第025話 {仕事人}の勧誘(2)
昼休み。
僕は部室でお弁当を食べながら中川美保さんを遠隔監視していた。彼女のことはこれ以降「みほっち」と呼ぶことにする。
みほっちは堅粕高校文芸部の部室でお弁当を食べながら本を読んでいた。
あれ、なんかいつもの僕と行動が似ている。
みほっちは僕の次の候補者だった子だ。
みほっちはつい昨晩「宇宙のランデヴー」を読破した。僕が「幼年期の終わり」を読み終わったのが2日前だから、ほんとうにタッチの差だ。
何かがちょっとでも違っていたら、読み終わる順番は逆になり、みほっちが{リンク}対象者になっていたかもしれない。
立ち居振る舞いは「深窓の令嬢」という表現がぴったりの物静かな美少女だ。
僕もみほっちも弁当を食べ終わった。いい頃合いだ。
空間プラグを開き、西新高校SF研の部室と堅粕高校文芸部の部室をつなげた。
みほっちの目の前に開いたので、空間プラグ越しにお互いの部室の机がピッタリくっ付いていた。
両方の机の上にはそれぞれが食べ終わった弁当の包みが置いてあり、まるで2人が一緒に食べていたかのような感じになっている。
2人は1メートルちょっとの距離で対面している。
近すぎた。
なかなかシュールな絵面だ。
もう1メートル離しておくべきだった。
目を見開いて驚いた様子のみほっちに微笑みかける。
努めて明るい感じであいさつする。
「こんにちは!」
「こ、こんにち、は?」
「ちょっとお話したいことがあるのですが、そちらに入ってもいいですか。」
いきなりこんな大穴を開けておきながら「入ってもいいですか」もくそも無いと思うけど、いちおう断りを入れた。
「ど、どうぞ。手狭な部室ですが。」
どうしよう、机が邪魔だ。かと言って、空間プラグを開け直すのも面倒だ。
こちらの机を脇に避けた。
「あのぉ~、通れないのでそちらの机も脇に動かしてもらえますか。」
「あ、はいはい、ごめんなさい、気が付きませんでした、どかします。」
みほっちは全く悪くないのに謝らせてしまった。
みほっちは立ち上がって机を動かしてくれた。
堅粕高校文芸部の部室に移動した。
「はじめまして、西新高校1年の田中ひまりです。」
「は、はい、はじめまして、堅粕高校1年、文芸部、中川美保です。」
「早速ですみませんが、お見せしたいものがありますので、ちょっと移動していただけませんか。」
今通ってきた空間プラグは閉じた。その同じ場所から展望室へ開き直した。
僕は先に展望室へ入ってみほっちを手招きした。
みほっちはびくびくしながらも展望室に入って来た。
素直な子だ。初対面の僕にホイホイついてきちゃった。
もう少し人を疑った方がいいんじゃないかな。
などと考えつつ、また例の内容を一通り説明した。
みほっちは目をウルウルさせながら聞き入っていた。
「あの、それで、その{仕事人}って、具体的に何をすればよいのですか。」
「私にできるのかな。」
「困ったときの相談相手とか、いろいろなお手伝いとかを想定していますが、具体的にどうなるかはまだわかりません。」
「ただ、宇宙人が選んだ候補者なので頼りになると期待しています。途中で辞めたければ辞めても問題ありません。」
「お仕事ということは、報酬とかあるのですか。」
「これといった報酬は考えていませんが、いろいろ役得があると思います。」
「例えば、今見ている景色もそうですよね。同じ景色を見たければ本当は何億円と費用がかかります。」
「なるほど。」
「ご回答に時間がかかるようでしたら、また出直します。もしくは、時間を止めることもできます。」
みほっちは一瞬顔つきを変えたかと思うと、僕に向き直って言った。
「やります。是非やらせてください。」
「お手伝い、ということであれば、やってみたいです。すごく興味あります。」
「私、誰かのサポートが好きなんです。自分でリーダーシップ取るのは苦手です。」
「ありがとう、中川さん。これからはゆりっちと呼んでいいかな。」
「えええと、うん、構いません。田中さんのことはひまりさんとお呼びします。」
「うん、これからよろしく、ゆりっち。」
「こちらこそ、お願いします、ひまりさん。」
「ところで、宇宙人の、影っちさんでしたっけ、その存在って、どんな感じでしたか。」
「やっぱりモノリスみたいな感じでしたか。」
モノリスというのは、古典的名作SF映画「2001年宇宙の旅」に登場する異星人のインターフェイスだ。ドアをちょっと大きくしたような真っ黒な板で、厚さ、幅、高さの比が、1対4対9、すなわち、最初の3つの自然数の2乗になっている。
名作映画ということで、お父さんのお勧めで一緒に観たよ。
退屈だった。
いや、大変よくできた興味深い映像だった。名作と言っていい。
でも、退屈だった。
あれ、そういえば「2001年宇宙の旅」もファースト・コンタクトの話だけれど、影っちはどうしてみほっちを後回しにしたんだろうか。
もしかしたら、小説でなきゃだめだったのかな。今度聞いてみるか。
「モノリスは物体だけど、影っちは実体がないのでちょっと違うかな。」
「そうですか。また今度詳しく教えてください。私、大好きなんですよ、2001年」
「あの映画は名作だよね。」
「そうなんです。あれは名作ですよね。うっ………。」
そう言いうとみほっちは突然ほろほろと大粒の涙を落とし始めた。
実は「2001年宇宙の旅」を語りながら号泣するヤバすぎる女子高校生だった。
みほっちが考える「2001年宇宙の旅」の魅力を聞かされた。
これ、時間停止したほうがいいかな、などと考えながら少しだけ話を聞いた。時代考証とか科学考証とかにうるさいタイプみたいだ。
あくまでも話を聞いたのは少しだけ。
申し訳ないけれど「2001年宇宙の旅」のお話は途中でぶった切り、{仕事人}の説明と練習をさせてもらった。
最後に「しばらくは内緒にしてね」と念押しするのも忘れていない。
その頃にはみほっちの泣き顔も落ち着いていた。
昼休みも残り少ないということで、そこでお開きとした。
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