第23話 幸せの肖像【完】

「どうして我が妻の肖像画が帝国内で出回っているのですか!」


 アルベルト・ブリステルは帝国の使者に猛然と抗議した。


 森の北側にある国々とは交流を持たないと決めているフリーダ女王の国だが、いずれ互いの存在を知ってしまった時のために帝国の皇帝および神殿とひそかに接触を図り、一部の者との行き来は図るようになっていた。



 最初の特使はシエラがこの国にやってきて約二年後、彼女が二十歳になる少し前に訪れた。


 希少な銀の髪と美貌を兼ね備えた彼女を見て、帝国の使いはぜひ『聖女』として迎え入れたい、と、シエラに打診した。だがシエラは断った。


「行き場のない私を受け入れてくれた、この国の方々が私は好きです。ここを離れたくないのです」


 あきらめきれなかった帝国の使いは、せめて肖像画だけでも神殿に飾ってもよいかと打診した。


 シエラは困惑したが、当時世話になっていたヴァイスハーフェン家の奥方クローディアが了承するよう説得した。


「いいじゃないの、もともと二十歳の記念に我が家でもあなたの肖像画を描いて贈るつもりだったんだし」


 許可を得た帝国側は絵心のある者にシエラの絵姿を描かせた。


 帝国の神殿では歴代の聖人や聖女の肖像画が、人々が参拝する際に通る回廊に飾られており、さらに近年ではその肖像画の写しの小さいものが土産物として販売されている。携帯していると幸せが訪れるという、ほぼ縁起物のような扱いだという。


 シエラの肖像も軽く口角を挙げた微笑や胸の前で組まれた腕、上半身のみを描いた帝国風の構図となっている。

 こころなしか実物よりもふっくらした見た目なのも帝国風なのであろう。


「まったく、ひがまなくても、うちで描いたシエラの肖像画の方は結婚の時にあなたの家に贈ったじゃないの」


 クローディアはそう言って、帝国の使いに苦情を言うアルベルト・ブリステルをなだめた。


 ヴァイスハーフェン家が描かせた肖像は、シエラの全身像。

 このころには、シエラも普通に食事をとることができたので、細身ではあるが出るところが出た女らしい体つきになっており、その美しさをふんだんに活かしたラインのドレスを着用している絵だった。


「そういう問題じゃないでしょう。僕が知らないところでいろんな人間が彼女の姿を……」


「やれやれ、独占欲の強い男はうっとおしがられるよ」


「ああ、もうっ!」


「あの当時の彼女はまだ、他人が自分を必要としてくれているのを信じられないというか……。だからさ、私たち以外の人間もあんたを評価しているんだよっていうことを、教えるためにもちょうどよかったっていうかね。」


「……」


「あなただって苦労したんでしょ。シエラによくするのは単にあなたが親切な人ってことじゃなく、純粋な好意であることを彼女に理解してもらうのを」


 アルベルトは言葉につまった。


「お待たせして申し訳ありません」


 沈黙が流れていた応接室にシエラが入ってきて気まずい空気が緩和した。


「いやあ、この方が『まぼろしの聖女』さま! 私もですね、あなたの肖像画は大事に持っているのですよ」


 帝国の使いが立ち上がり懐から小さな肖像画を出して見せた。


「いやだ、これ二十歳ぐらいの時でしょう。もう三十もすぎているのに」

「いやいや、十分お美しい、肖像画以上です!」


 シエラは神殿に所属する聖女ではないので『まぼろしの』というフレーズをつけて売り出したところ、逆にそれが神秘性を与え、民衆の人気を博しているのだという。

 

 アルベルトが軽く咳払いをした。


「ああ、本物にあえて感無量です。ありがとうございました」


 帝国の者がシエラに握手を求める。


 しばらく歓談した後、帝国の使いとクローディアは帰っていった。



「どうしたの、少し具合が悪そうだったわね」

「具合じゃなく、その帝国の使いが来ると気が気じゃないんだ。その……、君が森の向こうへ帰ってしまうのではないかと……」


「そんなことあるわけないじゃないですか!」


 シエラは驚いた。

 自分がかけらも考えてないことを夫が気に病んでいたなんて、と。


「帝国では君のような髪色の者は聖女として神にも等しい存在として扱われる。ここでもそれなりの暮らしができるがそれ以上に……」


「アルベルト、私は生まれた国では髪色のせいで家族や婚約者にも疎まれました。帝国では違うでしょうが、でもその判断基準が私の髪の色であることに変わりはありません。それに比べここの方たちは違う。私という人間を受け入れ、愛してくれた。ここ以外のどこで私が幸せになれるというのですか?」


「そうか」


「だから二度と私が帝国に行ってしまうなんて心配しないでくださいね。生まれてくる子のためにも」


 シエラはそう言って自らの腹部を撫でた。

 まだ目立ってはいないが、シエラの中にはアルベルトの間の三人目の子が宿っていた。


「「お母さま! お父様!」」


 二人が歩いてきた庭の広場ではシエラと同じ銀髪の男の子とアルベルトと同じ緑の髪の女の子が走り回っていた。

 やってきた二人に気づいた子供たちが手を振り、シエラもそれにこたえて手を振り返した。


「そうだ、この子が無事に生まれたら、家族五人の肖像画を描いてもらおう」


「まあ、それは素敵。一人一人の肖像画はあるけど全員そろって描いてもらったことはなかったですわね」


 シエラも喜んだ。


 そんな二人に子供らは駆け寄って、彼らは手をつなぎ屋敷へと戻っていく。


「愛してる、シエラ」

「ずっと一緒にいてくださいね」




【作者あいさつ】

 ここまで読んでくださった方々ありがとうございました<(_ _)>。


 裏設定ですが、帝国からの使節団は五年おきくらいに十名ほどでやってきます。

 今回はその中にシエラの肖像画のファンがいて、モデルとなった女性に会いたい、と、言ったところ、クローディアの仲立ちでそれが実現したのです。


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婚約破棄された公爵令嬢ですが、魔女によって王太子の浮気相手と赤ん坊のころ取り換えられていたそうです 玄未マオ @maokuromi

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