第019話 謎の組織「アストマ」(3)

 従業員入り口を抜けるとすぐにエレベーターホールがある。


 定員17名の少し大きめなエレベーターが2基。


 そのうちの1つに乗り、2人は展望室へ上がった。


 福岡タワーの展望室は1階から3階まである。その一番上の3階に降りた。


 エレベーターホールから北側に抜け、正三角形の外周に沿ってぐるりとフロアを一周した。


「特段なにもないな。強いて言えば天井の照明かな。いつの間に最新式の新製品に変わったんだ。天井全体がうっすらと光るパネルのようになっているぜ。どこの製品かな。あとで佐藤に聞いてみよう。」


「本部にメッセージを入れてくれ。日本標準時05:19現着。福岡タワー展望室3階から調査を開始。探知機および目視にて対象の存在は確認できず。引き続き他の階を調査する。」


「送信しました。何もないですね。」


「当直とはいえ、こんな時間に叩き起こされて、また手ぶらじゃかなわないな。先週から何件目だっけ。」


「これで5件目ですよ。おかげで広報ビデオの編集を何度も中途半端に放り出したからなかなか終わりませんよね。」


「これは衛星かコンピュータの故障でなければ政府の陰謀だろう。どうなっている、スケリー。」


「政府の工作員が言うセリフじゃないわね。ホルダー、あなた疲れているのよ。」


「せっかく2人でお出かけしているんだ。これが終わったら2人で海浜公園を散策して朝の博多湾の景色を楽しんでから帰ろう。ほら、あそこらへんを散歩するんだ。」


 2人は仲良く並んで窓の手すりにもたれかかり、眼下の景色を確認した。


 が、次の瞬間。


 2人がもたれかかっていた窓も手すりも跡形もなく消え去り、2人がすっぽり入る楕円形の大穴に変わっていた。


 2人は窓の外へ吸い込まれるように転倒し、垂直に切り立つ福岡タワーから今まさに落下しようとしていた。


 2人は反射的に振り返った。


 手すりか窓枠を掴もうと手を伸ばした。


 手遅れだった。


 4本の手は、虚しく宙で弧を描くだけだった。


 叫び声を上げる暇すらなく、2人は仰向けで頭を下にして倒れて行く。


 物理の法則に従うならば、2人は5秒ほどで地面に激突するはずであった。


 しかし、2人はまるで左右に蛇行する長い滑り台を滑っているかのような軌跡で落下し始めた。それも、「真下」ではなく「斜め前」、砂浜の先にある海に向かっている。


「うぉ~!」「きゃ~!」


 「真下」に落下する5秒よりも長い時間を要してはいたが、急速に海面が接近しつつあることが2人には理解できた。


 近づく海面を目前にして、2人は息を止めて衝撃に備えた。


 ここで男はやっとまともな言葉を出すことができた。


「おい、海に突っ込むぞ!」


 しかし、海面に達する直前、予想に反して身体は急減速した。


 まるで見えないネットかクッションでふんわり受け止められたかのようだった。


 最後に、これまた見えない壁が緩やかに当たり、完全に停止した。


 2人は今、マリゾン前の海の上に浮いている。


 海に手をかざしても、目に見えないつるつる滑る床で遮られて海には手が届かない。


 立ち上がろうとしても、スケートリンクのように、いや、スケートリンクよりはるかに良く滑る床にはなすすべもなく、立ち上がることすらできない。


 数十秒後には2人は全てを悟り、諦めて仰向けに大の字になって空を仰ぎ見ながら寝転んでいた。


「どうなっている?」


「さあ、どなっているんでしょう?」


「ケガはないか?」


 2人ともけがはしていなかった。


「本部に報告だ。」


「出来ないわ。通信出来ない。」


「どうした、落下の衝撃で破損したのか。」


「機器の故障ではなさそう。電波が遮蔽されているみたいね。」


「衛星信号、携帯電話、WiFi、どれも感度なしだわ。」


「これは、打つ手なしだな。さっきの続きで博多湾の景色を楽しむか。」


「能天気ね。」


「ハッハッハッハッ!」


「きゃっ!」「うわっ!」


 その瞬間、2人はいきなり海中に「ドボン!」と放り出された。


 完全に予期していない変化だったため、2人はしこたま海水を飲み込んでしまった。


 しかし、すぐ態勢を立て直して立ち泳ぎを始めた。


 周囲を見渡し、砂浜の方向を確認するとクロールでひと掻き、ふた掻きした。


 すぐ浅瀬に足が着き、あとはゆっくり歩きながら砂浜を上がった。


 スーツ姿で全身ずぶ濡れのまま砂浜を歩く欧米人の男女。


 早朝から散歩やジョギングを楽しんでいた福岡市民たちが、心配そうに見ている。


 2人は足早に砂浜を抜け、階段を越え、佐藤の待つ駐車場へと急いだ。

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