第35話 何が君の幸せ ~Before 10 Days OR One Person's Life~
全力で壁を蹴り上げると、ズドンっと大きな音を立てて壁が建物内に飛んでいく。
施設の入口がコンクリート製の分厚いバリゲートで塞がれていたので、壁が薄そうな場所に進入路をつくった。
建物内に足を踏み入れるが、内部は静寂に包まれていた。
人の気配はなく、内部は埃りが溜まっている。
施設の奥へと進んでいくが、侵入者対策のブービートラップにも出くわさない。
かなり前に封鎖されたようだ。
「これは、生存は絶望的か」
この手のエネルギー施設に
薬物や脳への電気的な刺激で幻覚を見せられている。
強制的に感情を操作され、廃人になるまで酷使される運命だ。
それでも、目覚めたら恨み言をぶつけられる事がある。
辛い現実より緩やかに死ぬ方が幸せらしい。
大抵は数年で死に絶え、代わりの生贄が送り込まれる。
だが、施設内部の荒廃を見ると放棄されてから時間が経っている。
生き残りがいても一人か二人だろう。
施設の奥深くで、黄色い危険マークが描かれた防御扉の前に立つ。
エネルギー施設の構造は、どこも似ている。
要救助者が生きているなら、この扉の向こうだろう。
掌の防御膜を解除して、扉のハンドルを握る。
手前に引くと扉が錆びれた金属音を上げて動く。
ロックも掛かっていないとは、随分と慌てて施設を封鎖したのだろうか。
もしかして、先ほど施設の前で殲滅した部隊は守備隊ではなく、略奪に来た部隊だったのかもしれない。
ハンドルを握ったまま後ろに下がり、扉を開ける。
扉の中を覗くと、棺桶の様な四角い箱が十数個並べられていた。
電池入れと、悪趣味な名で呼ばれる装置だ。
その内の一つから、チェレンコフ放射光を連想させる青白い輝きが漏れている。
生存者は一人か。
輝きが漏れる箱に近づく。
箱の周囲にトラップはない。
箱の制御装置を調べるが、停止させて自壊するような設定もない。
奪われるくらいならと、無理やり停止すると中にいる
この国の上層部は、まだ人間味が残っているらしい。
念のため箱の外装を剥ぎ取るが、後付け爆発物を取り付けた形跡もない。
ここまで確認すれば、大丈夫だろう。
箱の制御装置に稼働停止を命じる。
青白い輝きが治まり、箱の上面が開く。
箱の中には、十二歳くらいの少女が裸で眠っていた。
あばら骨が浮き出ており、腰まで伸びた黒髪はボサボサに痛んでいる。
脳内イメージに顔写真を表示する。
一年前に誘拐された要救助者の一人で間違いない。
「ん、あ」
少女の口から声が漏れる。
黒いまつ毛が微動し、目蓋がゆっくり持ち上がる。
こちらを視界に収めた少女は、つまらそうな視線を向けた。
大抵は驚いて混乱するか、あるいは肉体が衰弱して動けないかのどちらかだ。
この少女の場合、一年近く電池入れに収められていたはずだ。
動けないのだろう。
「自分の名前はわかるか?。わかるならゆっくり頷いてくれ。それ以外は無理して動かなくていい」
こちらから問いかけると少女はゆっくり頷いた後、そっと口を開いた。
「セレーネ・プリンケプス」
「よし。では、父君の所に行こう」
セレーネと名乗った少女を手に抱え、胸元にゆっくり持ち上げる。
「とうさま」
「そうだ。心配されていた」
母親は誘拐された時に殺されている。
一人娘のカードは有効に使えるだろう。
少女の目頭に涙が浮かんだ。
持ち上げる際にどこか痛めたか。
「かあさまと、もっといっしょに、いたかった」
箱の中で母親の夢を見ていたのか。
根は素直な子のようだ。
今の時代はさぞ、生きにくいだろう。
悲しみを堪える少女を胸に抱いたまま歩き出す。
この子も他の救助者と同じ様に、俺を恨むだろうな。
安らかな夢から救いのない現実に引き戻したことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます