第9話 追跡者

 皆と別れた後、僕はひとまず自分の家に戻る事にした。


 街道をひたすら歩いて一時間ほど経つだろうか? アンジェラの町は既に見えないくらいに遠ざかっていた。

 街道は時々車やトラックが走るくらいで静かだった。


 やがて道は険しい山道に入ることで勾配も強くなって、辺りも木々に覆われて薄暗くなってきた。



ーーずっと何かに跡をつけられているーー



 帝都教会の追手か何かかとも考えたが、一定の距離を保って跡をつけられている。

 そう、付かず離れず、だ。



「おい、フェル! アスガルド皇国はこっちなのか!?」


「ーーっひ!」


『あぁん? オレサマたちが行こうとしている道を先にオメェが行ってるだけだろう?』


「……。 じゃあ、先に行けば良いだろ? ほら!」



 僕は道を譲り、沿道の古い切り株で休んだ。

 しかし、二人はいつまで経っても通り過ぎようとはしない。



「フェル! いったいどう言うつもりだ!?」


『うっせ! 見て分かんねえか? 今、休憩してんだろ?』



 シロは地べたに座り込んで、持っていた水筒を啜っている。


 僕は休憩を辞めてシロの方に歩き出した。


 シロはそれを見て一瞬ビクッとしたと思ったら、遠くを見てまた水筒を啜り始めた。

 僕はシロに近付き、何も言わずに横を通り抜け、そのままもと来た道を引き返した。

 それを見たシロはまたビクッとして水筒をカバンに締まった。


 僕はスタスタと、もと来た道を進んで行った。


 懲りずに二人も跡をつけて来ているみたいだ。


 僕は少し小走りに歩いてみた。


 二人も慌てたように小走りになった。


ーーいったい何だってんだ!ーー


 小走りだった僕は、既に普通に走っている。

 合わせる様に二人も走って跡をつけてくる。


 僕は街道から外れて既に森の中のけもの道を走っている。

 二人も懲りずに跡をつけて来ているみたいだ。



ーーキリがないーー



 僕は痺れを切らしてラゴプスに変身した。 一気に森を飛び出して高度を上げた。


 ……さすがについて来られないみたいだな。

 ……一瞬シロの声がした気もするが……戻ったらもう……



ーー僕の決心が折れてしまいそうだから!ーー



 森が遠退いて行く。



 ……。



 …………。



 ……………………。



ーークソが! 僕の決心なんて、こんなに脆いのか!?ーー



 シロの事が気になって



 シロの事が気になって



 シロの事が気になり過ぎて



 あしが勝手に動き出すんだ!



 頭ではダメだって分かってる!



 心が! 身体も! そんな事はどうでも良いって




ーー叫んぶんだ!ーー





 戻ると決めてからの僕は迷いなんて無かった。



 真っ直ぐに。



 ひたすら真っ直ぐに!



 疾く。



 もっと疾く!




ーーシロに会いたい!ーー




「嫌ぁっ!」


『シロを離せ!! ボケナスがっ!!』


 森の中から二人の声が聴こえる。 何かあったんだ!



「シローーーーッ!!」



 もう迷わない!


 ありったけの声を!



「シローーーーッ!!」



「クロちゃん!?」


『クロッ! こっちだ!!』


 何だ、あのデカいヤツは!?


 大きなライオンの様な身体。

 蝙蝠の様な羽根。

 刺々しい尖った尻尾。

 憎たらしい人の様な顔!?



ーーマンティコア!?ーー



 シロはーーッ!?

 シロはマンティコアの前脚に頭から押さえつけられて、胴体にあの気持ち悪い顔で噛み付かれている。 服が大量の血で染まって真っ赤だ。



〘【力】が!〙



 フェルが何やら魔法か何かで攻撃しているみたいだが、全然効いてないみたいだ。 魔法が効かないのが分かると、具現化してマンティコアの脚に張り付いている。 フェルなりに必死の形相だ。



〘もっと【力】が!〙



 必死で頭を回転させて、どうすれば助けられるのか考えてみる。 今はラゴプスなので俊敏も攻撃力も期待出来ない。

 今日は一度変身しているから、もう一度しか変身出来ないだろう。 なので、猫の選択肢はない。 かと言ってアイトーンで勝てる相手かと言うと、微妙な気もする。


 勝てなければ詰みだからな。



〘もっともっと【力】が!〙



 シロは失血で意識を失っている。 死ぬことは無いにしても、このままでは飲み込まれてしまいそうだ。


 クソッ! どうする!? どうする!?


