第034話 工作員(4)

ゆ:「初手はやはり外交的手段がベストじゃない?」


「「「?????」」」


 みちっち、みほっち、僕、3人一斉に仰天の表情で固まった。


 その表情のまま、ゆりっちに向き直った。


 人工個体3人娘は無表情。


 ひかりはあいかわらず関心なさげな顔だ。


 ゆりっちは続ける。


ゆ:「ひまりは総理大臣と連絡先交換をすませたんでしょ。」


「戸高総理にお願いして外交ルートを使ってもらいましょう。」


「「「!!!!!」」」


ゆ:「戦争とは外交の延長である…クラウゼヴィッツの戦争論。前にも教えたよね。」


 聞いたような気がする。ゆりっちは時々こういうことを言う。


「戦争論ではこうも言っている。」


「目的を達成するために外交が達成できない力の強要を行うのが戦争。」


「それから、これはクラウゼヴィッツじゃなくて、私の考えなんだけどさ、最初から武力解決を図るのは野蛮人、逆に、最後まで武力を避け続けるのは愚か者、だと思うよ。」


 僕は丸くなった目をいつまでも戻せずに聞いていた。


 その華奢な体のどこから、そんな、おおよそ女子高校生とは思えない言説が湧いて出るんだろうか。いつもながら不思議だ。


 ゆりっちは続けた。


ゆ:「このあとすぐに戸高総理に電話して。」


「外交ルートを通じて各国に対する正式な要求を緊急に発出してもらって。」


「拉致を計画している国だけではなくて、監視だけの国の情報も伝えてね。」


「ひまりは放置でって言うけれど、監視とはいえ、ずっと自宅前に張り込まれては困るでしょう。いずれにせよ、情報の共有はとっても大事だよ。」


「拉致の意図が確実な4か国は絶対に許してはいけない。」


「総理にお願いする時は、そうね、こんなのはどうかな。」


 このとき、ゆりっちは、もしかしたら僕の見間違えだったかもしれないけれど、ほんの一瞬だけ、ものすごく悪い顔でにやりとした気がする。


ゆ:「田中ひまりに脅威を与える準備をしている国は、ただちに中止しなさい。自宅周辺の路上で監視している国は、ただちに撤収しなさい。さもなければ田中ひまりが実力で排除します。」


「脅威と判断した対象には、警告として、日本時間で本日マルキュウマルマルに、その装備の一部を消滅させます。」


僕:「ちょ、ちょっとまった~」


ゆ:「はい?」


僕:「まるきゅう…なんだって?」


ゆ:「ああ、はいはい、マルキュウマルマルね。午前9時ちょうど。こういう事態だから確実を期すため自衛隊流の時刻の言い方にしているよ。」


僕:「なるほど。」


 僕は妙に納得できた…って、んなわけないだろ。どこの自衛隊員だよ。


ゆ:「マルキュウマルマルで消滅させるのは、そうね、無くなったら絶対にすぐ分かるようなものがいいかな。」


「めちゃくちゃ恥辱的な状態にできるようなもの、何がいいかな。」


 みちっちが驚愕の表情から立ち直ってアイディアを出した。


ち:「それならば、車のフロントガラスとか、工作員の着用している防弾チョッキの防弾プレートだけとか、防弾繊維だけとかが効果的じゃないかな。」


「かつらをかぶっている工作員はかつらだけとか。」


「サングラスのガラス部分だけとか。」


 みちっち、そのセンスどこで身に着けたんだ。ただものじゃないな。


 そんな僕の心のツッコミも知らず、ゆりっちが続ける。


ゆ:「うん、それ、いいと思う。それで行こう。」


ゆ:「さらに、ヒトマルマルマルの時点でもなお脅威と判断したものについては、その場から何もかも完全に消滅させる。工作員はもちろんのこと、装備、車両、全て。」


 ヒトマルマルマル…えっと、10時ちょうどってことか。


ゆ:「まとめると、マルキュウマルマルの時点では確実に恥辱を与える、ヒトマルマルマルの時点では確実に消滅させる、こんな感じの警告メッセージを政府から外交ルートを通じて送ってもらおう。」


 このへんで僕は気になったことを確認した。


僕:「これ、あからさまに手札を切っているけれど、そこはいいのかな。」


 みちっちが応える。


ち:「最初に外交的に呼びかけた後にやるのでしょ。これならばいいと思う。」


「相手が警戒して引き下がってくれれるのが最善の結果。」


「ブラフと思って無視するかもしれないけれど、そのとき初めて手札を切って力を見せつける。」


「初手で手札を切るよりはるかにおおきな心理的ダメージを与えられる。」


「将来の相手の行動に大きな制約を与え続けることができる。」


僕:「なるほどね。」


 僕は続けた。


僕:「恥辱はいいけど消滅させちゃうのは、かわいそう。死んじゃうんだよ。」


 これにはまたゆりっちが応えた。


ゆ:「そう、命を失うよ。では工作員が死ぬ代わりに、ひまりが誘拐されて良いかな。」


「脅威を与えても報復が無いと錯覚させては絶対ダメ。それでは相手が調子に乗るから、長期的にもっと大きな危険を招く。」


「確かに、命を奪う必要はないね。だけど、そうね、最低でも相手が命の危険を感じさせる必要がある。」


ち:「それならば。」


 そこからまたみちっちが続きを引き取った。


ち:「車両ごと博多湾に沈めちゃうとかいいかもしれません。」


「水没車両からの脱出くらいできるでしょう。死なないと思いますよ。多分。」


 ゆりっちも同意する。


ゆ:「いい案だと思う。」


ゆ:「なんにせよ、やるべきことは、やるべきときに、一気にやっておく方がいい。」


ゆ:「ひまり、その時が来たら、絶対に容赦せず実行してね。」


僕:「分かった。僕が誘拐されちゃうのは絶対ナシだ。」


ゆ:「緊急なので戸高総理にはなるべく早めに電話すべきだと思う。」


 大事な部分を言い終わったのか、ゆりっちはそこで沈黙した。


 ゆりっちはやっぱり頼りになる。ゆりっちにはこのあとの補佐を頼もう。


 本当に人命がかかわって来るとなると、多分、僕は判断に迷う。


 そんな時、近くにゆりっちがいてくれたら本当に心強い。


 その後、細かな詰めの話や今後の話を簡単に済ませて早朝の緊急対応会議を終了した。


 展望室からみんなを返して部屋に戻るとまだ6時半にもなっていない。


 本当に朝飯前に終わった。

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