第014話 福岡タワー(3)
じゃあ始めよう。
ひかりはしばらく放置。景色を見飽きたらそのうち興奮もおさまるだろう。
博多湾を見渡す。やっぱりこの時間は航空機が飛んでいないな。早朝にして正解だ。
時間停止しているんだから、別に飛んでいても何とかなるんだけど、余計なリスクは減らしておきたかったんだ。
窓がじゃまだ。空間プラグを開いてぶち抜こう。
空間プラグを開くと同時に、窓の外へ時空間遮断膜を拡張してある。
半径3kmの巨大な丸いおせんべいを想像して欲しい。
それをぱっかり半分に割って半円形にしてみよう。
その形状の巨大な何かが博多湾の上空123mを覆っている感じだ。
それがタワーの北側の窓に開けた穴に接続している。
多少は飛び回っても良いように天井の高さは5mにした。
時空間遮断膜を醤油色に塗って遠くから見たら、本当にでっかいおせんべいにみえるだろう。
爽快な解放感。ひかりのわがままで出したARだけど、景色が楽しめるからよかった。真っ黒な空間だと面白くないからね。ただし、高所恐怖症の人には真っ暗闇の方がいいかもしれない。
では、空中散歩と行きますか。
「ん?」
あおいが僕の肩を叩いて止めた。
「ひまりさん、そのまま行かない方がいいです。」
「へ?」
「時空間遮断膜の床は摩擦がありません。」
「あ!」
そこへひかりが戻って来た。一通り景色を見て落ち着いたかな。
「うわ、怖い。この穴どうして開けたの。落ちちゃうじゃない。」
「ひかり、今からこの穴の外に出るよ。」
「お姉ちゃん、落っこちちゃうよ。」
「いや、空中散歩の実験だよ。」
ひかりの顔は、こいつ、何を言っているんだろう、って表情になった。
「穴から出た瞬間に落っこちるよね。」
「大丈夫だよ。ARで見えなくなっているけれど、床も壁も天井もある。透明な床や壁や天井があると思って。」
「あ、なんかそれ、ニュースで見たことある。足元を全部ガラス張りにした橋で断崖絶壁を渡るやつ。中国だったかな。」
「そんなのもあったね。」
「本当に落ちないんだね。それならば面白そう。私、先に行っていいかな。」
ひかりを引き止めて状況を説明する。
「ただね、この床は摩擦が無いんだ。」
「摩擦?」
ひかりが首をちょこんって傾けた。可愛いっ!
「摩擦が無いと何かいけないのかな。」
この先はまたあおいに説明してもらおう。
と思っていたら、今度は目くばせしていないのに、あおいが説明を始めたよ。
「摩擦が無いので窓の外へ出た瞬間、スケートリンクみたいに横滑りします。バランスを崩して転んだら、そのまま滑り続けて立ち上がることすらできません。」
「スケートリンクの場合、摩擦が少ないだけなので数メートル、どんなにがんばっても数十メートルもあれば止まります。」
「しかし、時空間遮断膜の場合、摩擦が少ないのではなく、摩擦がありません。」
「ですから、数十メートルどころか、3km先の壁に当たるまで横滑りし続けます。」
「時空間遮断膜の壁は反発係数1ですから当たると完全弾性衝突となり、運動エネルギーを失うことなく今度は逆方向へ横滑りし始めます。」
「横滑りしたままこちら側に戻ってきて壁に当たると、また向こう側へ。これがずっと続きます。」
「永遠に滑り続けるの?面白そう!先に行っていい?」
「ひかり、ちょっと落ち着こうね。あおいの説明を最後まで聞いてからにしようか。」
「幸い、皆さんの体や衣服の側の反発係数は1より小さいですから、壁に当たる度に運動エネルギーが皆さんの体や衣服の発熱で少しずつ失われ、徐々に速度を落とします。」
「何もしなくても数時間から数日程度で止まると思われます。」
「壁に当たる瞬間、手足で上手に運動エネルギーを相殺して反発係数0、すなわち完全非弾性衝突にすることができればそこで止まります。」
「良く分かんないけど、壁に当たる時に上手に止まればいいんだね。もう行ってもいいかな。」
「待て待て。人の話を最後まで聞きなさいって、いつもいっているでしょう。」
「横滑りすると不便ですので、こちらの装備をお使いください。」
あおいが目で合図すると、あかりとあんながちょっと大きな靴と手袋を二人分持って来た。
いつのまに作ったんだろう。
「この靴と手袋は簡易な重力制御装置になっています。」
「時空間遮断膜上の位置座標マーカーを基点に重力制御をかけることで、適度な摩擦力がある場合の動きを再現してくれます。設定を変えることでスケート靴のような使い方もできます。」
「お姉ちゃん、また難しい説明になった。どういうことなの。」
「その靴と手袋があれば普通に歩けるし、スケートもできる優れものだよ。」
僕の説明でひかりは納得したらしい。
みんなで靴と手袋を装備した。
手袋は通常の摩擦力に設定した。
靴はスケート靴に設定した。僕もひかりもスケートはそこそこできる。幼少期からのお父さんの教育の成果だ。
さあ行って見よう!
と思ったら、またもあおいに止められた。
今度は何だろう。まだ何か危険があるのか。そう思って待っていたが、違った。
「さあ、あんな、芸をお見せして。」
「なんですってぇ?」
と、僕が突っ込むやいなや、あんなが飛び出て来た。
「♪じゃんが、じゃんが、じゃんが、じゃんが、じゃ~ん。」
「あんなです。芸をやります。初ギャグです。」
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