第030話 首相官邸総理執務室

 影ッちとのファースト・コンタクトから1週間が過ぎ、また金曜日がやって来た。


 ここ数日、僕は首相官邸を遠隔監視していた。


 内閣総理大臣へご挨拶するための予備調査だ。


 その結果、首相官邸にお邪魔するならばお昼時にしようと決めた。会食が入っていたら無理だけれど、総理が秘書と執務室でお弁当を食べているときは狙い目だからだ。弁当を食べ終わるくらいがベストタイミングかな。


 今、学校が第1昼休みに入ったばかり。僕は部室経由で展望室へ移動した。


 これは影ッちのファースト・コンタクトにならった演出だ。部室から出てくるよりも展望室から出てきた方がそれっぽい。それに、こうした方が先進技術を秘匿できる。


 空間プラグとか時空間遮断膜とかの先進技術は当面は使用場面と使用方法をできるだけ秘匿しておくことにしている。知られていない方が動き易そうだからだ。いずれ知れ渡るだろうけれど、ギリギリまで秘匿する。


 学校で展望室に上がりたいときは、わざわざ部室に来て誰も見ていない隙にさっと空間プラグを開き、さっと閉じている。


 僕は展望室のソファーでお弁当を食べながら総理執務室の遠隔監視を始めた。


 戸高孝頼総理もお弁当を食べていた。


 私は手作り弁当、戸高総理は豪華幕ノ内弁当だ。


 多忙な総理が平日のお昼に執務室で誰とも面会せず、染井秘書官と打合せしながらお弁当を食べている。ご挨拶に行くにはいい状況だ。


 食べ始めから15分ほど経過した。


 染井好子秘書官は少し前からお手洗いに出ていたが、今、戻ってきた。


 戸高総理がちょうど最後の白ご飯一かけらを口に詰め込んだ瞬間、総理執務室に空間プラグを開き、展望室と一緒に時空間遮断膜で囲んだ。


 時計は12時10分を指していた。


 戸高総理のデスクの眼前にいきなり空間プラグを開いたため、インパクトは大きいだろう。僕は背中に小さな星を2つ背負ったみょうちくりんな白色半袖セーラーの制服姿(夏服)で総理執務室に飛び込んだ。


 僕は記念すべき第一声を発した。


 「戸高総理、染井秘書官、こんにちは、食事中に突然お邪魔して本当に申し訳ありません。驚かれるのも無理はありませんが、決して怪しいものではありませんので、ちょっとだけお話しをお聴きください。」


 知ってるよ。こんなの怪しさ100%だよね。驚かないのも怪しまないのも無理。


 戸高総理は弁当をもぐもぐ咀嚼しつつも、体全体はフリーズしていた。


 同席していた染井秘書官は場違いな女子高生に面食らっている。ちょうど、どこかに電話を掛ける途中だったけれど、時空間遮断膜を展開しているので電話は繋がらない。


 電話がダメだと知った染井秘書官は電話をポケットに戻してドアに歩み寄った。


 しかし、ドアはびくとも動かない。ドアノブすら回せない。染井秘書官の顔色が少し青ざめて見えた。


 戸高総理はというと、相変わらず咀嚼する口元だけもぐもぐしつつ、身体の他の部分は全部フリーズしたままだ。政界で「若手」と言われているけれど、市井の基準では初老を越えているからこんなものか。


 二人には長い時間に感じただろうが、時間にしてせいぜい数十秒のにらめっこだった。


 口に含んだ弁当を飲み込み終えた戸高総理は、やっと声を発した。


「えっと、どちらさんですか。」


「はじめまして、僕は福岡県立西新高校1年生、田中ひまりです。」


「地球人の文明をはるかに超越した知的生命体「銀河中心体」から地球人保護を依頼されてきました、少しだけお話ししたいんですが、よろしいでしょうか。」


 よろしいも何も、有無を言わせる気は毛頭ないけれど、表面的には丁寧にしておかないとね。


 ドアを開けようと頑張っていた秘書官さんも、ドアが開かないと観念したようだ。尋常ならざることが起こっていることは理解できたのか、僕に向き直り話を聞いている。


「僕は見かけ通りの女子高校生です。銀河中心体は一般に宇宙人とか異星人とか呼ばれているものに該当しています。」


「中断が入らないよう、念のため、総理執務室の周囲に時空間遮断膜を展開して外部と遮断しています。電話連絡はもちろん、人間の出入りもできません。」


「色々と勝手にやってごめんなさい。」


 二人ともまだ状況を飲み込めていまい、当然だ。


 このままだと無駄に無言のにらめっこが続いて昼休みが終わってしまいそうなので次の手に出る。


「いろいろ信じていただくために、ちょっとだけ移動していただけませんか。」


 僕は空間プラグを指さした。たった今、僕が通ってきた穴だ。二人の目の前で開いたままにしてある。


「分かりました、この開けたところから入ればいいんですね。」


「はい、お願いします。不安でしたら、すぐに中に入らずとも、しばらく近くからのぞき込むだけでも構いませんよ。」


「土足厳禁ですので、入る前に靴は脱いでください。入ったらスリッパを用意してあります。」


 戸高総理はすぐに歩み寄ると躊躇なく空間プラグをくぐり、続いて秘書官を手招きした。さすがは日本国の代表、肝が据わっている。


 秘書官もすぐ後を追ってくぐった。


 くぐった先はもちろん、日本上空3万6千キロメートルに用意した展望室だ。


 二人に続いて僕も空間プラグをくぐった。展望窓から星空、地球、日本列島。


 その風景を確認した戸高総理は顔色一つ変えず話しかけて来た。


「ここは、静止軌道上ですかね。」


「そうです。ファースト・コンタクトのため、日本国上空の…厳密には赤道上空ですが…静止軌道に設置している展望室です。」


 展望室に入ってからすぐ染井秘書官はスマホでパシャパシャ写真を撮り始めていた。すごい枚数の撮影を続けている。


 戸高総理は続けた。


「なるほど、確かに、あなたは宇宙人のようですね。日本人の女子高校生くらいにしか見えませんが。」


「いえいえ、ですから、僕は宇宙人に仕事を頼まれているだけで、本当に現役の女子高校生です。今日はご挨拶だけしに来ました。お忙しいと思いますので、もう引き上げます。」


「え?!…そ、そうですか。」


「後日、改めて会談の場を設けていただけませんか。1時間の会談を希望します。」


 戸高総理は染井秘書官とスマホを見ながらしばし相談してから僕に向き直り、淡々と回答した。


「では、明日、今日と同じくらいの時間、そうですね、13時ちょうどから、場所はまたこの総理執務室で、1時間の会談、ということでどうでしょうか。」


「ありがとうございます。それで結構です。」


「あなたは、えっと、田中さんでしたっけ。」


「はい、田中ひまりです。よろしくお願いいたします。」


「田中ひまりさん、ですね。明日までに何かご用意しておくものがあればおっしゃってください。」


「明日は特に何もご用意いただかなくとも構いません。いきなり僕を拘束しようとか考えていなければ、それでいいです。試みても無駄ですけどね。」


「危害を加えるつもりはありませんよ。安全は保障します。」


「ところで、明日の会談の目的は何ですか。」


「明日の目的は、状況説明が主です。」


「一度の会談では全てを飲み込めないと思いますので。」


「そうですか、分かりました。」


「あの、最後に連絡先の交換をお願いしてもいいですか。」


 僕は二人のスマホと連絡先の交換を済ませた。


 スゲーぞ、いま僕のスマホには日本国総理大臣の連絡先が入ってる。


「じゃ、今日のところは、これで終わります。ありがとうございました。」


「ごていねいにどうも。ではまた明日、13時に、お待ちしています。」


「改めまして、突然のご訪問で大変ご迷惑をおかけしました。では、また明日よろしくお願いいたします。」


 二人を総理執務室に戻した。日本人が大好きな例のペコペコ会釈を済ませてから、僕はにこやかに総理執務室の空間プラグを閉じ、時空間遮断膜を解除した。


 僕の初仕事、首相官邸総理執務室への訪問は無事に終わった。全部で5分間くらいか。


 何が凄いかって、その淡白さ、物わかりの良さだ。物わかりが良すぎる。


 ん、待てよ。これって、影ッちの日本語業務日誌の感想と全く同じじゃないか。


 影ッちの気持ちがちょっとだけ分かった気がする。


 その時まだ僕は知らなかったんだよ。戸高総理って、実は海外SFドラマをよく見ていて、僕に負けず劣らずのSF知識を持っていたって。


 僕がもっとよく観察していたら戸高総理の書棚に並んでいたスターゲイトSG1シリーズDVD全巻の存在に気づいたかもしれないね。この話の続きは別の機会に。


 おかげで、僕の昼休みはまだ十分くらい残っているよ。すぐ学校に戻れば自席でちょっとうたた寝するぐらいできるかな。

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