第035話 工作員(5)
「プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プルルルルルルル、カチャ。」
総:「もしもし。」
早朝6時半なのに、ワンコールでつながった。スゲー。戸高総理スゲー。
それとも、政治家が早起きなのか、お年寄りだから早起きなのか。
僕:「もしもし、おはようございます。戸高総理のお電話で間違いないでしょうか。」
総:「はい、戸高です。」
あちらでは複数の人が会話しているようだ。ちょっと背景がざわざわと騒がしい。
僕:「昨日のお昼お邪魔しました、西新高校1年田中ひまりです。」
総:「田中ひまりさん?…ご本人ですか!」
背景の騒がしさが急に大きくなった。
ざわざわどころか「えー」とか「うぉー」とか叫んでいる。
僕:「はい、早朝から申し訳ありません。」
「緊急の要件があるのですが、いまお時間よろしいでしょうか。」
総:「早朝?」
「ああ、そうですね、もう朝か。」
「突発的な重要案件に対処するため昨日の午後から不眠不休ですよ。はは。」
ん?
何だこの反応は。徹夜でもしたのかな。
なんだか疲れている感じだ。かわいそうに、総理大臣って忙しいのね。
話を聞くと、戸高総理も染井秘書官も、昨日のお昼の僕の挨拶からずっと一緒にその「突発的な重要案件」の対応を続けていて、今もまだ執務室にいるとのこと。
それどころか、他に大臣や官僚が数名その場に詰め込んで対応しているんだって。
そんなところに電話してちょっと申し訳ないけれど、今朝はこちらも緊急だから構っていられない。
総:「それで、早朝から緊急とは、どうされましたか。」
僕:「はい、実は、今朝から僕を拉致しようと外国の皆さんが自宅を取り囲んで困っているんですよ。」
僕は戸高総理に今朝の状況を簡単に説明した。
総:「なるほど、それは一大事ですね。至急対処しましょう。」
僕:「ええ、それで、お手数をお掛けして大変申し訳ないのですが、今からお願いする通り、大至急で外交ルートを動かして欲しいのですが。」
総:「外交ルート!いきなり無茶な話ですね。」
僕:「すぐ対応していただけないと、今日の会談に安心して入れないんです。」
その後、地元の支持者への根回しがどうちゃら、党本部の決裁がどうちゃら、通常は閣議決定がどうちゃら、その他もろもろなんちゃらかんちゃら無限に時間がかかりそうな会話に突入しちゃったんで、僕はあらかじめ考えておいた切り札の一つを出した。
僕:「そういうことでしたら、本日午後の会談は中止です。」
「第三国に拉致される危険な状況で会談に臨みたくはありません。」
「実のところ、宇宙人から借りた力を使えば拉致される心配はありません。」
「でも、そんな話ではないですよね。」
「何よりも僕は日本人です。一介の女子高校生です。拉致されないよう日本国として保護してください。」
総:「…」
僕:「…」
総:「そうですか。ちょっとだけ待っていてください。」
戸高総理の返事を待った。
通話をミュートにして誰かと相談しているみたいだ。
次の反応までがすごく長く感じたけれど、時計を見ると1分もかからなかった。
総:「分かりました、全て私の責任で進めましょう。外交ルートを動かしてどうなさりたいのでしょうか。このまま続けておっしゃってみてください。」
よかった、対応してくれそうだ。助かるよ。
これはずっと後になってから知ったのだけれど、この時は緊急とはいえ異例中の異例で、戸高総理が一瞬で政治生命を賭す覚悟で下した決断だったんだってさ。
そこからの話はあっという間だった。
僕と戸高総理の電話はスピーカーに出されていて、その場にいる官僚か誰かがパソコンにタイプしていて、そのまま外交ルートに出せる書式へ変換中とのことだ。
さすが官僚さんだ。トップが決断さえしちゃえば、仕事が速い。
僕は戸高総理に今朝これまでの状況と、ゆりっち提案の二段階の対応について説明した。
すぐ理解してもらえた。
最も説明を要したのはこちらの「消滅させる」「移動する」の詳細だ。
正当防衛になるから違法性はどうちゃらとか、外交官に対して攻撃するとウィーン条約がなんちゃらとか、難しそうな法律用語が並んでつい愚痴りそうになっちゃったけど、ぐっとこらえたよ。
結局、法的な適確性は目をつぶり、あくまでも「田中ひまりさんの意向をそのままお伝えしますよ」という体で各国へそのまま伝達するようにしてくれた。
午前7時前には外交ルートへの発出が全て終わった。
その後、政府の方からも可能な限りの応援を出すと約束してくれた。
一部で恩着せがましい対応を受けた気もするけれど、総合的には素晴らしい対応だったので良しとする。
僕はやっと一息ついた。密度の濃い一時間だったな。数学の中間考査より疲れたかも。
いつもより少し遅くなったけれど、朝食を食べよう。
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