第020話 謎の組織「アストマ」(4)

 2人を見た佐藤は何事かと驚いた。


「どうされたんですか。ずぶ濡れじゃないですか。」


「訳あって海にドボンさ。」


「え。いつの間に?どうやって?」


「私はずっと海側を見ていましたけれど、お二人が通ったことに気づきませんでしたよ。2人とも、ついさっき、そこで分かれたばかりじゃないですか。ほんの数分前ですよ。ワープでもしたんですか。」


「詳しい話は後だ。まずは水を掛けて欲しいんだが、屋外に水道が出ている所はないかな。」


「水栓柱はこっちです。」


 3人でタワー南側、正面玄関の脇にある水栓柱まで歩いた。


「ここで待っていて下さい。すぐ守衛室から共用水栓キーを取ってきます。」


 佐藤は従業員入り口からタワー内に入って行った。


「海水に浸かった機器はどうだ。やはり動きそうにないか?」


「だめですね。防水ではありませんからね。」


「まあそうだな。こんな事態を想定した設計になっていないからな。」


「こんな事態って、緊急調査中の福岡タワー展望室の窓がいきなり消失して海まで滑り落ちる事態ですか?そりゃそうでしょう。」


 戻って来た佐藤に冷たい水道水を頭からじゃぶじゃぶかけてもらい、海水の塩気はきれいに抜けた。


 2人はいったんずぶ濡れのまま領事館に戻って本部に報告し、服を着替えて態勢を立て直してから再度調査に戻ることにした。その間、佐藤には守衛室で防犯カメラの録画データを確認するよう依頼した。



 その日の午後。


 在福岡米国領事館の一室。


 2人はアストマ本部とビデオ会議を行っていた。


「今朝の緊急調査報告書は読んだよ。」


「俄かには信じがたい奇怪な話ばかりだ。うちはまともな政府機関のはずだが、いつからオカルト調査機関になったんだ?」


「誓って、全て真実です。」


「まずはこれだ。目に見えない、良く滑る謎の材質で出来た長い滑り台で海に落ちた。」


「次に、当該時刻前後、防犯カメラの録画に誰一人映っていなかった。普通に考えると君たち2人は現地に行っていなかった、ということになる。」


「いえ、これは非常に高度な技術です。人間だけを綺麗に消すダミー信号を割り込ませたんでしょう。」


「最後に、天井の照明が特殊なものに置き換わっていたが、再度調査したところ普通の照明だった、いや、そもそも照明の入れ替えなどなかったと判明した。さて、どういうことかな。特殊な照明だと思ったならば、なぜ写真の1枚も撮っていなかったんだ。」


「不思議な体験をしましたけれど物的証拠は一切残っていませんでしたって、これじゃまるでSF映画『コンタクト』じゃないか。」


「何もかもが信じられん。」


「ああ、全くだ。体験した私自身まだ信じられない。どうなっているんだ。」


「2人とも今すぐ休暇が必要かね。それとも良いカウンセラーを紹介した方がいいかな。」


 ここで局長は大きく息を吸い、口調を変えた。


「と、言いたいところだったんだが、最終的に君たちを信じることにしたんだ。」


「それは興味深い証拠が出て来たからだ。」


「まず一点目。2人の現着時刻の直後から、2人が海に落ちたと推定される時刻までの間に、新たに今朝2回目となる異星人の活動信号を検知していた。」


「しかも、今朝の1回目の信号を分析し直すと、昨日の住宅街と同じ場所からも微弱な信号を同時に拾っていたことが分かった。」


「そちらは微弱過ぎてタワーの強力な信号に埋もれて発見が遅れたんだ。」


「自動のリアルタイム分析では切り捨てられていたが、マニュアル確認で分かった。」


「二点目。2人が持ち帰った機器のデータサルベージ結果だ。機器本体は海水に浸かったことで故障したが、故障する直前まで受信データを記録し続けていたんだ。。今レポートを送る。見てくれ。」


 分析レポートを読んで2人は大きく目を開いた。


「「タイムスタンプに数分間の空白?」」


「そうだ。本来ならば何らかの信号を記録し続けるはずだが、まるで電波暗室に入っていたかのような無信号状態が数分ほど記録されていたんだ。」


「これまたSF映画『コンタクト』と同じ結末じゃないか。」


「この2点が無ければ今頃2人はエージェントの職を失っていたかもな。」


「この仕事はいつでも不可解なことばかりだが、今回のケースは間違いなくアストマ75年の歴史上で最も不可解なものだ。」


「今は2人を信じる。」


「今朝、フクオカで何が起こっていたのか、もう一度ゼロから洗い直したい。」


「どんなことでもいい、他に何か不可解なことが無かったか、思いだしてくれ。」


 2人は考え込んだ。今朝の不可解な出来事はほんの数分間の出来事であった。


 一つ思いだした。


「まるで長い長い滑り台を滑り落ちていくようだったな。」


「咄嗟にふりかえった時、窓に大穴が開いていたのを確認できた。」


「しかし、滑り落ちて左右に蛇行した瞬間、大穴がふっと消えてしまったんだ。」


「だから、これは目に見えない滑り台のようなものだと思う。」


「異星人が海辺で滑り台遊びか事件か。ファイルのタイトルにそう書くかい。」


 ジョークのつもりであったが、タイトルは本当に「異星人が海辺の滑り台で遊ぶ事件」となってしまった。

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