後編

 ***



 聖女様。死ぬのは通り魔に刺されたとき以来ですね。痛かったですか? そうでしょうね。


 聖女様。きっとあの世でも納得がいっていないでしょうね。


 お前はそういう人間だからな。


 前世でだれからも虐げられていたお前は、生まれ変わっても被害妄想が激しくて、ほとほと嫌気が差したよ。


 たしかに前世のお前は「かわいそう」だ。


 親には疎まれ、学校では臭いものとして扱われて。


 でもだからって彼女を虐げていい理由にはならない。


 彼女は俺にとって大切な幼馴染だったんだ。


 でもまあ、お前には大切なものなんてなさそうだしな。


 あるとすればその、妙に高いプライドくらいだろ?


 だから、まあ、前世から俺はお前が嫌いだった。


 俺も、お前も、彼女も、似たような家庭環境、劣悪な家で育ったのに、こうも違うように育つんだから、人間ってのは不思議だな。


 彼女はだれからも思いやられていなかったのに、だれかを思いやることを知っていた。


 お前はそこにつけ込んで、彼女と「友達」だなんて言って、自分が虐げられていたぶんの仕返しでもするみたいに、彼女を虐げていた。


 だから、俺はお前が嫌いだ。


 けれども神様ってまったく公平じゃないんだな。


 俺も、お前も、彼女も、通り魔に刺されて死んじまったってのに、閻魔様も出てこないで自称神様に異世界へと生まれ変わらされた。


 ――「かわいそうな死にかたをしたから」。


 神様ってのは嫌になるくらい傲慢らしい。


 けれどもまあ、生まれ変わるにあたってひとつだけ願いを叶えてくれる――「転生特典」だっけ?――を実際にくれたのは、感謝してやってもいい。


 お前は「だれからも愛される魔法」を望んだ。


 彼女は「前世の記憶をすべて消すこと」を望んだ。


 俺は――「彼女のそばへ生まれ変わること」を望んだ。


 そしてそれはその通り、叶えられた。


 異世界で再会したお前は、老若男女だれもかれもを虜にしていて、それはそれはだらしない顔をしていたよ。


 別にまあそれはどうだっていいことだ。


 問題は、この世界でもお前は彼女を虐げたことだ。


 お前はつくづくカス女だよ。


 バカは死んでも治らないと聞くが、性根が腐ったところもそうらしいな。


 家に帰る場所もない、前世の記憶もない彼女を、いいように使って、使いつぶすつもりで嫌がらせばかりして。


 俺がお前を、何度殺したいと思ったことか。


 けれども同じくらいは俺は俺自身をもどうにかしたかったよ。


 俺の願いは叶えられたけれども、彼女は貴族令嬢、俺はその領民という立場で、面識はあっても親しい間柄じゃなかった。


 彼女が聖女代行に選ばれたと聞いて、必死になって神殿騎士になれば、お前が彼女を虐げていた。


 けれど、俺は無力だった。


 俺もお前も平民出だが、その権力には天と地ほどの差があった。


 俺が下手なことをすれば、お前はいつだって俺の未来を滅茶苦茶にできる。


 彼女の未来も。


 だから俺はずっと機会を窺っていたんだ。


 するとお前は「だれからも愛される魔法」を本当にだれかれ構わず使い始めた。


 彼女の幼馴染の貴族令息や、義弟、婚約者では飽き足らず、王族をも軒並み虜にして――それから竜王だの魔王だのまで。


 俺はこれを利用できると踏んだ。


 お前は、俺がお前になびかなくて随分とご立腹だったな。


 「だれからも愛される魔法」は転生者には効かないって神様からの話は聞いていたか?


 けれどお前は自分なら俺を籠絡できると自信満々ときた。


 本当に今すぐその首を絞めて殺してやりたいと何度思ったことか。


 挙句の果てに彼女と俺の関係を邪推して、嘘ばかりでっちあげておおごとにして、彼女を追いやった。


 俺は自分を褒めてやりたいよ。


 今この場で刺し違えてでもお前を殺したとて、彼女は自由にも幸せにもなれない。


 そう思って俺はお前の「だれからも愛される魔法」と、お前の性格を利用した。


 お前はつくづくバカな女だよ。


 俺が急にお前に媚び売り出すなんて、おかしいだろ。


 お前のお取り巻きも警戒してただろ?


 でもお前は鼻の下を伸ばして有頂天。


 バカヅラ晒して大喜びだ。


 おまけに俺がお前のお気に入りのお取り巻きの男どもに嫉妬している素振りを見せれば、つけ上がって。


 お前、お取り巻きの男どもがお前をどんな目で見てたか、最期まで気づかなかったみたいだな。


 俺にはよくわかったよ。


 俺の親父もさあ、ああいう目でお袋を見ていたからな。


 だから俺は仕上げに毒を融通してやったのさ。


「天国で結ばれる恋はきっと素敵ですね」――なんて言って。


 あとはまあ、お前も知っての通りの結末だ。


 お前はお取り巻きたちとのお茶会だって大喜びでやってきて、それから毒入りの紅茶を飲まされた。


 のたうち回って、長く苦しむお前を見るのは爽快だったよ。


 他のやつらはほとんど即死だったってのに、お前だけ長いこと生きていてさ。


 もしかしたら体が丈夫なのも「転生特典」ってやつだったのかもな。


 まあ今となっちゃどうでもいいが。


 そのあとは大騒ぎだ。


 お前の「だれからも愛される魔法」は全部解けて、残ったのは有力子弟の死体がたくさん。


 お前は稀代の悪女として名を残すどころか、歴史から存在を抹消されることになりそうだ。


 しかし「だれからも愛される魔法」ってのは嘘だったな。


 最終的には「だれからも憎まれる魔法」なんだから、もし自称神様に出会ったら詐欺で訴えてもいいと思うぞ。


 お前に二度目があるのかは知らないが。


 お前がいなくなってそれから、彼女が聖女になることが決まった。


 元から仕事のほとんどは彼女が担っていたわけだから、困ることはないだろう。


 俺は彼女のそばにいて、今度こそ彼女を守る。


 二度とお前に会わないことを願って、言っておくよ。


 さよなら聖女様。


 これで本当にお別れだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

さよなら聖女様 やなぎ怜 @8nagi_0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