第28話 思い出に立ち止まらず ~Before 59 Days~

顔を上げて、先達せんだちの顔を見る。


「一つ、教えてください」

「何でしょう」

「この計画に未来はあるのですか」

「未来の保証など誰にもできない。神のみぞ知るというところです」


 背筋を伸ばして、真剣なまなざしで先達を見つめる。


「ただ、私達は人がおこないをする限り、未来は続くと信じてきた。神の慈悲じひによらず、神にいのらず、人間のねがいが未来をつむつづける。我ら操縦者オペレーターは未来をあやつる者であると、信じて実践してきた。その道筋みちすじの最先端が貴女あなたです」


 真直ぐ人差し指を向けられる。

 全ての先達から指を向けられると錯覚する。


 いや、向けられているのだ。

 見定めているんだ。

 過去から。


「答えは出たかな、月詠つくよみカグヤ」


 てのひらが返され答えを促される。

 目をつむり鼻から息を吸い、ゆっくりと出す。


 答えるべきことは理解した。

 目を開いて、それを言葉にしよう。

 

「私は未熟者です。一人では寂しくて自身が持てない寂しがり屋です。だから私は誰かと一緒にいることに喜びを感じます。誰かと日常を過ごすこと喜びます。この街にいればそれは叶うでしょう」


 言葉を切って、間を開ける。

 セレーネ管理官がじっと耳を傾けている。

 言葉を続けよう。


「でも、それは月詠つくよみオキナに教わったことではありません」


 彼女に届くように。


「私が教わったのは、現実を生き抜く力です。彼の教えは現実で生き抜く力があると証明しなければなりません。閉じた世界であるここでは、証明ができません」


 過去から現在まで生きた人達に届くように。

 私の言葉を、胸を張って伝えよう。


「私はあなた方が、切り開いた未来に先があることを地球で証明します」


 部屋の中で静寂せいじゃくが時を数える。

 セレーネ管理官から様々な視線を感じる。

 失望とも、期待とも、取れる感情がカグヤに向けられている。


「よく決断しました」


 セレーネから出た言葉は賞賛しょうさんだった。


 「失望する者もいるだろう。だがあなたを騙し、説得しきれなかった時点で計画は失敗した」


 セレーネが席を立ち、カグヤの隣に座る。

 姿勢が低くなったと思ったら、抱擁ほうようされた。


「君を無理やり洗脳するという方法を我々は選択できなかった。子供に非情になれなかった」


 体温を確かめるような、優しい抱擁ほうようだ。

 揺り籠のような温もりに居心地の良さを感じる。


「やはり、孫娘は甘やかしてしまう」

「え」


 聴覚が捉えた言葉が信じられず、動揺する。


「大きくなったね、カグヤ」


 問いかけようとするが言葉が出てこない。

 代りに目蓋まぶたに熱いものがこみあげてくる。


「家族との記憶がなくても大丈夫。あなたはもう大切な物が十分持っているでしょう」


 セレーネが抱擁ほうようを解き、カグヤの背後にいる者に呼びかけた。


「私とオキナの愛しい孫娘を頼みます」

「必ず、無事に地球へお連れします」


 カグヤが振り返えると、そこには日方ひがたミラが立っていた。

 驚愕きょうがくするカグヤを無視して、ミラがセレーネに問いかける。


「この世界はどうなるのですか」

「現実で稼働させている設備を止めれば、延命は可能です。皆の熱量エネルギーが、いつ尽きるかはわかりませんが、長くはないでしょう。私には、現実世界の装置を操作することができません。現実世界に干渉できるのはもう数人だけです」


 セレーネがミラを見つめながら問いかける。


追手おってを振り切って、ここまで来るとは。随分、自我を保っているわね」

「私は、体の半分を機械に置き換えたサイボーグです。この世界と相性が良いのでしょう」

「そう」

「お、おばあ様」


 カグヤの甘えた声が、波紋のように部屋に響く。

 祖母への接し方がわからず、戸惑いがら、話かけている。


「私に、十年以上前の記憶がないのは、どうしてですか」

第四波流星群フォースインパクトが襲来した時、あなたは頭に怪我をしました。その時の後遺症です。オキナも治療を試みましたが、回復させることができずに諦めたようです」

「十年前に何があったですか。流星群の迎撃に失敗しただけなら、月の他の拠点に生き残りがいるはず。オキナが、あなた方が失敗した際の対応方法を考えていなかったはずはない」

「…想定外のことが起きました。第一波から第三波ではなかったことが」


 セレーネは、思案するように口を閉じた。

 やや間があって、決心したように重い口を開いた。


「つまり、宇宙人の襲来です」


 カグヤは驚愕きょうがくのあまり目を見開く。

 セレーネの表情をしばらく見つめた後、思わず背後のミラを見上げた。

 ミラは首を縦に振って肯定する。


「月が戦闘データを送信してくれたおかげで、地球は有効な迎撃手段を準備できました。月の奮闘がなければ地上に降下してきた敵を取り逃がし、人類は存続できなかったでしょう」

「地球は無事なんですね」

「海洋への降下は全て低軌道で迎撃しました。地上に降りた奴らも殲滅せんめつに成功しています。現在は被害が大きかった中南米生存圏ちゅうなんべいせいぞんけんを放棄することで、復興に使っていた資源を分配、その他の問題を評議会が実力で抑えてつけています」


 ミラの回答にセレーネはうなずくと、カグヤの手を取った。

 カグヤを立ち上がらせ、ミラの隣に並ばせる。

 

「さあ、説得してらっしゃい。私はもうあの人と話すことはできないけど、貴女の言葉なら、あの人を苦しみから解放できるでしょう」

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