第010話 人工個体(3)

「あなたは、えっと、お名前は?」


 お母さんが応えた。


「私はあおい、です。さきほどひまりさんに名付けていただきました。」


「あおいさんね。それで、あおいさん、お世話になりますって、ここに住むつもりなのかしら。」


「はい、よろしくお願いします。」


「それはちょっと困るのよ。短期間ならばお客様として泊まってもいいけど。」


 普通に考えると、まあそうなるよね。漫画じゃないんだから。


 ドラえもんって、あれは本当に漫画だけど、すんなり家族として迎え入れた野比家は普通じゃない。


 「それでいいよね、ひまり。お父さんとひかりもいいかな。」


 僕とお父さんは黙ってうなずく。ひかりだけは元気よく「いいよ~」と返した。


 しかし、あおいは即座に拒絶した。


「短期間ではありません。」


「私たちはひまりさんを支援するために来てひまりさんの管理下に入りました。」


「地球人保護業務が完了するか、ひまりさんが死ぬか、私たちが全員死ぬか、するまで無期限です。」


 お母さんは大きなため息とともに、テーブルに肘を付けて頭を抱えた。


 またもや沈黙。


 やがてお母さんがまとめに入った。


「いずれにせよ、今すぐ結論は出せないよね。しばらく様子を見ましょう。」


 そのままお母さんは今後の色々をズバズバ決めて行った。


 決まった内容はこんな感じだ。


 身の振り方が決まるまで、一時的に3人を引き取る。


 当面は3人が家にいることは表に出さない。


 やむを得ず対外的に説明する場合は、お父さんの姪っ子で中卒ニートの3姉妹だが、訳あってしばらく田中家に居候している、という設定で説明する。


 いささか無理があるとおもうけど、宇宙人のインターフェイスだとか非現実的な話より説得力があるだろう。


 外出は必要最小限にする。まだ身分が無いからね。何かあった時にやばい。


 布団はお客用を出してひまりの部屋で寝ること。


 家の手伝いをすること。


 ひかりの遊び相手になること。


 最終的には身分の確保も含め、自立できるよう努力する。


 以上、田中家の4人と人工個体の3人が合意した内容だ。


 と言っても、ほぼお母さんが言う通りゴリゴリ進んだんだけどね。もうお察しかと思うけれど、田中家はお母さんが一番強い。


 かくして3人は、田中あおい、田中あかり、田中あんな、という僕の従妹として、僕の部屋で寝起きを共にすることになった。僕の部屋は狭くなるがやむを得まい。


 仮とはいえ身の振り方は決まったので、引き続き細々したことを聞いておこうということになった。3人への質問タイムだ。


 まずはお母さんが質問した。お父さんは質問したそうだけれど抑えている感じだ。


「3人の服はなぜひまりと同じなの。どこから3着も似た服を持ってきたの。」


「特に指定が無かったのでひまりさんの服をコピーしました。」


「コピーって、どうやって。3Dプリンターみたいにコピーできるものなの。」


「こんな風にです。」


 そう言うと、あおいはすっと立ち上がった。


 嫌な予感がしたので僕はとっさに叫んだ。


「ちょっと待った~。あおい、止めて。」


「はい。作業停止します。」


「あおい、何をしようとしているか、実行する前に説明をお願い。」


「お母さんの服をスキャンし情報を取得しました。すみません、これは実行済みです。」


「うん、それからどうするの。」


「現在の服を消去します。そしてお母さんの服のコピーを体表面に生成します。」


「やっぱりそうか。止めてよかったよ。」


 お父さんに視線を送る。お父さんは首をかしげている。確信犯だな、エロオヤジ。


「お父さん、ちょっとだけ目隠ししてて。」


「あ、分かった。」


 お父さんが両手で両目を覆ったことを確認し、あおいに続きを促した。


「じゃあ、続けていいよ。」


 あおいが一瞬でまた裸になり、数秒おいて、お母さんと全く同じ服装になった。


「すごいのね。」


 お母さんの目がキラキラになった。


 お父さんに目隠しを外して見てもらった。


「ほんとだ、これはすごいな。消えるところも見たかった。」


 お母さんに睨まれ、お父さんは慌てて追加した。


「いや、決して裸を見たいって意味じゃないからな。」


 どうだか。エロオヤジだな。


 お母さんが質問を続ける。


「これ、高級ブランドのバッグとかもコピーできないかしら。」


「ひまりさんの業務に必要な範囲であれば可能です。」


 これはちょっとヤバいな。


 お母さんの視線が僕に向いた。そんなキラキラした目でみるのはやめて。


「昼間にも説明したけれど、宇宙人の技術は業務に必要な範囲で使う契約だからね。それに、ブランド品の違法コピーはやばいでしょう。」


「聞いただけだから。実際にやってもらおうとか、考えてないよ。」


 どうだか。怪しいな。


 ここでお父さんが質問。


「やっぱり消えるところを見せて欲しいんだけど。」


 またお母さんに睨まれて、慌てて追加した。


「いや、服じゃなくていいから、何か別のもので。じゃ、このティシュ1枚で。」


 お父さんは箱ティッシュから1枚取り出してテーブルに置いた。


 あおいが僕をチラと見た。僕は黙ってうなずいた。


 テーブルの上のティッシュが消えた。


 今度はお父さんの目がキラキラになった。


「おおお、すごい。これ、どういう原理なのかな。」


「まず対象物体をスキャンして消去範囲を指定します。指定した物体は空間プラグを経由して別座標に排出されます。状況によってはそのまま排出するのではなく素粒子に還元してから排出します。」


「うーむ、分かるような分からないような。もう少し詳しく原理を…」


「ちょっと、お父さんやめて。これも昼間に説明したけど、技術情報の開示は段階的に進めることになるから、それ以上は聞かないで。」


 両親とも不満気だが仕方がない。面倒なので話題を変えよう。

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