第004話 ファースト・コンタクト(4)
{田中ひまり、君に問う。}
{地球人全体を統一する世界政府樹立を行い、空間制御技術の適切な運用を確保し、地球人保護を実現する業務を君に任せたい。}
{回答せよ。受けるか否か。}
しまった、油断していたよ。
そっか、そうだよね。僕に地球人保護を依頼しに来たって、最初に言っていたよね。
それで、えっと、いま、今すぐですか。ちょっとタンマ、何分くらい待ってもらえますかね。親とか友達とかに相談していいんですかね。
{外部との連絡は許されない。自分一人で決断せよ。時間は多少ならばこのまま待つ。}
{長くかかるようであれば空間自体に時空間遮断を行い、時間の流れを止める。}
ここで色々と思い悩むのが普通なんだろうな。
でもね、不思議だけれど、僕の心はすっきりと決まったよ。
「引き受ける。」
声にも出していた。
記憶が消されてはたまらない、っていうのも少しはあるんだけれどさ。
最大の理由はなんだろうか。
この宇宙人と地球人との感覚の違いに関することかな。
だってさ、僕が断ったら次々と別の候補者に同じ体験をさせるんでしょ。
同じ様に不毛な選択を迫って記憶を消される候補者が増えていくんだ。
そう思い至ったことが最大の理由かな。
「僕で最後にして欲しい。」
これもまた、声に出ていた。
世界政府樹立とか、超絶面白そうだ。何年かかるか知らんがやってみたい。
なんにせよ、いいよ、やるよ、やってやんよー。
{よいのであるな。}
{この速さで決断したのは君が初めてだ。もちろん、引き受けると回答したのも最初だ。}
{記憶を消した2人のうち長かった方は三日三晩悩んだ末だった。}
三日三晩だと。
かわいそうに。
「断ったら記憶を消す」って脅迫して、こんな展望室に三日三晩も閉じ込めたまま悩ませたのかよ。悪魔かよ、鬼畜かよ、トイレとか食事とかシャワーとかどうしたんだよ。
だが決めた以上はどんと来いだ。こまけぇこたぁ~いいんだよ~
影ッち、これからヨロシク。色々教えてね。
僕も地球人の事を色々教えないといけないからね。ブラック体質を直してやる。
でもさ、一つだけ影ッちに感心したことがあるよ。
影ッちの{リンク}経由の日本語はなかなか上手だったよ。褒めてやる。
{私は地球人保護担当者として内示を受けてから日本語を中心とするいくつかの地球人の言語と文化を業務の合間を縫って学習して来た。}
{実のところ、担当者の私が日本語をマスターする必要はあまりない。大部分の対応はAIに任せることもできるのだから。}
{しかし、せめて管理国家の言語ぐらいマスターしておきたいという私個人の趣味に基づき、あくまで個人的に練習している。}
{その日本語練習と趣味を兼ねて「日本語業務日誌」を現代日本語で書いている。}
{後で印刷して届けるので読むとよい。}
{{リンク}ではなく印刷するのは、やはり私の個人的趣味である。}
{ちなみに、日本語を全く使わずに{リンク}を行うと通常はこうなる。}
瞬時に{リンク}から不穏な何らかの情報が大量に侵入してきた。
う、う、う、う、わ、わ、わ、わ、やめろー、やめてー。
{私が日本語を使えてよかったであろう。}
認める、認めるから、今のはもうやめて。
ひどいなてもんじゃない。小学校3年生の頃、一度だけフェリーで船酔いになったことがあるが、あれの一億倍はヒドイ経験となった。大量の空間情報に一瞬で飲み込まれた。
しかし、なんかわかったぞ。今、僕は高次元空間を実体験したんだ。
生まれて初めてだよ。いや地球人としても初なのか。
あ、そうそう、ところでさ、いくつかお願いがあるんだけど。
{もちろん、業務達成に必要最小限の情報提供や技術供与をする予定である。}
そんなんじゃなくてさ、影ッちの連絡先というか、連絡方法を教えてよ。どうやって連絡すればいいのさ。
{業務完了のその日まで君との{リンク}が切断されることはない。}
えええ。24時間頭の中を上司に監視され続けるってか。あり得ない。
普段は{リンク}切っといて、用がある時に呼び出せるようにしてよ。
{効率が悪いのである。緊急時に対応が間に合わず危険な目にあう可能性もあるが。}
そんな問題じゃないのよ、ブラック企業じゃないんだから。
{普段はやっていないが、それが希望であれば、そのようにしよう。}
{これから試験的に{リンク}を一時切断する。}
頭がすっきりした。{リンク}が始まる前の「自分の頭」に戻った。変なノイズが無い。良かった。言って見るものだな。
えーと、呼び出すときはどうすれば…そうか…影ッち、影ッち、影ッち…
{素晴らしい。教えていなかった再接続方法を一瞬で見つけたな。}
{カーゲラリ、影、影ッち、{リンク}、など、なんでもよいから3回連続で私を意識して呼び出そうと語り掛ければ瞬時に再接続する。}
{安全回路も組み込んだ。大きな危機を察知した時、君の意思と関係なく再接続するようになっている。これで不意の事故や襲撃による危険を大幅に減らせる。あくまで減らせるだけで僅かだが危険は残るので注意せよ。}
{接続を切る方法を教えておこう。}
ちょっと待って…切断、切断、切断…
{リンク}が切れた。なるほど、こうか。簡単に切れるのね。
影ッち、影ッち、影ッち…
{リンク}に再接続した。
{正解だ。3回連続で切断の意思を示せば切断される。やはり君は優秀だ。}
{なお、保安のため、切断時には全環境記録装置を起動する。}
そ・れ・は・や・め・ろ・ば・か~!
