第003話 ファースト・コンタクト(3)

{では本題に入ろう。}


{未開文明人保護は3段階、すなわち、

   「レベル1/進化の促進」

   「レベル2/観察と保護」

   「レベル3/知識供与と連携」

に分けられており、通常は数万年から数百万年を掛けて進められる。}


{本格的ファースト・コンタクトは最終段階レベル3の冒頭で実施する。}


{これは、保護全体の成否を大きく左右する重要な業務だ。}


{いつ、どこで、だれに、どのように接触するかで、数年程度の短期間で保護に成功して銀河中心体との連携へとスムーズに進むこともあれば、逆に失敗することで数百年間も保護を停滞させてしまい、その間に文明が消滅してしまうこともある。大変に繊細な業務だ。}


 さっき読み終わったばかりの「幼年期の終わり」もファースト・コンタクトが出て来たよな。偶然?


{偶然ではない。そういう情報に多く接していることがファースト・コンタクト候補者の条件となっている。}


 じゃー僕が「幼年期の終わり」じゃなくて「楽園の泉」とか「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」とかを先に読んでいたら、僕より先に別の人にこの話を持って行ってたんだろうか。


{その通り。その場合は別の候補者「中川美保」に接触していた。中川美保は現在「宇宙のランデヴー」を読んでいる途中だ。中川美保よりも先に君が「幼年期の終わり」を読破したことで君が第一候補になった。}


 候補者って同じ作者のSF小説を読んだ人に限定してるんだろうか。


{この後、君が私の依頼を断っても同じだ。君の記憶を消して、中川美保と接触する。}


 まてまて、いまさらっとスゲーこと言いやがったよ。記憶を消すって何よ。まじで消しちゃうの?


{すでに2人ほど記憶を消している。}


 なんだ、このブラック異星人は。すでに2人ほど記憶を消しただと。


 さっき「安全」っていってなかったっけ。どこが安全なのだよ、まったく。


{銀河中心体はおよそ二十万年ぶりに地球人の保護レベルを「レベル3/知識供与と連携」に昇格させることを決めた。窓口となる管理国家は「日本国」に指定する。}


 ツッコミはシカトかい。


 思考の読み取りと同様に記憶操作も大したことだと思われていないんだな。


{管理国家として日本国が選ばれた理由は、銀河中心体の文明レベルとの整合性が極めて高いからだ。}


{数多の他の星系と比較しても異例と言える高さの水準で合致している。驚異的だ。}


{私は1万年ほど前に地球人保護担当になったけれど、私が担当したそれ以前の案件の中でも日本国のレベルの高さはダントツだ。}


{内示を受けて以来ずっとファースト・コンタクトの瞬間を楽しみにしていた。}


 ねえねえ、ちょっと待って。安全だって言う割に候補者の扱いがひどいんじゃない。


 記憶を消すって簡単に言うけどさ、僕の感覚ではそれは安全じゃないからね。


 いっそのこと「長門有希」みたいなインターフェイスをでっちあげちゃった方がいいと思うのだけど。


{ゼロから作成する人工個体のインターフェイスはバックアップとして3体ほど作成済だ。}


{人工個体は自然個体ほど社会的な親和性が高くない。}


{だから、手間はかかるが最初は自然個体とのファースト・コンタクトを試みる。}


 ちょっと待ったぁ!


 自然個体って何?


{地球人として自然に生まれ育っている個体である。我々がゼロから作成した人工個体のインターフェイスと区別するため「自然個体」としている。「野生動物」と同じような意味である。}


 なるほどね。


{人工個体はあくまでも自然個体とのファースト・コンタクトが不調になった場合に備えてのバックアップだ。人工個体は社会的な帰属関係で問題を起こすリスクがあるため、割と面倒である。}


{3体とも待機状態で保管中だ。自然個体とのファースト・コンタクトが成功した場合は廃棄する。}


 やっぱやべーよこの宇宙人、真っ黒くろのブラックだ。


 ところでさ、なぜ僕のところに来たのかな。


 僕、ただの高校生だよ。こういうの、普通は大統領とか、大臣とか、国連事務総長とか、そんな感じの代表者のところに持って行く話だと思うんだけど。


 仮に高校生だとしても、もっとこう、めちゃくちゃ天才とか他にたくさんいたと思うんだけど、なぜ僕なのさ。


{担当者である私の意識を{リンク}させる自然個体の候補者、現時点では君だが、その選定は慣例に従い管理国家、この場合はもちろん日本国だが、その内部における親和性が高くなる特性に着目する。}


{大多数の自然個体が違和感なく受け入れてくれる性質が重要である。}


{選定理由はいくつかあるが、まず、これから依頼する主な業務「世界政府樹立」を完遂できるだけの寿命が残っている、SF好きでファースト・コンタクトに適応力がある、知力、実行力が高い、世間的な受けが良いなどだ。}


