第026話 {仕事人}の勧誘(3)
最後のターゲットは野間高校の片岡美知さんだ。
この子は「みちっち」と呼ぼう。
昨夜から観察しているけれど、みちっちは一人になる時間が少ない。
僕と真逆だ。こんな人がいるなんて信じられない。
授業中も休み時間も常に誰かしら友達が周囲にいる。
帰宅してもリビングで家族と過ごしている。勉強もリビングでやっている。
トイレとお風呂以外で完全に一人になるのは夜になって寝るときくらいだ。
なかなか勧誘に行くタイミングが無い。
そうかといって、夜、就寝中にお邪魔するのは気が引ける。
それに、展望室にご招待する場合、太陽を背にする南中時刻に近い時間帯が理想的で、それ以外は使い難い。
なぜなら、展望室の窓は静止軌道上で常に地球側を向けてあるため、完全な逆光になるからだ。
夕方から朝方の夜間は窓の正面から太陽が差し込む。ブラインドを下すことで、朝は9時くらいからなら、昼は15時くらいまでなら、ギリギリいいかなって感じだ。
VRで見せるという手もあるが、出来れば避けたい。見る人が見れば時間的な矛盾とか不自然さとかに気付くからだ。
放課後。
SF研の部室からみちっちを遠隔監視中だ。
みちっちは校舎の外階段にいる。
みちっちを含む数人が1列になって1階から4階まで昇り降りをひたすら繰り返している。
しかも、水の入った2リットルのペットボトルを6本も詰め込んだ重たそうなリュックを背負っている。
山岳部の部活動中らしい。
階段の昇降は、かれこれ30分以上続いている。
いつまでやるんだ。
もっとも、これが終わっても部活中のみんなと一緒だから、やはり一人になるタイミングはなさそうだ。
今日はみちっちの勧誘は断念した。
勧誘の合間を縫い、首相官邸も遠隔監視で観察している。
時々チェックする程度だけれど、それでも分かる。
総理大臣って、激務なんだな、と。
入れ替わり立ち代わり誰かしらがやって来て、慌ただしく対応している。
こちらもタイミングは難しそうだ。数日は情報収集を続けよう。
帰宅後は宿題に追われて何も出来なかった。
翌日。
火曜日。
今日もまた、朝からみちっちを遠隔監視しているが、午前中はだめだった。
昼休み。
みちっちは山岳部の部室で備品の手入れをしていた。
珍しく一人。
誰も来る気配なし。
今がチャンスかな。
空間プラグを開いた。
他にいい位置が無かったため、やむを得ずみちっちの背後に開いた。
できるだけ驚かせないように控え目に声を掛けた。
「あのぉ~、すみません。」
みちっちの背中がブルッて震えた。
みちっちは恐る恐るこちらを振り返るなり、山道で野性の熊か猪と出くわした見たいに声を上げた。
「うわぁ~!」
あちゃー、結局びびらせちゃったよ。
「こんにちは。驚かせてごめんなさい。」
「はい?」
「お話したいことがあるのですが、ちょっとお時間よろしいですか。」
僕は返事を待たずにずかずかと野間高校山岳部の部室へ入って行った。
「えええ~っ!」
みちっちは驚愕の表情で叫んだが気にせず続ける。ごり押しだ!
「はじめまして、西新高校1年の田中ひまりです。」
「えええええ、ええっと、えっ、あ、は、はい、どうも。」
手際よく空間プラグを展望室に切り替えた。
「えええええ、なんで、んんん?ど、どうして?!えええ~っ。」
構わず話を進めちゃおう。
展望室に入り、手招きしながら言った。
「ちょっとお話しがあるのですが、こちらに入っていただけますか。」
「大丈夫、危険はありません。」
昨日のみほっちと正反対の性格だ。
いや、これが正常な反応だな。いきなり初対面の僕にホイホイついて行くよりまともと言えるだろう。
どうしようか。長引くようなら時空間遮断膜を出して時間を止めなければ。
僕は待った。
みちっちはあたりを見渡した後、僕の目を真っすぐ見て来た。
しばし間があったが、ふと、みちっちの表情が落ち着いたかと思うと、展望室へすっと入って来た。
「どうぞ、こちらへ。」
念のため、空間プラグはすぐ閉じた。
みちっちは地球を見つめながら話始めた。
「えっと、田中さん、でしたっけ。宇宙人さんですか?」
「いいえ、違います。地球人です。」
「どういうことでしょうか。」
やっと本題に入れるな。
僕はまた、ざっとあらましを話した後、{仕事人}に勧誘してみた。
「なるほど。」
「良く分からないことがたくさんありますが、ちょっと考えさせてください。」
「分かりました。では、時間と場所を指定してください。また来ます。」
「もしくは、今、ここで時間を止めてゆっくり考えていただくこともできますよ。」
「そうですか。」
「やはり、いったん帰ってからじっくり考えてみたいので、明日の昼、同じくらいの時間にまた部室にお願いします。」
「分かりました。また明日ここに来ます。では、部室へお戻りください。」
みちっちを空間プラグで登山部の部室へ戻し、僕はSF研の部室へ戻った。
翌日の昼、みちっちは{仕事人}に入ってくれた。
これで候補者全員を勧誘できた。
今すぐ何かをするわけではないけれど、近日中に色々お願いする事になりそうな予感がしている。
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