第009話 人工個体(2)

「ひかりっ、お母さん。」


「私はお母さんじゃありませんっ。」


 ひかり、今ここでそんなボケはいらないから。


「お母さん、呼んできて。お願い。」


「うん、呼んでくる。」


 ひかりは軽快な足取りで部屋を出て行った。「プリン、プリン、プリン、プリン」って、タラちゃんの足音の効果音が聞こえて来そう。急に「お姉さん」が3人も現れたことがよほど嬉しいみたいだ。


 やはりよく見ると、仰向けで黒髪ショートの少女3人からうっすら湯気が出ている。産まれたてほやほやみたい。シュールな絵面だ。


 目は閉じているが胸が上下しているから呼吸はある。


 裸のままじゃまずい。何か被せなきゃ。


 ベッドから掛け布団を持って来て3人の体に横向きに掛けてみた。これで、頭と足だけは出ているけれど、大事なところをまとめて隠すことができた。


 1人ずつ肩を揺すって声をかけてみた。


「起きて、起きて。」


 3人の目がほぼ同時にパチリと開き、僕を見つめた。


 間髪入れず3人はすっと同時に立ち上がった。


 せっかく掛布団で隠していたのに、布団が吹っ飛んだよ。


「こんにちは。」


 僕から一番近くに立っている人工個体の1人が話し始めた。


 せっかく隠した君たちの大事なところも「こんにちは」しているよ。


「こんにちは、いや、今晩はかな。無事な姿で会えて安心したよ。」


「田中ひまりさんですね。」


「あ、はい、そうです。えっと、初めまして。」


「私たちは影ッちが生成したインターフェイスです。只今からあなたの管理下に入り、あなたの支援を行います。よろしくお願いします。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。色々あるけれど、まず何か着てもらえるかな。裸のままじゃ気まずいよ。僕の手持ちを探すからちょっと待ってね。」


 適当な部屋着を3セット引っ張り出した。見たところ体格は僕と大して変わらないみたいだから、サイズは合うと思う。


 3人に手渡そうと向き直ると、3人はすでに服を着ていた。それも、私が今まさに着ている服装をそのまんまコピーしたかのように同じ服だ。


 違うな。


 これは本当に私の服をコピーしたものだ。


 よれよれの袖口、裾に着いたシミ、おしりが破れかかったパンツ、どこをどう見ても完全に同じだ。


「その服は一体どこから出て来たのかな。」


「各個体で生成しました。人工個体には最初から付与されている機能です。」


 何て便利な機能なんだ。


 3人は急に右手で右目の周りを撫でまわすと言った。


「「「あ、眼鏡の生成を忘れた。」」」


 絶対に影ッちの仕込みだ。


 僕は絶対にツッコミ入れないからね。ツッコミ入れたら負けな気がする。


 僕の華麗なるスルースキルを食らうがいい。


「みなさんお名前はあるんですか。」


「吾輩は人工個体である。名前はまだない。」


 ぐぬっ、やられた。連発してくるのか。でも負けない。華麗にスルーだ。


「そうでしたか。」


 どうしようか。3人を区別できないと不便そうだな。


「では、あなたの名前は『あおい』とします。気に入らなければ後から考えましょう。」


「分かりました。」


 残りの2人の名前は順に、あかり、あんな、ということにした。


 その時、やっとひまりが両親を連れて戻って来た。


 なぜお父さん連れて来たんだ。裸の少女だから「お母さん」と指定したのに。幸い、もう服を着ていたから良かったけれど。


 僕の部屋に田中家4人と人工個体3人の合計7人が立っている。手狭だ。


「あら、ひまりのお友達がいらし…て…た…の?!」


 お母さんは僕たちに話かけようとして途中で口をつぐんでしまった。


 僕の服装の完全コピーが4人もいて誰が誰か混乱したのだろう。


 それはお父さんもひかりも同じみたいだ。3人とも困惑の表情をしている。


「この子たちは友達じゃないよ。説明するから聞いて。」


 僕はこの15分間に何が起こったのか、ざっと説明した。


 両親とも本当に口が開きっぱなしだ。


 生まれて初めて本当に「開いた口が塞がらない」状態になっている人を見た。


 立ち話ではらちが明かない、ということで、全員ぞろぞろとリビングへ移動した。


 本日2度目の緊急の家族会議が始まった。人工個体が混じっているから厳密には家族会議と言い難いけれど、気にしない。


 が、誰も口をきこうとしない。


 沈黙。


 あおいが口を開く。


「私たち3人とも、今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします。」


 あちゃー、いきなりそこからかよ!

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