第013話 福岡タワー(2)
「こちら」は僕の部屋、「あちら」は福岡タワー展望室の北側、として、両者をつなげるよう空間プラグを設定した。
今回は「秘匿すべき活動をする場合」なので、時空間遮断膜を同時に展開する。
時空間遮断膜の表裏は「裏」に設定して時間停止させておく。
時空間遮断膜が展開されて窓の外が暗闇になり、同時に空間プラグが開いた。
うまくできたかな。あおいの方をチラ見して確認する。
「時空間遮断膜の設定はこれで問題ないよね。」
「はい、問題なく設定されています。」
久しぶりの福岡タワー展望室が見えた。何と言うか、すごい既視感だ。静止軌道上の展望室と本当によく似ている。こっちが本家本元の本物なんだけどね。
「みんな、遅くなってごめん。じゃあ移動するよ。」
「ちょっと待って、お姉ちゃん、本当に入って大丈夫なのかな。」
急にひかりが不安気に問いかけて来た。
「入ったら急に巡回中の警備員さんが出てきたりしないかな。」
「大丈夫だよ。先に遠隔監視でチェックしたから。」
「遠隔監視って、なあに。」
う~んと、影ッちは何て言ってたかな、と僕が考えている間にあおいが鬼のように畳みかけるフォローを入れた。
「遠隔監視は影ッちがひまりさんに設定している宇宙人の先進技術の一つです。」
「複数地点から遠隔監視映像その他の時空間情報をリアルタイムで提供する機能です。」
「ふ~ん。それって監視カメラみたいなものかな。」
ひかりがあどけない表情で返した。
「地球人が言うところのカメラに相当する技術は使用していません。」
「指定された範囲の四次元時空を高次空間からスキャンしています。」
「スキャンした時空間データに基づき、地球人向けの平面映像または立体映像をステレオ音声付きで提示しています。」
こんな難しい専門用語を並べたらひかりの処理能力はパンクするかもしれない。
「なお、音声についても映像と同様、時空間データから音声を再構成しており、マイクは使用していません。」
「う~ん、分かんないや。」
ひかりの表情が一気に曇り出した。注意信号だ。助け舟を出すか。
「ひかり、もうその辺にしとこう。監視カメラは使っていないけれど、似たようなことができる便利な技術だよ。そんなところでいいかな。」
「誰もいないって、ちゃんと確認できたんならいいや。」
みんなで展望室にぞろぞろ移動した。
移動する時、あらかじめ玄関から持って上がっておいた靴を履いた。本家の展望室だから当然そこは土足だ。家から素足でそのまま入る訳にはいかない。3人娘には昨夜のうちに各自の靴を生成するようお願いしていた。
ちなみに、静止軌道上の展望室の方は靴を履かなくていいようにきれいに掃除しておいた。スリッパもたくさん用意してある。だから、昨日の家族会議の時はみんな靴無しで上げたよ。ファースト・コンタクトの時は何も考えず土足で入って後悔したからね。あそこは今後ずっと土足厳禁にする。
全員が本家本元の展望室に入ったのを確認してから、念のため空間プラグはすぐに閉じた。
窓の外は真っ暗だ。こちらも同時に時空間遮断膜で時間を止めているから当然だね。
ひかりがほっぺを「ぷうっ」とさせて睨んでいるよ。
「なんで外が真っ暗なの。久々で景色を楽しみにしてたのに何も見えない。」
かわいい妹はご立腹のようだ。怒った顔もまた可愛いけどね。
6月の福岡の日の出は5時過ぎなので、今朝、起きた時にすでに空はほんのり明るんでいた。移動直前には外の景色を期待できるくらいの明るさだった。それなのに、展望室の窓の外が真っ暗で気に入らないようだ。
「ごめんね、ひかり。今日のところはお忍びだから時間を止めておかないとまずいんだよ。」
困った。ひかりのご機嫌を損ねたかな。
「ねえ、ひかり、営業時間外とはいえ、ここはガラス張り展望室だからね。内部の監視カメラは対策済みだけど、外からは目撃されたり写真に撮られたりする可能性があるんだよ。」
福岡タワーは福岡市全域にテレビその他の電波を送出するために建設された電波塔であり、福岡市のシンボルだ。
展望室は福岡市内のほぼ全域を見ることができるし、逆もしかりだ。誰がどこで見ているか分からない。
「なんで時間を止めたら真っ暗になるの?」
もっともな疑問だ。僕も影ッちに教えてもらうまで知らなかった。
僕が説明してもいいけれど、ここはやはりあおいに詳しく説明してもらった方が良いだろう。
チラと見て合図を送ると、あおいは軽くうなずき、説明を始めた。
「時間が止まるということは、その時空間内の全ての物理的変化が止まるということです。」
「光は電磁波の振動が、音声は音波の振動が、重力は空間のゆがみが、それぞれ空間を伝播する現象です。」
「時間が止まることで、これらすべてが伝播しなくなります。」
「したがって、光が届かず真っ暗闇に、音声が届かず静寂に、重力が届かず無重量状態に、陥ってしまいます。」
「全ての素粒子が停止しますから、コンクリートの中に閉じこめられたように身動き一つできません。時空間遮断膜を使用しなければ活動できませんし、生命維持装置なしでは呼吸すらできません。」
「自転や公転の慣性力は消えないため、重力制御装置が慣性力を補正しなければ時空間遮断膜にたたきつけられて即死します。慣性力を補正したところで、今度は無重量ですから、ぷかぷか宙に浮き上がってしまいます。」
「まだ他にも困ったことがたくさん起こります。それらを補正する装置が多数稼働しています。」
あおいの説明はひかりの耳にはほとんど入っていないようだ。機嫌が直らないどころか一層険しい表情になっている。火に油だった。
困ったな、と思っていると、またあおいがフォローを入れてくれた。
「ひまりさん、環境情報AR設定を変更しましょう。」
「ええっと、環境情報AR設定って、影ッちから習ったときは確か、人間が単体で動き回る場合に使うものだと聞いた覚えがあるんだけれど、展望室を丸ごと設定するなんて、できるのかな。」
「できます。このサイズの空間範囲であれば問題ありません。」
あおいの助言に従い設定を変更した。
即座に真っ暗闇だった窓の様子が一変した。
景色が見えるようになった!
朝焼け空は白んでいるが、まだ明るい星がいくつか光っている。眼下にうっすらと明るく海が広がる。博多湾だ。
志賀島、能古島、遠くに玄界島、すぐ下には海浜公園、マリゾン、などなど、ずっと見ていたい光景が広がる。
ひかりの機嫌は一瞬で良くなった。窓にかじりついて眺めを楽しんでいるよ。
「ひかり、これは本物の景色にしか見えないけれど、本物じゃなくてAR、拡張現実の立体映像だよ。」
「時空間遮断膜を展開する直前1分間のスキャンデータをループ再生させているよ。」
「1分経ったらまた最初と同じシーンに戻るけど、びっくりしないでね。」
「分かった、分かった。」
久々の展望室に興奮しているな。本当に分かったか怪しいけれど、まあいい。
(作者より)
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