龍神太鼓

西順

龍神太鼓

 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 俺、須磨田鯉知郎の育った村は山奥にある廃れた所で、俺以外はジジババだけの限界集落と言うやつだ。スマホも意味をなさない村で、俺は死んだ両親の代わりをしてくれている、父方の祖父母の家で暮らしている。


 学校も幼稚園や保育園は存在しなくて、小学校から中学校まで生徒は俺一人、教師も校長のじいさん一人と言う場所だった。


 そんな村で、俺は周囲のジジババたちから、次代の担い手として、愛情と期待を一身に受けてすくすく育った訳である。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 この村には掟がある。古くからの因習と言っても良いだろう。村を更に奥に進むと、水源である湖があり、その側に龍神様が祀られている社があるのだが、その龍神様が歌舞音曲が好きで、特に太鼓が好きとの事で、この村では1日と欠かさず、龍神様の社で太鼓が鳴らされている。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 しかしこの村ももうジジババしかいない訳で、そうなると太鼓を叩くのは自然と俺の役目となるのだ。しかも早朝と言う指定付き。


 俺は365日春夏秋冬、毎朝じいちゃんに叩き起こされて、晴れの日も雨の日も雪の日も、毎日ひたすら龍神様の社に通い、1時間太鼓を叩いてから学校に通ったり、農作業に向かったりしていた。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 ある日曜日の事だ。俺が龍神様の社から戻ってくると、珍しく我が家に客人が来ていた。スーツを着た男だ。年齢は四十代後半と言った所。居間でじいちゃんと口論している。


「駄目だ! 鯉知郎を都会の学校になんて通わせられん!」


「親父! 鯉知郎をこんな辺鄙な村で埋もれさせておくのは、勿体無い事なんだよ!」


 良く分からんが、このスーツの男は、俺を村の外に出したいらしい。と俺がボーッと廊下から居間の様子を覗いていたら、当然だがバレた。


「鯉知郎か。どっか行っとれ。その間に話をつけておく」


 とじいちゃんが言うと、


「鯉知郎の将来の話なんだ! 鯉知郎自身に決めさせるべきだ!」


 とスーツの男が声を荒げ、廊下の俺に向かって訴えかけてきた。


「良いか鯉知郎。お前の運動神経は常人離れしているんだ。スポーツで世界一が取れるんだ。そんなお前が、こんな田舎で燻っていて良い訳が無い。鯉知郎だって、こんな村、出ていきたいだろう?」


 何だか必死に訴えてくるな。確かに俺は昔から運動神経が良いと校長先生にも褒められてきたが、何でこの人その事知っているんだ? 俺は困ってじいちゃんの方を見た。


「お前の叔父の鱒二郎だ。お前この前、スポーツの地区大会に出ただろ? あれが新聞だかに取り上げられたらしくてな。鱒二郎はお前の見受けをしたいとやって来たんだ」


 俺の見受けを? なんかニコニコ笑顔を振りまいてくるけど、それが胡散臭かった。10年以上この村で暮らしていて初めて会ったし。しかもスポーツ大会の話を聞いて、見受けねえ。


「鯉知郎、お前も15だ。高校や大学はどうする? この村からじゃ通えんぞ」


 これは心配しているふりだな。ジジババたちの愛情のある笑顔とまるて違う。


「心配してくれているなら、通信制の学校に申し込むつもりだから、問題ないよ」


「な? 何言っている? こんな何も無い村、つまらんだろう? 出ていきたいだろう?」


 きっとこれはこの叔父の本音で、この人がこの村を出ていった理由なのだろう。


「確かに村の生活が代わり映えしないのは認めるけど、別に不満がある訳でも無いし、龍神様の社で太鼓を叩くって言う、重大な仕事もあるから」


「仕事? 太鼓叩いたからって、1円も儲からないだろうが。そう言うのは仕事とは言わん」


 成程、さっきからこの人の本音が見え隠れしているけど、建前としては俺をスポーツ選手として売り出し、本音はそうやって俺を売り出す事で儲けを出したい訳だ。良く分からないが、俺の運動神経はそれだけ良いのだろうな。何せ地区大会とは言え、出場した全種目で優勝した訳だし。


「それは見解の相違だ。太鼓を叩くのは確かに直接的には、何の稼ぎにも儲けにもならないけど、龍神様は雨の神様だ。龍神様の気分を損なえば、大雨なり、日照りでこの村の作物が駄目になる。そんな事はできん」