{しかし、君の安全にかかわる。}
安全回路があるのだろ。
{安全回路は危急の状態を察知するだけだ。}
それで十分だよ、お馬鹿ブラック企業かよ。
女子高校生の全環境を24時間ずっと記録するなんていうのはね。
た・だ・の・へ・ん・た・い・だ~!
その後の話し合いは小一時間ほど続いた。僕の採用条件、供与される知識や技術、当面の方針、などなど、気になることを話し合った。
例えば、影ッちから地球人との窓口が僕だけに限定される事とかは重要かな。
影ッちと地球人の間のあらゆるやり取りは、影ッちから地球人に供与される先進技術とか全ての情報、逆に地球人から影ッちへのありとあらゆる連絡は、僕だけが独占する。
窓口に決まった僕がたった一人で今後の地球人の運命を全て握ることになるんだ。
どの技術をいつどうやって公表するかとか、すべて僕が握っているんだ。よく考えて管理しなければいけない。
特に、空間制御技術とかは段階的に情報を開示していかないと、地球人保護どころか一気に滅亡させかねないらしいから注意が必要だよね。
でもね、実のところ、それで滅亡する確率って、自然の発展に任せて放置するより圧倒的に低いらしい。
銀河中心体のこれまでの経験則による予想だと、このままファースト・コンタクトをせず地球人を放置していたら、あと三十年~百年の間に間違いなく滅亡するんだって。
だから究極的には、僕が地球人を滅亡させることになっちゃっても、それはそれでやむを得ないと思っているって。
さらに言うと、他の文明では候補者が自らの文明をあえて滅亡させる事例も、少ないけれど時々あるんだって。
もちろん、僕は地球人を滅亡させたりしない。必ず銀河中心体と連携ができるような立派な文明圏にして見せるよ。
そのためには大変なこともあるだろう。当面は色んな危険な目に合うかもしれないだろうし。でも、乗り越えてみせる。僕、頑張るよ。
僕は、僕以外の候補者全員の、記憶を消された人も含めて、連絡先を教えてもらったよ。
他の候補者たちとは全員とお友達になっておきたいからね。彼女たちに僕の仕事を手伝って欲しいんだ。
明日以降、毎日ちょっとずつ会いに行って私の手伝いをお願いしようと考えている。どのみち僕が一人でできる仕事じゃないからね。道連れは多い方がいいと思うんだ。
その他にも色々な取り決めやら注意事項やら、本当にいろんな話があったんだけれど、そのあたりは、おいおい補足していくよ。
最後に、記憶を消されることも、勝手に私生活を覗き見されることもないと、入念に言質を取った上で、ファースト・コンタクトは無事終了した。
僕は{リンク}を切断して部室に戻り、自分で空間プラグの穴を消してみた。
穴は消えて、いつもの部室の風景に戻った。
帰り支度をして、おそるおそる部室のドアを開けると、普通に廊下に出た。部室の時空間遮断膜もちゃんと解除できたようだ。
空間プラグと時空間遮断膜はどれも念じるだけで自由に使えるよう設定してもらった。
僕は今ではちょっとした超能力者さ。それどころか、地球人に対しては無敵じゃないのかな。その気になれば全世界の国家の軍隊を相手にしても瞬殺だと思う。
試験疲れにファースト・コンタクト疲れが加わったせいか、僕は珍しくどこにも寄り道せずに帰宅した。
僕は、いつもよりずっと早目の時間に眠りについた。
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