 ままよ!


 何も策なんて思いつかない僕は、マンティコアの顔の前に降り立った。

 マンティコアはシロに噛みついたまま、僕を睨みつけてくる。



〘せめてこの子を守れるだけの【力】が欲しい!!〙



「クロ! 何突っ立ってやがる! 喰われっぞ!」


「シロを喰う前に僕を喰え!」


「クロ!? 正気か!?」


「フェルうっせ! おいこら! このパッツン頭のキモいオッサン! 僕を喰えって言ってんだろ!」


 マンティコアの前髪は、綺麗に切り揃えられてパッツンなのだ。 よく見ると首輪まで付けているが、誰かに飼われているのか?


 マンティコアはマンイーターの異名を持つモンスターで、人を好んで食べると言うが……。 ラゴプスじゃダメなのか!?


「クソが! オッサン、シロを離さないならこうしてやる!」


「ぬぉ!」


 僕はマンティコアの目を狙って嘴を刺す!

 刺す!

 刺す!

 マンティコアは咄嗟にシロを離して避けた。


ーー速い!ーー


 僕はシロとマンティコアの間に立って翼を広げた。


「鳥如きが人の言葉を操り、無謀にも我が前に立ちはだかるとは小癪だな。 まあ良い、喰えと言うなら喰ってやる! 大人しくしてろ!」


「キモい顔で喋るなよ、オッサン! 早く喰えっつってんだろ!?」


「貴様! 噛まずに飲み込んでやる! 我の腹の中で苦しみ藻掻いて死んで逝くが良い!」


「望むところだ!」


「おい、クロッ!?」


 一瞬だった。


 ヤツの言う通り僕は丸呑みにされた様だ。

 腹の中はシロの肉や血で満たされている。 暗くて見える訳ではないが、口の中に血の味がする。クソッ、ぶち殺してやる!


 僕は口だけを猫に変形させてヤツの胃袋に噛みついてやった! アダマンタイト合金製の牙を容赦なく突き立てた! 

 めちゃくちゃ腹が立っているので、この【クリムゾンレッドの世界】をギッタギタに食い千切ってやる。 クッソ不味いが、僕はソレを飲み込むと意識を集中させる。


 僕の魔力が足りるのか……足りなければそのまま意識を失って詰みかも知れない。


ーーでも、これしかない!ーー


 魔力がグングンに持って行かれる! 身体が変形し始めた!


ーー行ける!ーー


 次の瞬間、マンティコアは身体の内側から四分五裂にぜた。


 フェルは魔力切れで身体が薄くなっている。

 シロは……見るも無残な姿になってしまった。本当に元に戻るのだろうか?

 僕はマンティコアの身体のまま、魔力切れで意識が飛びそうになるのを必死に堪えている。


 また、シロを狙って魔物が来るかも知れない。 その時は僕が守ってあげなきゃ……ああ……そうだ、守ってあげたい。 僕はシロのそばに居て、守ってあげたいんだ!


 それにしても……何故かこの指輪の嵌められた手は食べないようだ。 左腕は丸々残っている。 フェルが言ってた様に、本当に呪われているんだな。


 ダメだ……意識が……。




 意識を失って、どれくらい経ったのか……。 辺りは既に真っ暗だ。木々の隙間から月明かりが差し込む程度の視界しかない。



ーーシロは!?ーー



『よお、オメェ、クロだろ』


「フェル……シロは?」


『やっぱりクロだな。 シロならそこの木の洞に隠した。 オレサマはまた魔力切れだ、もう役に立たん』


「あ、そうか……僕は今マンティコアなのか。 ……シロが起きたら怖がるだろうな」



 ……変身するか? しかしこの状況でマンティコアクラスの魔物が来たら勝ち目がないかも知れない。 まだ朦朧としているし、ダメだな……このままシロの回復を待とう。

 僕はシロの居る木の洞を塞ぐ様に横になった。 シロ……。




「……また迷惑かけちゃった……」


「私……やっぱり皆に迷惑かけてばっかりだね……」


「このままだとクロちゃん、どこにも行けないよね……」


「私さえ……居なければ……」


「みんな、自由になれるよね?」




 ……シロの声が聞こえた気がした。 もう気がついたのかな?


