期にお話を聞いてくれてありがとうね! もう遅いから寝よっか!」
「う、うん……」
ーークソ! なんだこの気持ち!ーー
少し、冷たい風が吹いている。 僕の心の中に。
次の日の朝、町の入口。レンガ造りの外壁の門の前に皆が揃った。
スミスは昨日約束していたデバイスとクリスタルをシロに手渡した。 簡単に使い方をレクチャーしている。
フェルはまだ眠たそうだが、なんとか霊体の身体は見える程には回復したみたいだ。
僕は心の中のモヤモヤと戦いながら、平静を装っていた。
「ほんだら皆、元気でなぁ! またどこかで会ったら気軽に声かけてぇや! まあ、いつでも連絡してくれたら、飛んで行くさかいにな!」
「うん! スミスさんも元気で! クロちゃんも自分を大事にしてね!」
「う、うん。皆、大変だろうけど、気をつけてください!」
『オレサマなら大丈夫だ!』
スミスは町から定期的に出ている首都ミッドガルド行きのバスを利用するらしい。
シロたちはデバイスでアスガルド皇国への行き方を検索しているみたいだ。
ーーさて、僕はどこへ行こうか!ーー
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