 それなら、やっぱり僕じゃないと思うよ。日本だったら天皇陛下とか、総理大臣とか他の適任者がいくらでもいるでしょう。


{それは違う。真の意味で親和性が高いのは平均的な存在だ。日常性が必要になる。}


{また、私たちの目的が支配ではなく保護であるということを最も効果的に表明するためでもある。}


 ふむ。その辺は良く分からんが、それなりに理由があるということは理解した。


{調査の結果、選定基準を「福岡市内の進学校に通学する可愛い女子高校生」とした。}


 僕が可愛いだって、やはりどう見ても頭湧いているよね、この宇宙人。


{制服が可愛くて偏差値が高いなど、業務で役立ちそうな高校を選定してある。}


 はぁ、宇宙人ってミーハーなんすね。


 うちの高校の制服ってそんなに可愛かったっけ。


 確かに偏差値は県立高校トップだけど。


 この辺、あんまり突っ込むと記憶消されそうだからやめておこう。


{福岡市になった理由は、発展段階がほどよく、過ごしやすそうであること、それから、発展著しい国家が周辺に多い事、といった点を評価したからだ。}


{君の名前、田中ひまり、これは福岡市内に最も多い苗字と、日本で「可愛い女子高校生」に良く使われる名前との組み合わせになっているから社会的親和性も高いと判断する。}


 あちゃー、名前で決めちゃっているのかよ。まあいいけど。


{西暦1942年、最初に核分裂による原子力の利用が確認された瞬間に地球人の「レベル3」昇格は内定した。}


 やはり、ツッコミは程よく受け流すスタイルなのね。


{3日前、最初の実用的な核融合炉、これを臨界炉と呼んでおこう、その利用が確認されたため、ファースト・コンタクトを行い「レベル3」に進むことが決まった。}


 最初の実用的な核融合炉って、例のやつだね。それは良く知っているよ。


 米国のベンチャー企業が史上初めて商業的な運転に耐えうる新型の核融合炉開発に成功したって、大ニュースになっていた。


 今週はそれ関連のニュースばかりだよ。中間考査期間中だって言うのに、大騒ぎしやがって、まったく。ついつい長時間見ちゃうじゃないか。大迷惑だよ。


{未開文明人とは、空間制御技術を安定的に活用できる社会を有していない文明人と定義されている。}


{高度文明成立の条件は臨界炉のエネルギーに支えられた空間制御技術であり、存続の条件は文明の安定となる。}


 あーはいはい、「スタートレック」で言うところの超光速航法に成功した文明は惑星連邦への加盟を勧める、的なやつね。


{スタートレックのその設定は実に興味深い。しかし、現実には、超光速航法の成功より前の段階で大きな問題がある。}


{臨界炉が多数連続運転する文明では、短期間のうちに空間制御技術を発見することになる。その空間制御技術は使用を誤ると簡単に文明を滅亡させてしまう極めて危険な技術だ。}


{天の川銀河系に限定しても、恒星系がまとめて消し飛ぶレベルの事故が過去1億年間で33,021件確認されている。}


{もちろん、だいたい同数の文明が保護に失敗して消滅したことを意味している。}


 1億年間で3万件超の文明が消滅だと。


 うーむ、多いのか、少ないのか、スケール感が分からないな。


{近隣で観測可能な他の銀河についても推計しているが、これと同規模か、僅かではあるが多めだ。}


{我々が保護する天の川銀河は平均より優秀な保護を行っていると思われる。}


 そういうことなら、まあ、そうなのか。


{話を戻そう。}


{このような背景から、事は急を要している。}


{未開文明人保護のため、臨界炉が確認できた段階で速やかにファースト・コンタクトを実施するようにしている。}


{とはいえ、あくまでも支配ではなく保護が目的だ。}


{保護に必要最低限の介入にとどめ、可能な限り自発的な形での進歩を促す。}


{ファースト・コンタクトの説明はこのくらいだ。}


 主旨は分かったよ。しかし、この話、わざわざ静止軌道上でする必然性あったっけ。


{静止軌道上に説明用の展望室を配置しているのには理由がある。}


{未開文明人が理解できる範囲の現象で我々の高い技術力を簡単に納得させることができるからだ。}


{ここからの景色をファースト・コンタクトの候補者に見せるだけでその後の話が進めやすくなる。}


 なるほど、そんなものか。


{また、最重要事項が終わるまで最長で数日程度は安全に隔離する必要があるため、妨害の入りにくい場所として選定されている。}


{では、最重要事項に移る。}


 はぁ、まだこれより重要な話とか、何があるんだよ。

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