第044話 混迷する会談(5)
閣3:「いくつか質問よろしいですかな。」
この人は、えっと、この人も名前が出てこない。
僕はとっさに反応できずにいた。
おじさんは質問を始めた。
閣3:「田中さんは宇宙人の指示を伝えるメッセンジャーのような役割という理解でよいのでしょうか。」
「その辺があいまいで…なんというか、失礼な言い方だが、我々選挙で国民の負託を受けて動いている政治家が雁首をそろえて女子高校生の指示を聞かされているという印象なんですが。」
「その気になれば、田中さんは宇宙人の力で我々を支配して足元にひれ伏させることもできるのですよね。恐ろしいことだ。」
「そうであれば、我々は、我々を選出してくれた有権者に対し申し訳が立ちません。」
確かに、このおっさんの言うことは筋が通っている。
ただの「女子高校生」が政府にあれこれ指示して世界を動かそうとしているってことだから、よくよく考えればすごい話だ。
僕は選挙で選ばれたわけではないし、何の権威も権力も持っていない。
正当な権限なぞ全くないにもかかわらず、ただただ宇宙人から謎の力を授かっているというだけの理由で、一人の女子高校生の判断に逆らえない。
でもね、目的はあくまでも地球人保護。
SF映画でよくあるような「強大な力を持った宇宙人が地球人の支配をたくらむ」ではない。
行きがかりとはいえ、地球人の未来が僕の手に託されちゃったんだよ。
僕はあんまし深く考えないようにしていたけれど、銀河中心体のこの「支配ではなく保護」という意図は、本当は恐ろしいものだったりするのだろうか。
地球人から見ると、いくら保護といっても、正面切って「支配する」と言わないだけで実質的に支配されているように感じても当然だ。
保護と支配の違いってなんだろうか、漠然と考えていた時、その答えは向こうからやってきた。
閣3:「だいたいだね、支配じゃなく保護って言うけどね、支配していないものは保護できないんだよ。」
「つまり、宇宙人の…カーゲラリ氏の…言いたいことは、こうだ。」
「地球人の支配はとっくに完了しているから目的ではない。」
「支配している前提で、保護したい、ってくらいの意味だな。」
僕:{あおい、このおじさんの解釈で間違いないのかい。}
お:{彼の言うことは概ね正確です。支配しなければ保護しようがありませんから。}
ガーン!
さすがプロの政治家さん、と言うことなのか。
僕は甘ちゃんってことか。
お:{しかし、彼は肝心な部分の理解が足りません。}
{銀河中心体の目的は未開文明である地球人の保護です。}
{支配することは簡単ですが、それは目的ではないのです。}
{このような誤解はファースト・コンタクトでは常に生じることです。}
{銀河中心体の意図については、この場にいる誰よりもひまりさんが最も正確に理解しています。}
うん、分かった。僕、頑張るよ。
僕はあおいの補足に力を得て、さらに続けることにした。
僕:「いいえ、それは途中まで正しい理解ですが、最後が違います。」
「人間が野生動物を保護する、といった状況を考えてください。」
「人間はその気になれば特定の野生動物を容易に絶滅させることができます。」
「実際、過去に人間が絶滅に追いやった動物種が多数存在しているでしょう。」
「そういう意味では、いかなる野生動物であれ、人間の支配下にあるといえます。」
「でも、野生動物を保護するときに野生動物を支配するなんて言いませんよね。」
「銀河中心体から見れば地球人は未開文明人です。保護されるべき野生動物です。」
「絶滅しそうな野生動物がいたら、人間は絶滅しないよう、手を差し伸べますよね。」
「地球人が今まさにそんな絶滅の瀬戸際に立っているんです。」
「銀河中心体の保護下で絶滅を回避する努力をするべきです。」
今度は周囲の大人たちに少しは通じただろうか。
また、ぐるりと周りを見てみる。
多少の手ごたえを感じた。
上手くい表せないけれど、空気感が少し良くなった気がする。
ここで、戸高総理が話し始めた。
総:「みなさん、有権者の負託に応えることはもちろん重要です。しかし、早ければ三十年後には地球人が滅びると分かっているのです。」
「滅びてしまえば、結局は有権者の負託に応えたことにはならない。少子化問題への対応でも、我々は全く同じ状況に陥っているでしょう。」
閣僚の何人かは、今にも言い返したそうな顔つきで聞いているが、全体の流れは明らかに変わった。
戸高総理は続けた。
総:「政治家として、覚悟を決めるときです。」
「これからやることは後世の歴史に残る偉大な業績となるはずです。」
「反対に、対応を誤れば人類の歴史が終わってしまいます。」
「銀河中心体の支援を受けることで危機を回避すべきです。」
ここで戸高総理は一息つき、周囲の反応を待った。
気まずい沈黙が続く。
数人のおじさんたちは腕組みをして明らかに不満そうな表情のままである。
しかし、はっきりとした反論は出ない。
戸高総理は、そのまま一気にまとめに入った。
総:「各省庁のみなさんは、この方向で施策の検討に入ってください。」
「それから、先ほど染谷書記官が話した政府発表ですが、前倒しもあり得ます。」
「各方面への情報流出を長期間に渡って抑え続けることは不可能です。」
「それまでに各省庁の方向性を集約できるよう進めてください。」
午後1時55分。会談終了予定時刻5分前だ。ギリギリで方向性が決まった感じか。
引き続き染井秘書官が中心になって政府発表のスケジュールを相談した。
金曜日15時から、1階の記者会見室で政府発表を行うことに決まった。
そろそろ会談はお開きかな、と思ったんだけど、本当に終了予定時刻ギリギリのギリギリで若手の官僚男性が手を挙げた。
官:「いくつか質問をしてもよろしいですか。」
そうだよね、気持ちは分かるよ。聞きたいことだらけでしょう。だがちょっと待て、今日はそんな時間を取るつもりは無いのだよ。
ここで染井秘書官が割って入った。
染:「いえ、予定していた終了時刻を過ぎますのでここまでです。」
この人は頼もしい。
染:「必要ならば田中さんと連絡先を交換しておいてください。会談終了後、個別に田中さんへ質問を送っていただくようお願いします。」
土壇場で怒涛のようにスマホが差し出されてきた。連絡先交換の始まりだ。
僕:「ん、あれ?」
困った。連絡先交換ができない。スマホの故障かな。
またあおいから{リンク}が来た。
お:{電波環境の偽装を解除してください。}
僕:{えっ、電波はちゃんと入っているみたいだけれど。}
{ん…あっ、そうか。}
{展望室でも携帯が使えるよう電波環境を偽装していたんだったね。}
携帯は目の前でも電波環境は自宅のまま。
だから目の前の端末とは連絡先交換ができない。
すっかり忘れていた。
僕:{そうだったね。電波環境の偽装を解除しなきゃ。}
僕は携帯端末の偽装を解除するよう念じた。
僕:「できた。」
よかった。びっくりした。
僕:{あおい、ありがとう。助かったよ。}
僕のスマホに次々と官僚さん達の連絡先が追加されていく。
あっという間に20人ほど登録した。
最後に僕は戸高総理と染井秘書官に{連絡網}への参加をお願いした。二人とも参加を快諾してくれた。
僕は新たに{日本政府}という名前のグループを{連絡網}で作成し、僕を含む3人を登録した。
混迷を極めた会談だったが、無事に終わった。一生分の精神力を吸い取られた感じだ。
政府方針は固まり次第すぐ連絡してもらうことになった。
次回の会談の参加者は少なめを希望しておいた。またたくさん来ても困る。
全員に丁寧にあいさつを済ませると、僕は首相官邸を後にした。
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