「シロ?」


「シロッ!?」


「え? フェルは? どこだ!?」


 気がついたら、木の洞にシロは居なかった。 フェルは見えないだけなのか、居ないのか分からない。


ーーそんなっ!ーー



 て言うか、これは【クリムゾンレッドの呪い】なのか?


『僕にとって大切な人を見つけると、その人を失うことになる』


 きっとこの仮説は確定事項だ。 A君も、お父さんも、お母さんも、ギルメンのみんなも……大切だと思った人たちが僕の前から消えてゆく。


ーーけど!ーー


 シロは不死身だ!ここに居ないだけで死んだ訳じゃない!


ーーまだだ!ーー


 シロを見つける! なんとしても! なんとしても!


ーー絶対にだ!ーー


 僕は迷わずスミスに連絡をとった。


「もしもし? ですか?」


[クロの旦那? こんな時間に何かあったんか?]


「はい、あ、いえ……朝早くにすみません!」


[シロの嬢ちゃんに何かあったんか?]


「マンティコアに襲われて、多分まだ全快してないと思うんですが、居なくなったんです」


[ちょっ!? ちょっと待ちぃや、クロの旦那! 一体全体、今どこにおるんでっか?]


「はい、街道から外れた森の中です。 全部僕が悪いんです! 僕が……」


[誰が悪いとかそんなんええねん! マンティコアなんてそんな物騒な魔物、そんな街道近くにおる筈無いんや!]


「そうなんですか? まあ、マンティコアは何とかなったんですが、シロを見失ってしまって……」


[ちょちょちょ、ちょいっ! 旦那! 何とかなったってまさか、倒したとか言うんでっか?]


「え? あ、はい。 そんな事よりシロが……」


[旦那……いや、シロの嬢ちゃんなら連絡先送りまっさかい、一度連絡とってみてんか]


、ありがとうございます!」



 僕はスミスと少し距離をとった。 これは保険だ、彼の無事を祈るしかない。


 僕はすぐにスミスから送って貰った連絡先へ電話をかけた。



[はいシロですが、スミスさんですか?]


[……シロ……]


[えっ!?……クロ……ちゃん?]


[ああ……スミスさんから連絡先、教えて貰ったんだ。 迷惑だったら……ごめん]


[ううん、びっくりしただけだよ]


[……どうしてっ……何も言わずに……あ、ごめん。 シロの勝手だよね……どこに行ったって……僕なんかに一々行き先とか、言う必要なんて……ないよね]


 どんな言葉を使えば正解なのか、混乱して分からない。 何を喋ってるのかも、訳が分からなくなってくる。


ーー僕のコミュ力はゼロだーー


 きっとシロにだって嫌われているのかも知れない。

 シロが僕を必要だと思っているかもとか、勝手に妄想していた僕は本当にキモい。


[クロちゃん?]


「ん……」


[突然居なくなって、私の方こそごめんなさい!]


「そ、そんなこと……僕になんか……」


[ううん! 私、またクロちゃんに助けて貰ったのに、お礼も言ってないもん!]


「いいよ、そんなこと……」


[良くない! 私、クロちゃんと一緒に居ると甘えちゃって、ダメダメになっちゃうんだよ!

そして、また迷惑ばっかりかけちゃうから、黙って行っちゃったの……ほんとにごめんなさい!]


 僕はシロに嫌われた訳じゃない? また、一緒に居ても大丈夫なのかな?

 僕のクリムゾンレッドの呪いや彼女自身の呪いも……きっと問題は山積みなんだろうと思う。



「また……会えるかな? 僕は……君と会っても大丈夫かな?」


[私っ! 私はクロちゃんに会いたい!


 会いたいよ、クロちゃんに!


 私の方こそ、クロちゃんに会っても、一緒に居ても……良いの?


 良いのかな?


 こんな私だけど!?


 良いのかな?


 ……また、迷惑かけちゃうよ?]


「……僕で良ければ……良いも悪いもない。 迷惑だっていくらでも引き受けてやるさ」


「クロちゃん!」


「え? シロ?」



ーー今度はきっと大丈夫だよね?ーー



『オメェら、バッカじゃねえの? 面倒くせぇ、一緒に居たけりゃ居りゃあ良いんじゃんよ?』




ーーああ、知ってる。 人間てのはバカで至極面倒くさいーー

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