第29話 裏切りでも絆だと言えるなら ~Before 59 Days~

 

 ミラ・サンフィールドが目覚めて最初に感じたのは、液体が皮膚にまとわりつく感触だった。

 液体が満たされた容器の中に自分はいる。


 拘束はされていない。

 ならば、力づくで脱出できる。


 決意するとミラは、右の鉄腕で正面のふたを殴りつけた。

 透明なふたは一撃でひびが入り、二撃目で割れ、液体が漏れ出した。


 かなり脆い。

 

 三撃目は左の鉄脚で蹴り上げて、蓋をフレームごと破壊した。

 咳き込みながら外に出ると、円柱型のカプセルが大量に並べられた空間に出た。


 自身が入っていた隣のカプセルを覗くと、カグヤが入っていた。

 直ぐに蓋をこじ開けてカグヤを救出する。

 膝をつき、咳き込むカグヤの背中をさする。


「もう大丈夫です」


 数回、咳き込んだ後、深呼吸を繰り返したカグヤは答えた。

 カグヤは立ち上がって周囲を見渡す。


「これ全部、治療用カプセル」


 数百台、もしかしたら千台にも及ぶかもしれない数の治療用カプセルが一つの空間に並べられている。

 空間全体は巨大な円形に広がっており、壁は岩壁がき出したままだ。

 円形の中央には巨石が一つ、青白い輝きを放っている。

 セレストブルーあるいはコバルトブルーのような輝きを放つ巨石をカグヤとミラは目を細めて見た。


「あれはホシクズの鉱石」


 カグヤがそっと呟いた。

 あれが、セレーネ達がいた世界の生み出したホシクズだろう。

 でも熱量エネルギーを供給する操縦者オペレーターがいるはずだ。


 そう思って、周囲を観察して気が付いた。

 治療用カプセルの中にいる人々。


 四肢が欠損している者は珍しくなく、ある者は首だけになった状態でカプセルの中を漂っている。

 胴体の皮膚と肉がなくなり、臓器が浮かんでいる者もいる。

 長い年月を経て、液体に溶けていったのだろう。内蔵と一緒に生体端末も浮かんでいる。


 とても生きているとは思えない状態だ。

 そして彼らの肉体からホシクズの青白い輝きが発せられている。


「彼らが熱量エネルギーの供給者だというのか」


 ミラが茫然ぼうぜんとしたように口から漏らした。

 治療カプセルに入れられた彼らが生体端末同士の通信でネットワークを形成し、通信空間内に生み出したのが、あの世界。在りし日のルナシティというわけだ。

 

 賢人の言葉がミラの頭によぎる。


 ホシクズが起こした奇跡。

 生存を望む本能あるいは執念、それとも現世に対する未練が、ホシクズによって形作かたち づくられた死者の理想郷。


 走馬灯そうまとうの続き。

 泡沫うたたかの夢。

 この空間は墓地だ。


 足音が響いた。


 規則正しい反響を繰り返しながら足音は鳴り続ける。


 ゆっくりと確実に二人の元に近づいている。


 やがて足元が止まり、二人は相対する。

 足音の主は、二人を見つめたまま、立ち尽くしていた。


 ミラが庇う様にカグヤの前に出ようとする。

 しかし、カグヤはミラの動きを制して、自分から前に出た。


 そのまま歩き出す。

 ゆっくり、堅実けんじつな足音を響かせながら、月の賢人けんじん月詠つくよみオキナの前に立ちはだかった。


 「…何故だ」


 老いた賢人けんじんが疑問を漏らす。


「あの世界は、私が行くには早すぎる」

「…地球に行ったとて、先があるわけではない」

「それは、ここも同じ。私の寿命が尽きるまでは持つかもしれない。でもその先がない」

「それでいいんだ!」


 老人が吠えた。

 全身を震わせながら、カグヤの両肩を掴む。

 

「お前の熱量エネルギーなら、あの世界を支えられる。飢えもなければ、災害もない。ホシクズ熱量エネルギーだけで、人間に必要な資源は揃う」


 飢餓も、人間同士の争いも、抗いようのない天変地異とも無縁の生活。月詠つくよみオキナの世代が夢見た理想の楽園で過ごす生涯。

 それが今、手の届く所にある。


「我々は、たどり着いた。地上をいつくばって、戦い続け。安住の地を求めて月まで流れ着き。絶滅を迎えるしかなかった最後の最後で、理想郷を生み出した!」


 星屑ほしくずのような小さな希望を探し続けた。

 自分を信じてくれた仲間達の命を背負い、途方もない旅の先頭に立ち続けた。

 共に先頭に立っていた十二星の同志達も、多くが鬼籍きせきに入り、仲間達は死に絶えた。 


 まもなく、自分も後を追うことになる。

 暗黒の宇宙で希望を探す旅は終わる。


「わしは、守れなかった。何万人のも同胞を。都市も。お前の両親や自分の妻すら。彼らが生きた足跡を、残せなかった」


 オキナは懺悔ざんげするようにこうべらしたまま、カグヤの顔を見つめる。

 

「せめてお前だけは」


 素朴な願いだった。

 自分の死後、残される孫娘を行く末を案じる老人の素朴な願い。


 世界の行く末などどうでもいい。

 彼女一人だけでも、幸せな一生を送ってほしい。


「オキナ一人のせいじゃない。オキナはもう十分に責任を果たした」


 カグヤは穏やかで温かみのある雰囲気で、諭すよう話しかける。


「私を信じてください。今度は私が、次に繋げていかなくちゃいけない」


 オキナの手を振りほどき、抱き着く。

 力強く、感謝を込めて抱擁を送る。


「私を育ててくれて有難うございます。あなたの愛弟子が未来を見つけてきます」

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