第032話 工作員(2)
影:{万一君の対処が間に合わなかった場合に備えて緊急保護措置の準備もしておく。}
{君が判断力を失うような状態に陥った場合に希望する対処を述べよ。}
う~ん。恐ろしいほど話が飛んじゃうな。
まあいい。これはこれで希望を言っておこう。
それで、緊急保護措置ってどんなことができるの?
{基本は緊急移動と緊急医療措置の組合せとなる。}
では、展望室へ緊急移動した上で緊急医療措置をお願いするよ。
影:{そのように設定した。}
ところで、緊急保護措置の対象に僕の家族は入っているのかな。
影:{入っていない。}
入れてよ。
影:{家族の範囲を述べよ。}
お父さん、お母さん、ひかり、人工個体3人でお願い。
影:{いいだろう。緊急保護措置の範囲に設定した。}
展望室は田中家のセーブポイントにしよう。万が一のプランを事前に練っておくことは大切だからね。
影:{防衛プランの説明は以上である。}
{次に、攻撃プランを説明する。}
{攻撃プランには2つの攻撃オプションがある。}
{いずれの攻撃オプションでも、まず攻撃対象を指定する必要がある。}
{攻撃対象として指定できる物体は、私が管理している近傍1光年以内あれば、どのような形状でも、どのようなサイズでも、どのような質量でもよい。ただし、大規模縮退物質に相当するものは対処できない。}
「大規模縮退物質」って、最初に言っていた「いて座Aスター」規模のブラックホールのことだね。
影:{攻撃オプションの一つ目は「消滅」。}
{これは、指定した攻撃対象を対消滅させる。}
{対消滅で生じた余剰エネルギーは全て回収しているが、これを回収しないことも選択できる。}
うーん、いきなり分らん。
消滅するのはいいとして、対消滅ってどうなってるの。
影:{対消滅とは、素粒子がその反粒子と結合して消滅する反応である。}
{対消滅で放出される余剰エネルギーは核反応の一千倍以上だ。}
核反応の一千倍以上って、凄まじいエネルギーだね。対消滅ヤバいな。
その余剰エネルギーを回収しないで核兵器のように爆発させたら、数十キログラムの核兵器に匹敵する威力を数十グラムの物質の対消滅で得られるのか。
これはガチでヤバいやつだ。もちろん、ただ消滅するだけでもヤバいんだけど。
こんなのどこで使えって言うの。
影:{攻撃オプションの二つ目は「移動」。}
{これは、指定した攻撃対象を指定した場所へ移動させる。}
{移動先は、私が管理している近傍1光年以内であれば瞬時に可能だ。}
{それ以遠の移動先の場合は事前の申請と処理に数秒~数十秒を要する。天の川銀河系で他の文明に対する重大な干渉とならない範囲で設定可能だ。}
{移動先における方位、運動ベクトルは任意に変更できる。ただし、移動速度は光速度の三分の一を上限とする。角速度についても、最速部分の移動速度が光速度の三分の一を超えない範囲を上限とする。}
なんかスケールがいちいち無駄にでかい話だな。
運動ベクトルと角速度だって?!
つい最近物理部の先輩から習った。本当は2年生とか3年生で習うやつ。
真面目に聞いておいて良かった。
えっ、お前は物理部じゃなくてSF研究部だろうって?
そうだよ。
その先輩は幽霊部員でいつもは物理部だけど、SF研に時々やってくるだけ。この話はまたいつかしよう。
それで、ベクトルは大きさと向きを持った量、x方向とy方向の成分に分解できる。
角速度は回転する速さで、単位時間に進む角度で表す。
こんな感じだ。あとで教科書を見直しておこう。
影:{移動先に液体、超臨界流体、気体またはプラズマが存在する場合、あらかじめゆるやかに押し退けた上で移動させる。}
今回は難しい用語がたくさん出てくるな。
液体と気体は中学校で習った。
プラズマはなんとなくわかる。炎とかオーロラみたいなやつだ。
超臨界流体ってなんだ。
影:{超臨界流体とは、温度と圧力が臨界点を超えた「超臨界」の環境下で液体と気体の両方の性質を持つ状態の流体物質だ。}
影ッちが10秒くらいの短い映像を送って来た。科学実験の教育番組みたいだ。
なんだこりゃ。頑丈そうな圧力容器の中で流体が重力に逆らって壁面を登っている。これが超臨界流体ってことか。
影:{移動先に固体が存在する場合、核融合しないように原子レベルで内部構成を調整する。移動後は移動先の固体と融合する。核融合するように調整することもできる。}
固体も中学校で習った。
形があって堅い物体だ。
つまり、堅い固体に移動させるとみっちり融合しちゃう、固体以外の柔らかい物体に移動させると押しのけて入っていく、こういう区別になるのか。
「移動」で核融合させたら核爆発するはずだ。核融合させることも、させないことも選択できるってことは、核爆発するか、しないか選択できるということだ。
固体に移動させると割と大変だ。特に生物の場合は融合しちゃうだけで死ぬよね。
そんな死に方するくらいなら一息に核爆発した方がましかもしれない。
影:{移動先に縮退物質が存在する場合、そのまま移動させ、素粒子レベルで融合させる。}
{攻撃プランの説明は以上だ。}
縮退物質ということは、移動先としてブラックホールも指定できるってことか。
移動って、使い方次第でなんだってできるんじゃないか、これは。
というより、どう考えてもやりすぎだ。オーバーキルだ。
何を移動させるにせよ、銀河の果てに移動させる必要も、ブラックホールに突っ込ませる必要も、絶対に無いでしょ。
もっとおだやかな中間的なオプションは無いのかな。
無いんだろうな。そういう面倒な所は自分で工夫しろということだね。
それよりもこれ、早く対処しないとやばいよね。
いつ工作員が僕の拉致に動き出すか分からない。
大きな騒動になったら午後の首相官邸の会談どころじゃなくなる。
なんとか午前中に片付けられないかな。
ていうか、僕、午前中は土曜授業なんですけど。
土曜授業はちゃんと出て、それが終わってからダッシュで会談に向かえばギリギリ間に合う予定だったんだ。
この様子じゃサボるしかないな。
僕:「はぁ。」
どう考えても僕一人の対処能力を超えている。誰かの手助けが必要だ。
ひかりは起きたかな。今日は学校もないし、まだ寝てるかな。
あおい、あかり、あんなの3人がいつも間にやら私の周りに集まっていた。
僕:「3人とも、もしかして今の影ッちとの{リンク}は聞いていたのかな?」
「「「はい。」」」
あ~、やっぱりね。そりゃそうだ。
3人とも影ッちと「全感覚記述」で常時接続状態になっている影ッちの分身だ。
この3人は頼りになる。だけど、事態が事態だからもう少し相談できる人が欲しい。
そうだ。
まさにこんなときのために{仕事人}を勧誘していたんだった。
早朝で申し訳ないけれど{仕事人}グループに初招集を掛けよう。
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