Before 59 Days
第27話 最果ての未来 ~Before 59 Days~
「
右手の握り拳を胸に当てる評議会式の敬礼をする。
入室した部屋には一人の老女がいた。
年齢はオキナより少し若い位だろうか。
どこか穏やかで温かみのある雰囲気を持つ人だ。
「ようこそ。
セレーネ管理官は敬礼を返すと、
「失礼します」
一言、断ってから着席すると、正面にセレーネ管理官が座った。
漆黒の瞳がこちら向けられる。
隙の無い雰囲気と、温かみのある気配が同居している。
「座学も実技も優秀ね。試験結果は歴代記録を上回るものもあるわ」
「恐縮です」
「どの部署もあなたを欲しがるでしょう。配属先に希望はありますか」
「プラトン採掘基地を希望します」
「プラトン採掘基地は閉鎖が決定しています。新たな人員を配置する予定はありません」
取り付く島もないなく却下された。
「それでしたら希望はありません」
私の言葉にセレーネ管理官は
「意地を張るのは指導役の悪いところが似たのかしら」
呆れたというより、若干楽しそうな声が部屋に響く。
その仕草はどこか遠い記憶に想いをはせているようだ。
「ご存じなんですか」
「公私共に、とても親しくさせて頂いたわ」
私の問いかけに老女は優しい声で答えた。
「あの人と共に生きること決意して、長い時間を過ごしました。苦しい時も嬉しい時も人生の大切な場面を共有して、あの人はそれに見合うもの返してくれました。月にいる人間は
セレーネ管理官が窓の外に視線を向ける。
そこには宇宙港で見たような
幸福であろうとする人々の営み。
現在の幸福を掴み、それを継続させようと努力する人々。
「ルナシティにいる人は皆、彼に救われた人です」
視線を戻した管理官は、若い候補生に告げた。
「
心臓が
表情を崩さず、必死で平常を装う。
しかし、
「あなたは、ここがどういう場所か気づいているのでしょう。気づいていて、あえて気づいていないふりをしている」
手の震えが止まらない。
体が前に傾き、視線が下を向く。
セレーネ管理官の表情を見ることができない。
「オキナが、望んで」
「あなた自身は望んでいるの?」
わからない。
どうしたら良いのか、わからない。
自分に選択肢があったことはない。
オキナが用意してくれたレールの上に載って、そのまま歩んできた。
それを嫌だと思ったことはない。
いつかオキナの役に立てる日が来ると無邪気に信じていた。
愛情を注いで育ててくれた彼の為に、いつか恩返しができればいい、とただ
それならば、このままこの世界に留まるのが正解だ。
「ホシクズは人の思念に反応して
口を噤んで何も語らない若人に、老獪な先達は諭すように言葉を続けた。
「でも人間は、本心から信じていないことに強い感情は持てないの。あなたが自分の疑念と向き合わない限り、だんだん真っ白になって、
はっきりと拒絶された。
この世界で活躍するには未熟で幼いと遠ざけられたのだ。
「あなたは既に、十分な正しい情報と自身の頭で考える思慮がある。魂が死に至る前に結論を出しなさい。あなたが彼から本当に教わったのは知識でも技能でもない。自身を
オキナから本当に教わったこと。
この十年間、オキナと過ごした日々が頭の中を駆け抜けていく。
───他人と触れて、自分と世界を学びなさい。
そうだ。
私は未熟者だ。
私は何も知らない。
世界がどうなっているのか。
どうして自分がプラトン採掘基地にいたのかも。
まだ何も知らない
人として学ばなければならないことがたくさんある。
もっと世界を知らなければ、先に進めない。
この街で、月で優しさに甘えていたくはない。
大人に守られて自由を持て余す日々は終わった。
いや、月にはもうなかった。
それを月の人達が、オキナが作り出した。
私のために。
ここで止まっては、私で終わってしまう。
月の人達が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます