第015話 福岡タワー(4)
「芸って、何。しかも初ギャグって…」
あんなは私のツッコミを最後まで聞かなかった。
あんなは後ろ向きで小走りすると、結構な勢いのまま、窓の穴から飛び出した。
飛び出してすぐ、すっとしゃがみ込むと、そのまま上手に腹ばいになった。
足はあちらを向けて、顔はこちらを向けて、腹ばいで滑って行く。
なんて器用なことを。
当然ながら、あんなは「そのままの姿」で、つつ~、って滑り出した。
「あっ、滑っちゃった。初ギャグなのに。」
何を言っているんだ、あんな。
「♪滑っちゃった~、滑っちゃった~、滑っちゃった~、………」
あんなはそのまま滑り続けて段々と遠ざかって小さくなって行く。
「♪滑っちゃった~、滑っちゃった~、滑っちゃった~、………」
声も段々と小さくなって行く。
「♪滑っちゃった~、滑っちゃった~、滑っちゃった~、………」
ていうか、これ、いつまで続けるんだ。
啞然としている僕とひかりに、あおいは淡々と解説してくれた。
「私たちの性格を初期設定する際、3人の中に面白いキャラが一人欲しい、と要望したでしょう。」
「うん、確かに。そんな話もしてたね。」
「それで、あんなが『お笑い担当キャラ』になっています。」
「ちょっと待て、『面白いキャラ』とは言ったけれど『お笑い担当キャラ』とは言ってない。」
やってくれたな、影ッち。
「あんなは昨夜から『私、明日からお笑い担当キャラでデビューするんだ』って、張り切ってネタを準備していました。」
「あんなが身体を張ってお届けした渾身の初ギャグです。」
「いかがでしたか。」
いやいや、「いかがでしたか」じゃないが。
僕は乾いた笑いしか出てこなかった。
ひかりは「あはははぁっ!」って笑いながら元気よく窓から飛び出した。
ひかりは上手に滑りながら、あんなを追いかけている。
すぐにあんなに追いつくと、手を貸して引き起こしてあげた。
二人で楽しそうに滑り始めた。
何じゃこりゃあ。
気にしたら負けかな、と思ってる。
僕も二人に続いて穴から出て滑り始めた。あおい、あかりもすぐ追いかけて来た。
最初の踏み出しは下に落ちそうでちょっとだけ怖かったけれど、その後はみんなで楽しく滑った。
空を飛び回っているような気分だ。いや、本当に空の上なんだけどさ。
特に、ひかりは大満足みたいだ。
ひかりは「こっちこっち、もう少し先まで行って見たい。」とか、次から次へとリクエストして来た。
その都度、時空間遮断膜をツギハギに拡張した。
能古島とか、愛宕山とか、小戸公園とか、あちこちの名所周辺の上空へ拡張しながら回った。
半径3kmの半円形の巨大な「おせんべい」は、いつの間にか、その周りに「耳」がいくつかくっついた形状へと成長していた。
あかりの滑りはプロスケーター並みのテクニックだった。
聞いてみたら、あかりは「運動担当キャラ」だそうだ。納得だ。
30分ほど博多湾空中スケートを楽しんだ。
ちょっと疲れたので切り上げて展望室に戻った。朝ごはん前じゃなかったらもっと何時間でも延々と滑っていた。
「お姉ちゃん、面白かった。またやろうね。」
「いや、もうやらないよ。」
「え~、けちぃ~!」
「今日は巨大な構造物を作成するための練習と実験だよ。他にもいろいろな形状で作ってみるけれど、もうスケート遊びはしない。というか、福岡タワーでの実験は今日だけ。」
「じゃさ、滑り台作ってよ。ここから能古島の展望台まで一気に滑れる巨大滑り台。」
「仕方ないなあ。」
福岡タワー展望室北側から「のこのしまアイランドパーク」の展望台まで一気に滑れる滑り台にしようと思った。しかし、よく見てみると能古島の展望台の方が標高は高い。
ひかりに説明して行き先の変更を促した。愛宕山か小戸公園か話し合った末、愛宕山山頂の愛宕神社に変更した。
最初から公園の滑り台みたいな雨どい形状にするのはハードルが高い。
ひとまず巨大な坂道を作ってみよう。横幅10mの坂道だ。
あおいのアドバイスがあったので、坂道の一番下、壁の手前で自動的に減速する安全装置を追加した。万一ブレーキを掛けそこなっても壁に激突することはない。
起動条件は本当に壁のギリギリ手前で設定している。壁の直前まで止まらないよ。実際に安全装置を体験する不幸な人がいたら、おそらく相当ハラハラドキドキさせられることだろう。
出来上がった滑り台、と言う名のほとんど単なる坂道をみんなで順番に滑ってみた。
ちょっとしたジェットコースターだった。手袋と靴で必死にブレーキを掛けながら滑りきった。ひかりは半泣きだ。もう滑り台はいいそうだ。
愛宕神社から展望室に戻るときは上り坂になる。登るのは大変だ。
そこで、あおいのアドバイスを受けて靴の設定を変えた。
すると、今まで上り坂だったはずの場所が、高低差の無い平面になり、らくらく滑って登れるようなった。
まるで「ゆうれい坂」みたいな感覚だった。
「ゆうれい坂」っていうのはね、本当は登り坂なのに目の錯覚で下り坂のように感じることで有名な福岡県遠賀郡岡垣町の山道だ。
家族で行ったことがあるけれど、本当に重力異常が発生しているような錯覚に陥る。
もっとも、今まさに体験している坂道は錯角じゃない。重力制御装置によって正真正銘の重力異常が起きている。
無事に展望室に戻った。
もっと複雑な形状を作る練習がしたかったので、次はタワー下の海浜公園へ蛇行しながら降りる滑り台を作ってみた。今度は頑張って雨どい形状で作ってみた。
万一を考え、降りる先は砂浜ではなく、人が来ない海の上にした。この季節、今の時間帯、しかも砂浜から10m先の海ならば人もボートもまずいない。
この蛇行滑り台にも、最下部の手前で自動的に減速する安全装置を付けた。
さっそく降りてみた。ひかりはさっきの滑り台で懲りたらしくて近寄ってこなかった。
左右に蛇行する感覚は面白かった。
蛇行滑り台でもう一つ面白いことが分かった。
左右に蛇行したら、滑り台の陰に隠れて前後が見通せなくなるってことだ。
考えてみれば、当たり前だ。
周囲にループ再生されたARの景色が見えていても、それは「偽物」だ。時空間遮断膜そのものは透明ではない。むしろ逆に全く見通せない。まさに見えない壁がそこにある感じだ。
だから、蛇行滑り台の最下部から展望台のみんなは見えないし、逆も同じ、展望室のみんなから僕は見えていない。これは割と重要な特性だ。
展望室に上がるときは、また靴の設定を変えてすいすい滑って登った。
展望室に戻ってみると、またひかりの機嫌が悪くなっている。
蛇行滑り台の2回目に挑戦だ、と思っていたら、ひかりが何か言いたそうに寄って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます