第15話 イモ掘り

(私がリュートのことを好き?)


『いやいや、そんなことがあるわけない…』


朝の日課のプオンの散歩をしながら、私はパニィに言われたことを思い返していた。

パニィ独特の冗談だと思うが、言われてしまうと意識してしまう。


『う~~~~』


我ながら頭が混乱している。

私はプオンの首を撫でながら、頭をブンブン振って余計な考えを吹き飛ばすことにした。



『祭が近いから、今日はイモ掘りをするぞ』


相変わらずの朝飯後の作戦会議でリュートが言った。


『まっ…祭とイモ掘りと、どっ…どんな関係があるだか?』

『祭の時に料理を売って大儲けするんだ!みんな祭ってことで沢山お金を落としてくれるからな!売上次第で二人にも分け前をやるからな!がっぽり稼いでその後の祭で楽しく遊ぶぞ!』

『お~、おっ…オラも楽しみになってきたんだと!』


(この二人は気が合うんだな…)


ハイタッチをして浮かれている二人を、恥ずかしいやら羨ましいやら複雑な感情で見ていた。



『イモを掘る時に気を付けることはあるのか?』


パニィに言われたように、私は初めてなのだから教わって当然だと思うようにした。

決して出来ないことは恥ずかしいことではない。


『そうだな。間違いやすいのは葉っぱの下にイモがあるわけじゃねえってことだ。葉っぱの下から結構広がってイモがあるから、イモを傷付けないように離れた場所から掘ることだな』


そう言うとリュートは葉っぱから離れた場所を掘り起こす。

掘り返すと土の中に沢山のイモがあった。


『近くを掘ってイモを切っちまうこともあるけど、よくあることだから気にしねえで掘るぞ!』

『なるほどな…こういう感じで良いのか?』


見よう見まねで掘り返してみる。

イモがゴロゴロと出てきた。


『上手く出来てるけど、ちゃんと腰を使わないとすぐに疲れちまうぞ!』


リュートの手が、腰ではなく尻を触っている。


『だから、毎度のように気安く尻を触るな!バカ者がー!』


相変わらず私の拳はリュートに当たらない。

しかし今の私には秘策がある!


『パニィさんに言いつけるぞ!』


パニィの名前を出されてリュートが硬直する。

その隙に横顔に拳を叩き込む…はずだったが、受け止められてしまう。


『くっ…惜しい』

『残念だったけど、まだまだ精進が足りねえな』


(私がこんなヤツを好きになるわけないだろう!)


『あー!悪かったからやめろ!イモに八つ当たりするなー!』


頭にきて場所を選ばずに畑を掘り返していた。

足下には切断されたイモが飛び散っていた。


『あっ…あの二人は、ほっ…本当に仲が良いだな』


ミンはマイペースにイモ掘りを続けていた。


ブルルルルル…


ミンの耳に、獣の鳴き声が聞こえた。

振り返ると林の中にとてつもなくデカイ猪の姿があり、こちらに向かい突進しようとしていた。


『でっ…でっかいイノシシが、こっ…こっちを見てるだど!』

『むっ?コッパ!ミン!下がってろ!』


イノシシを見ると、リュートは棒を持って畑から出ていく。


『かかってこいやオラー!』


イノシシも近寄ってくるリュートを敵と認めたのか、リュート目掛けて走りだした。

イノシシは足の短さからは想像が出来ないくらい走るのが早い。

そして体の大きさはぶつかった時の衝撃の強さに比例する。

このイノシシの突進は危険だった。


リュートは走り始めたイノシシの進行方向から大きく左に移動する。


『喰らいやがれー!』


リュートはフルスイングで突進するイノシシを叩いた。

木製の棒は衝撃に耐えられず二つに折れ、衝撃でリュート吹き飛ばされる。

イノシシは『ブギイィィ』と鳴き声を上げたが、そのまま駆け抜けていく。


しばらく走った後で止まると、再度リュートに向き直り突進してきた。


『次はもっと痛えぞ!』


リュートは棒の折れた先をイノシシに向けて構える。

そしてそのまま正確にイノシシの鼻先へと棒を突き刺した。


ブギイィィィィ!!


イノシシは基本的に真っ直ぐしか走らない。

その力を突き貫く力として利用したのだ。

再度リュートは衝撃で吹き飛ばされ、イノシシはそのまま走り去って行った。

鼻先には折れて尖った棒が突き刺さっているため、血が点々と落ちていた。


『おー、痛てててて…コッパ、ミン、無事か?』

『おっ…オラよりもリュートさんは大丈夫だか?』


ミンが心配するように、最初の一発はイノシシの進行方向から外れていたため、吹き飛ばされたとはいえ体への衝撃は軽微だったはずだ。

だが今の一発はイノシシの突進力を最大限に利用するために正面から受けるカタチになっていた。

リュートの体への衝撃は大きいだろう。

しかしリュートは事も無げに立ち上がる。


『俺はイノシシを仕留めてくるから、二人はイモ掘りを続けてくれ』


そう言うとリュートは馬小屋へ行き、ロープとゴツイ刃物を持ってプオンに跨がり血の跡を追いかけ始めた。


『なんという、逞しい生活なのだ…』


肉というものを手に入れる大変さ…いや、イモを手に入れる大変さすらも私は分かっていなかったのだと実感した。

金を払えば何でも手に入るが、それは簡単なことでも当たり前のことでもないのだ。

私は足下に散らばる、私が切断してしまったイモの欠片を広い集めた。


『なあミン。このイモもちゃんと洗えば食べることは出来るのか?』

『あっ…当たり前だど!うっ…売り物には、なっ…ならないけど、たっ…食べられるだど』


ミンはニコニコと笑っていた。


『ミンは器用だし物知りだな。兵隊になるまでは、どんなことをしていたのだ?』

『おっ…オラだか?そっ…そうだな…』


ミンは腕を組んで考えながら話し始めた。


『おっ…オラの村では当たり前のことだども、ごっ…五歳くらいから、はっ…畑の手伝いしたり、きっ…兄弟の面倒を見たり、いっ…家の仕事を手伝ったりだど』

『五歳でそんなことをしていたのか!?』


私は驚いたが、ミンはそんな私を見てキョトンとしていた。


『そうなると学校はどうするのだ?通う時間がないのではないか?』

『そっ…そんなことはないんだど。はっ…畑が忙しい時は、だっ…ダメだけど、ちゃんと学校には、いっ…行ってたんだど。ちっ…ちゃんと読み書きも計算もできるだよ』


ミンは少しムッとした表情になる。


『すまない。バカにしているわけではないのだ』


私はミンに深く頭を下げた。


『私の家は…騎士の家でな。士官学校に行くことが当然だと言われ、身の回りのことは雇われた者がすることが当たり前だと思っていたんだ』

『おっ…オラから見れば、べっ…別世界の話だど』

『私はミンに嫉妬していたのだと思う。仕事も家事も出来るミンの能力にな。本当にすまない』


自分で口に出すことで。頭の整理ができてくる。

自分は嫉妬していたのだと認めることができた。


『よっ…よく分からないだども、りっ…リュートさんに頼まれたイモ掘りの続きするだよ』


ミンは笑ってそう言うと、イモを掘り始めた。

私もイモを傷付けないように注意してイモ掘りを再開した。

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負けから始まるセカンドライフ ~恋せよ乙女~ ボンゴ @pox-black

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