「はあ? この村で育ったせいで、ジジババどもに毒されたか? そんなものは迷信だ! 鯉知郎が太鼓を叩かなくたって、雨は降るし、晴れるんだよ!」


「何っちゅう事を言っとる! こん、バチ当たりが!」


 これにカッとなったじいちゃんが、叔父に殴りかかろうとしたのを、俺とばあちゃんで必死に止めていると、その隙に叔父は家から退散していったのだった。


 ◯ ◯ ◯


「やられた……」


 数日後に龍神様の社に行くと、中が荒らされ、太鼓も他の楽器も目茶苦茶に壊されて、使い物にならなくなっていた。


 俺がこの事を家に帰って祖父母に伝えると、じいちゃんは激怒して鎌を持ち出して、今にも叔父を殺しに行きそうな勢いだったので、俺がそれを制止している間に、ばあちゃんはすぐさま警察に連絡してくれた。


 午後になってやっとやって来た警察の検分が始まる頃には、既に空は荒れ、大雨が降り出して来ていた。


 捕まったのは叔父の鱒二郎ではなく、若い3人組だった。何でそんな事をしたのか警察が追求すると、何でも3人組は動画配信者で、動画の再生回数を稼ぐ為にやったのだと言う。どこで知ったのか尋問しても、たまたま居酒屋で出遭った男と意気投合して、そんな話になったと言う。


 恐らくそれが叔父なのだろうが、それ以上の証拠が出てこなくて、叔父を起訴する事は難しいそうだ。起訴した所で、居酒屋で村の話をしただけで、そもそもこの3人組が、元々過激な動画投稿で再生回数を稼いでいたので、裁判で叔父は無罪となる可能性が高いとの事だった。


 ただし、事態はそんな場合ではなくなってきていた。村の周辺どころか、龍神様の湖を水源とする川が氾濫し、川上から河口まで周辺一帯に多大な被害が出始めており、それだけでなく、日本各地で雨がとめどなく振り、このままでは日本中でとんでもない被害が出ると、テレビのニュースが伝えるに至り、叔父が我が家に駆け込んできたのだ。


「助けてくれ!」


 それに対して俺も祖父母も首を横に振るう。


「今回の事は悪かった! まさかこんな事になるなんて思っていなかったんだ! ガキどもをちょっと焚き付けただけなんだ!」


「ちょっと?」


 俺たちが睨むと、叔父は目を逸らした。


「いや、成功させたら、報酬を出すと」


 言質取ったり。これで叔父も刑務所行きだろう。


「でも、おじさん、俺たちに何も出来ないのは本当の事なんだ。何せ楽器が全部壊れてしまっているからな」


「そんな……」


 膝から崩れ落ちる叔父。


「なので、楽器を集めてくれ。まずは太鼓だ」


 俺の言葉に光明を見出した叔父は、顔を上げると一つ頷き、早速行動を開始したのだった。


 ◯ ◯ ◯


 数日で太鼓が村に届けられた。なんか分からないけど、テレビや動画の制作会社が持ってきた。この太鼓で雨が止むのを撮影させて欲しいとの事だった。叔父の差し金と言うか、最後っ屁ってやつだろう。何せ叔父は出頭したからだ。


 テレビクルーに構っている場合ではないので、テレビクルーには勝手にさせて、俺たちは太鼓を山奥の龍神様の社に運び込み、俺はすぐさま太鼓を叩き始めた。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 そうやって俺が太鼓を叩き始めると、すぐさま雨が小康状態になっていく。沸き立つジジババたちやテレビクルー。しかしそれでも完全には雨は止まず、俺は必死になってひたすら太鼓を叩き続けた。


 それは一昼夜続き、その様子はライブ配信されて日本国民全てが、固唾を呑んで俺の太鼓ととも龍神様へ祈りを捧げたのだ。こうして日本中を覆っていた雨雲は全て晴れ、未曾有の大水害は、終息したのだった。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 現在、村にはぽつぽつと若者が増えてきている。何だか知らないが、動画配信された俺の太鼓に魅了されたと言う太鼓奏者見習いが、村で暮らし始めたからだ。


 その見習いたちは早朝の演奏や練習以外の時間は、村で田畑を耕す生活を勤しむようになったので、村に賑わいが増えた事にジジババたちは喜んでいた。


 そこに更に賑わいが増えた。日本の水害を収めた記念に、音楽好きの龍神様へ捧げる為に、村で音楽フェスが開かれるようになったからだ。


 それは年々規模を拡大させていく事に。俺は村を出ないから良く分からないが、この村のフェスで評価されると売れると言うジンクスがあるらしく、その為に10年経った今では、世界中からフェスに参加するバンドや楽隊、団体などが村を賑わせている。きっと龍神様もフェスを楽しんでいる事だろう。

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