第029話 進路と契約と報酬と

「お姉ちゃん、学校なんてばかばかしくないの。」


「もう学校は辞めて一生遊び暮らしてもいいんじゃない。」


「えええっ?」


 夕食後のリビングでひかりが唐突に言った。


 キッチンで食器の片付けをしていたお母さんも聞き耳を立て出したみたいだ。


「また唐突だね。なんでそうなるかな。」


「だって、宇宙人の技術を使えば簡単に稼いで食っていけるでしょ。」


「一人で世界征服できるくらいなんだから、学校で勉強する必要も、まともに働く必要も、ないよね。」


 これはあかんやつや。


 面倒だけど、ここは姉としてしっかり話をしておくべきだな。


「それは、ダメ。契約で能力の目的外使用は禁止になってるから。」


「家族会議で説明したでしょ。」


「お父さんとお母さんとも約束してるからね。学校はちゃんと行く、って。」


「へぇ~、そうなんだ、お父さんとお母さんの約束を守っているんだ。」


「じゃあ、危険なことはしない、って約束も守っているんだ。」


 うっ、痛いところを。


 お母さんも、チラッ、とだけ見て、聞こえなかったふりするのやめてくれ。


 福岡タワーの事は両親に話してないから、ちょっと後ろめたい。


 いや、でも、約束通り、危険なことはやっていないからセーフだよね。


 突っ込まれるとやばいかもしれないけれど、安全な範囲だったはず。


 話をそらそう。


「そもそも、人類の文明社会が消滅したらどんなに財産があっても意味ないよ。」


「じゃあ、人類を救う仕事はちゃんとやればいいじゃない。その上で時々お小遣い稼ぎするんだったらいいでしょ。」


「だから、それは目的外使用でダメなんだってば。」


「ちょっとくらいなら、いいんじゃないの。」


「ちょっとだからいいとか、そんな話じゃないよ。業務に必要な範囲で使うけど、無関係のお小遣い稼ぎには使わないよ。」


「ちょっといいですか、ひかり。」


 ここであおいが会話に参加して来た。


 助かった。あとはあおいに説明をまかせてしまおう。


「先進技術を使ってお金を稼ぐとして、ひかりはどうやって稼ぎますか。」


「んとね、お母さんが喜びそうなブランド物のバッグとか、大量にコピーして売りさばくよ。」


「少しはお母さんにプレゼントしてあげる。お母さん大喜びするよ。親孝行だよ。」


 キッチンで聞き耳を立てていたお母さんが一瞬フリーズした。


「それは非効率的ですね。お金が欲しいのでしたら、紙幣や貨幣そのものを製造した方が効率的ではないですか。」


 あれれ、このままあおいに説明させても大丈夫なやつかな。


「なるほど!」


「でも、コピーってばれないかな。お金の偽造って重罪らしいよ。」


「コピーではありません。製造です。」


「仮にコピーだとしても完全複製します。どう調べても本物と認定されます。」


 いや、そうじゃないよ、あおい。そうじゃない。


 これは、ちょっとヤバいかな。


 もうしばらく様子を見るか。


「紙幣には通し番号があるんだ。同じ番号が見つかったらばれるよ。」


「あ、そうか、分かった。通し番号のあるお札じゃなくて、通し番号のない硬貨だけにすればいいのか。」


 着眼点はいいが、そう言う話じゃないぞ、ひかり。


 この手の説明をあおいに任せちゃいけないみたいだ。


 そろそろ止めよう。


「まてまて、2人とも。それは色々だめでしょ。」


「硬貨であっても通貨偽造で重罪だよ。」


「それに、ばれるとか、ばれないとか、そんな話じゃない。」


「少量であれば隠蔽可能だとしても、多量に流通させたらインフレとかになって大事件になるから。」


「そんなことしちゃだめだからね。」


「お姉ちゃん、まじめ。」


「いや、真面目とかいう話じゃないから。犯罪はだめでしょ。」


「犯罪にはなりません。先に法改正をします。」


「「えっ、法改正?!」」


「そうです。法改正です。」


「法改正して、田中家が通貨と貨幣の製造権を持てばよいのです。」


「コピーとか、偽造ではありませ。正規品の製造です。」


「法改正って、それこそ通貨偽造よりずっと難しいと思うけど。」


「国家の中枢を押さえれば容易です。」


「それはクーデターってことかな。」


「成功したクーデターは、もはやクーデターではありませんよ。」


「さらにまずいよ。」


「お金を稼ぐ話だったのに、なぜクーデターなっちゃうんだ。」


 ここであんなが一言だけ参加した。


「お金はおっかね~!」


 これは滑るどころか誰も聞いていない。ちょっとかわいそうな気もする。


「プッ、ハハッ!」


 ひかりだけは面白かったようだ。


「とにかく、地球人保護に使う力なの。」


「さっさと世界を救ってしまって、ゆっくりお金稼いじゃえば?」


「さっさとできれば苦労はないよ。」


「仮に、さっさと終わったとしても、契約だと世界政府樹立後にこの能力はお返しすることになっているの。」


「本当にけちね。」


「けちとかいう話じゃないでしょう。」


「それじゃあ、お姉ちゃんは報酬も無いのにただ働きしちゃうんだ。」


「報酬って、それも家族会議で話したよ。聞いてなかったのかな。」


「聞いてたよ。直接的には無報酬だって。」


「間接的な報酬が入ることになるだろうって話だったよね。」


「それって、ブラック企業のやりがい搾取と何が違うのかな。」


「ブラック企業と地球人保護業務が同レベルの訳ないでしょ。」


「そうかなぁ…」


「じゃあ、ひかりはお姉ちゃんの仕事に関わるの嫌なのかな。」


「そんなことないよ。面白そうだし、お手伝いしたい。」


「報酬が無かったらお手伝いしないのかな。」


「いや、やる。やるかな。」


「ほらね。これで納得したでしょ。」


「でもお小遣い稼ぎしたい。」


「あなたがしたいだけじゃない。」


「うううう。」


「この話はお終い。」


 それ以上は絡んでこなかった。


 納得はしていないようだけどね。

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